カッ、と勢いづいたカルタが、次々と皿に食物を盛っていく。
そのスピードはいつになく速い。さすが、食に関しては貪欲だ。
懇親会用のドレスを着ているというのに、汚してしまうかもなどという心配は見られない。
「ふふ、かわいらしいこと」
「あら、華火ちゃんもかわいいわよ。上品さと色気のハーモニーね」
「ありがとう、野ばらも素敵よ」
「華火さま、雪小路さん」
「! ……双熾」
「あら御狐神、来てたの」
「せめて凜々蝶さまの次のSSが決まるまではお守りできないかと思いまして…。凜々蝶さまはどこに?」
「落ち着かないみたい、会場を歩き回ってるわ」
「今は……ああ、あそこね」
目を向けた先、凜々蝶が歩いているのが見えた。
そこに、我が校の校長が近づいていく。
「やあ白鬼院くん。代表の挨拶は考えてきたかね」
「はっ、当たり前でしょう、当日ですよ? 僕がそれ程無計画だとでも? 話を頂いたその日に原稿は出来てますが何か?」
「そ、そうか、やはり君は優秀だ…がんばって…」
「…」
なるほど。あれが凜々蝶が自信を持てない理由かも知れない。
わかりやすく落ち込んでいる凜々蝶を見て、考える。
双熾と喧嘩したこともあるのだろうけど。
「おい見ろよアレ。あんなトコで伏せってるぞ」
「きっと緊張してるんだ、荷が重すぎたんだろう」
「テストだけ良くてもね、器が小さすぎるんだよ。性格に出てるもんな」
……なんだか雑音が聞こえる。
凜々蝶は首席入学だ。やっかみも多少はあるだろうとは思っていたけれど。
ずいぶんと下世話。意識しなくても眉根が寄る。
「偉そうにしてるのは虚勢なのさ」
「空しいなぁ、こんな華やかな席でも独りだぜ」
「まあ性格が酷いからな。あいつに媚びてんのは、あいつの金とか家柄が目当てなのさ」
さすがに言い過ぎだ。そう思った瞬間。
ばしゃ、と彼らに水がかけられた。
まさか私が無意識に妖力を使ったかと一瞬焦る。が、それはなかった。
そこにはコップを持った双熾がいたから。
「…え…?」
「!!」
「なっ…!? なな…何をするんだ!!」
「すいません。あまりにも…腹が立ったので…」
そ、双熾が怒ってる。
彼にしては珍しく、前面に怒りを押し出して。あんなの。
あんなの、初めて見た。
「ぼ、僕にこんな事してただですむと思ってるのか…!」
「土下座でも何でも致しましょう。但し前言を撤回して頂けるなら。…凜々蝶さまは、ただ不器用なだけ」
それは、驚くほど優しい声色だった。
「真面目で律儀で、誠実で。そして、とてもとても繊細な方…。あなた方に、凜々蝶さまの何が解っているのですか?」
その言葉から、双熾の気持ちを察するには十分すぎるほど。
つきん、と胸が痛んだのを、見ないふりをした。
「わ…わかった、撤回してやるよ…。そ、そのかわり土下座しろ! 撤回はそれからだ」
土下座。
はあ、とため息をつく。元はと言えば自分の発言が原因だろうに。
足を踏み出した。隣の野ばらがこちらを見ているのに、気付かなかったわけじゃないけど。
「さっきするって、ひっ」
「土下座する必要はない」
「凜々蝶さま…!」
「な…なんだ水までかけておいて…! これは立派な暴力だぞ!!」
「ああ。彼は僕のSSだ。彼の責任は僕にある」
「!」
どうやら、凜々蝶の方は無事に気持ちに片がついたらしい。
ならここを納めるのは、生徒会長の領分だ。
コップを持った凜々蝶から、強引にそれを奪い取って。
私は勢いよく、頭から水をかぶった。
「!」
「君……!」
「華火さま……!?」
「華火……? まさか、せ、生徒会長の……」
「あら、私のこと知ってるの? 光栄ね」
にっこりと笑う。でも心は激怒だ。マグマでも煮立ってるのかと思うくらいに。
「全く、めでたい席にふさわしくない言葉が聞こえたかと思えば。双熾、貴方何してるのよ」
「……申し訳ございません」
「彼は私の知り合いよ、だから私が責任をとります」
「は、生徒会長が……!?」
「ええ。水をかぶったのがご不満なのでしょう、なら私もかぶったわ。これでおあいこね」
「おあいこって……だって、そいつ……!」
「……それとも」
ああ、だめだ。笑ってなんかいられない。
じろり、と目つきを鋭くして睨めば、彼らはびくりと肩をふるわせた。
「この先私を、龍泉財閥を敵に回すほど、貴方たちは愚かなのかしら」
「りゅ、龍泉財閥を……!?」
「そ、そんな……そんなの、」
「龍泉にたてついたら、貴方方のおうちの保証はしなくってよ。よろしくて?」
龍泉財閥は国内でも有数の財閥だ。当然、持つ力は他の名家なんか目じゃないほど大きい。
それを敵にすると言うことは、この国のほとんどを敵に回すと言うことだ。
ぱくぱくと口を震わせるばかりで何も言えなくなった彼らを見て、ふうとため息をつく。
家の力を使うのは、あまりきれいなやり方ではないけれど。こういうときに使ってこそ、名家の生まれの意味があるというものだ。
『これより懇親会を開始します。新入生代表、および、在校生代表は舞台袖にーー』
「あら、呼び出し。行くわよ凜々蝶」
「あ、おい君……!」
「華火さま……!」
視線が刺さる。大きな声だったし水もかぶったから、当然と言えば当然だ。
まあ私は視線なんぞ気にはしない。そのまま歩いて行く。
一緒に歩く凜々蝶にも視線が刺さるのは申し訳ないけれど、生徒会長の挨拶の前に新入生代表のスピーチがある。時間がない。
「君、まさかそのまま壇上に立つ気じゃ……」
「服の用意がないもの。仕方ないでしょ」
「だ、大体君が出てこなくとも、僕が水をかぶるつもりで……」
「凜々蝶、今日の主役は新入生、つまりは貴方よ? 主役が濡れ鼠でどうするの」
「そ、れは……」
「……申し訳ありません、華火さま。僕の所為で…! …どうお詫びすれば、」
「……凜々蝶」
代表のスピーチまで、もう間がない。
それでも最後に、一言だけ伝えたかった。
「見れば解ると思うけど、双熾は体裁を取り繕おうとしないだけで、別に無慈悲な冷徹人間ってわけじゃないわ」
「!」
「許すも許さないも、貴方の自由。でもそれだけは、知っていてちょうだい」
それだけ言って、凜々蝶の背中を押す。
振り向いた彼女は、驚いたように目を見開いて、そして。
こくん、と頷いて、壇上へと上がっていった。
→
back
Wisteria
ALICE+