七日にいっぺんほど、俺は山を下りたところにある町へと歩を進める。
大抵は獣の皮なんかを売って、食料やら布やら、必需品を買ってくるのだ。

俺は母さんの血を継いでいるだけあって、どうやらかわいがられる容姿をしているらしい。
ついでにおなごにでも化けていけば、適正価格の二倍や三倍で売れることもある。買うときも安くしてくれるし。
母さん曰く、俺の化けた姿は死んだ俺の祖母に似ているそうだ。
祖母は綺麗な人だったと母が言っていたから、多分それもあるのだろう。


「ええと……米と醤油と塩と……あと何があったかな」


ふらふらしながら見ていれば、「鯉珀!」と声をかけられた。


「お。おやっさん。今日なんか良いの出てる?」
「おうよ。今日はサンマが安いぜ。鯛もある」
「鯛は高いだろ。サンマか……塩焼きにでもするかな」
「はは、嬢ちゃんの成りして男みたいな口調だなお前は」


そりゃあ男だからな。とはいわない。
魚屋のおやっさんは気前のいい人で、新鮮で美味い魚をよく売ってくれる。


「じゃ、サンマ二匹。と……そうだ、昆布もくれ」
「毎度」
「後は……ああそうだ。干物とかある?」
「あるよ。おまけでつけてやろうな」
「お。気前いいじゃん」
「ふふん。惚れていいぞ」


はは、と曖昧に笑う。惚れはしないが、曖昧に笑っておくのが一番得策だ。
品物を受け取って、金を払う。暫く歩いたところで裏路地に入り、今度は元の男の姿になった。

次に行くのは呉服屋だ。あそこは女主人の店だから、女の姿より男の姿で行った方がいい。


「こんにちは」
「! あら鯉珀君! 今日も男前ね!」
「はは、どうも」
「素敵だわ。今日は何をお求めで?」
「母の着物を縫いたくて。あまり派手でなくて、品の良い反物があれば欲しいんだけれど、あるかい?」
「難しい注文ね……」
「奥さんの見立てでお願いしたいな。俺が選ぶより素敵な物を見つけてくれるから」
「やだ、上手いこと言っちゃって!」


ちょっと待って、と言って女主人は裏に引っ込んだ。
俺の男の姿は、母曰く父に似ているのだそうだ。そして、祖父にも。
母さん以外の家族に興味はない。生きているのか死んでいるのかすらどうでもいい。
ただ、男前と言われる便利な容姿を継がせてくれたことだけはありがたいと思う。それだけだ。

ぱたぱたと奥から駆けてくる音がしたから、俺は人好きのする笑みを浮かべた。


「これか、これ。もう少し時期が過ぎたらこれもいいわね。どう?」
「……うん、やっぱり奥さんの選ぶ反物はいいな。これにするよ」
「ふふ、毎度あり。……あ、丁度良いわ、これもつけてあげる」
「……? これは?」
「鯉珀君用の帯。いつも同じでしょう。色男は着飾った方がいいわよ」
「はは、口の上手い。商売上手だね」
「お得意様だもの」


運が良い。俺は別に着物に頓着した覚えはないけれど、もらえる物はもらっておく主義だ。
母さんの分と俺の分を合わせて包んでもらって、金を払う。やはりここの店主は色男が好きなようで、いつも少し安くしてくれる。
ありがとう、と言って店を出る。これでしばらくは困らないだろう。


「よう鯉珀、寄ってきなよ」
「姉さん、また今度な。今忙しいから」
「ふふ、生意気」
「おう鯉珀! 母さん元気にしてるか?」
「おかげさんで」
「薬が必要ならいつでも言えよ!」
「ああ、ありがとう」


この下町は人の良い人間が多い。
下町に降りるようになってもう数年。ほとんどの人間とは既に顔見知り以上の仲だ。
人脈は便利だ。逆に言うと俺にはそれしかない。

……いや、それしかないは言いすぎか。もう一つあったな。


店と店の間の、暗い横道。そこから妙な感覚を覚え、俺は中に入っていった。
















「ひっ、きゃあああ!!」
「ケヒ、ケヒヒ……」


こういう所は変な妖怪がたまりやすい。
気配を消して中に入れば、案の定人間の子供が襲われていた。
俺はどうやら気配を消すのが上手いらしく、誰からも気付かれたことはない。
別に助ける義理もない、放っておいても構わない。
……だが、それじゃあ寝覚めが悪い。


「いい加減にしな」
「ごふっ!?」


その辺に落ちていた木の棒で、力任せに妖怪の頭をたたく。
意識を失ったそいつをもう数発殴りつければ、完全にそいつの動きは沈黙した。


「平気か? 嬢ちゃん」
「う、うん……」
「恐かったな。立てるか?」


そう、手を差し出せば。
ひっく、としゃくり上げる音が聞こえて。
うわあああ〜〜ん、と子供は盛大な泣き声を上げた。


「おー、よしよし」
「ぎゃあああん!!!!」
「もう大丈夫だから」


子供はぼろぼろと涙を流しながら、ぎゅっと俺に抱きついてきた。
じわりと胸元が濡れる感覚がする。子供の相手は得意じゃ無いんだがな……。
腕を回してポンポンと頭を撫でてやっていれば、じきに子供は落ち着いてきた。


