空からちらちらと降ってくる、白い物。
手のひらに乗ると共に溶けたそれに、俺は女に化けたままの姿で、ほう、と白い息を吐いた。


「……雪だ」


早く帰らなくては、と足を速める。

あれから数年が経った。
成人を迎えてからここのところ、母さんの具合が良くない。
いつも咳をしているし、熱を出すこともある。
寝るときはよくうなされていて、……そして、誰かの名前を呼んでいる。


――りはん、さま……。


…………誰だよ、りはんって。
知らない男の名を呼ぶ母さんは、とても苦しそうで、辛そうで。見てられない。
精のつく物でも食べさせてやりたいが、ここのところ冬ごもりのせいであまり獣の肉がとれない。野菜だけじゃ栄養が足りない。
どうするか、と思った時。

視界にちらりと、女の姿が映った気がした。


「……?」


……つけられて、いる?
分からない。でもつけられているなら厄介だ。

そっと歩みを早める