「っく、ひっく……」
「落ち着いたか?」
「ひん……」
「よしよし、偉い偉い。頑張ったな」
「っお、にいちゃん……」
「ん?」


呼ばれて、目線を合わせる。
子供は泣きはらして真っ赤になった目で、へらりと笑った。


「たすけてくれて、ありがと」


……少し面食らった。
別に善意で助けたわけでは無い。目覚めが悪いから、いわば自分のためだ。
だがここでそんなことを言うのは無粋だと、俺でも分かる。


「……おう、どういたしまして」
























子供を抱き上げて、明るい表通りを歩く。
どこから来たのか分からなくなって、裏路地に入り込んでしまったらしい。つまるところ、迷子だ。
それでもその子供は身なりがよかった。ならばその辺の子供では無く、商家とかそのあたりだろう。

そうあたりをつけて、商店が建ち並ぶ辺りを歩いていれば、とある家の前で、うろうろとしている男がいた。


「あ、おとうちゃん!」
「!!」


男は子供の声を聞きつけるなり、慌ててこちらに走り寄ってきた。


「どこに行っていたんだ花子! 探したんだぞ!」
「あのね、ネコちゃんをね、追っかけてたの。そしたらお化けが出てきて……うっく」
「おっと」


うりゅ、と子供の瞳に涙が滲む。恐怖を思いだしてしまったのだろう。
ぽんぽんと背中をたたけば、子供はごしごしと目をこすって、それからまた言った。


「お兄ちゃんに、助けてもらったの」
「お兄ちゃん……というのは、……君か?」
「ええ、まあ。初めまして」
「うちの子が世話になったようで、申し訳ない」
「いえ」


男は立派な身なりをしていた。それなりに繁盛している商家の人間だろう。
子供を渡せば、彼はぺこぺことお辞儀をした。


「お化け……というのは」
「あー……まあ、不審な男がいたので。何もされてはいないようでしたが、心の傷があるかもしれない。しばらくは見てやった方がいいかと」
「そうか……。ありがとう。本当に、感謝する」


深々と頭を下げられる。別にそこまで感謝される覚えは無い。
俺は常に自分のために生きている。子供を助けたのだって、善行を積もうとか、そんなこと一切思っちゃいないのだ。


「よければうちでお茶でもどうですかな。丁度もらい物でいい茶菓子もありますし……娘を助けてもらった礼に」
「そう言っていただけるのはありがたいですが、俺は生憎用事の途中で。荷物も置いてきてしまったし、戻らなければ」
「そうか……それなら、少しだけ待っていてください」
「? はい」


母さんのために買った着物も、魚も置いてきてしまった。猫に食べられていないと良いが。
それにもうじきに夕方――黄昏時だ。俺はともかく、母さん一人では変な奴が忍び込んでくるかもしれない。
急いで帰らなくては。

そんなことを考えていれば、一度店に引っ込んだ男が、何か袋を持って戻ってきた。


「これはささやかですが、お礼に。それとこの先、うちを利用することがありましたら、何でも特別価格でご用意致しますので」
「え、いや、そこまでしてもらうほどのことは……」
「してもらうほどのことをしたのです。……七歳までは神の子、というでしょう。この子が神に連れて行かれなくて本当に良かった」
「……」


男親は娘に甘いと聞いていたが、どうやらそれは本当らしい。
もらった袋には箱が入っているようだった。重たい。なんだこれは。
断ろうとしたけれど、男は頑として受け入れず。仕方ないのでもらって帰ることにした。


「またね、お兄ちゃん!」
「おう。気をつけろよ」
「うん!」
「本当にありがとう!!」


手を振る親子にひらりと手を振りかえし、来た道を戻る。
……いいことをする妖怪、なんて奇妙な存在だ。
性に合わないな、と俺は首をさすった。























「ただいま、母さん」
「鯉珀。遅かったわね。何かあったの?」
「……ん、まあ。色々?」


幸いにも反物も魚も無事だった。
置いてきたそれらを回収して、家に戻る。帰る頃にはとうに日は沈んでいた。


「あ、そうだ母さん、これ」
「……? なあに?」
「わかんない。今日色々あって、商家の店主からもらったんだ」


礼として受け取った袋を差し出せば、母さんは首をかしげて受け取った。
袋の中に入っていた箱を開ける。瞬間、俺は思わず固まった。


「まあ……!」
「……うわ」


そこに入っていたのは、大量の金貨だったのだ。


「……鯉珀、本当に貴方、一体何を……」
「……性に合わない人助け」
「まあ……。それで、こんなにお礼を……?」
「…………当分は困らずに済みそうだ」


庶民にこんな大金を与えるとは。思っていたよりよほど裕福な家だったらしい。
かぱ、と箱を閉じて、そこら辺にある端切れで箱を包んだ。流石に盗まれてはいけないので、それと分からないようにするためだ。


なんだかなあ。
やっぱり俺は、人を助けるのは合わないな。





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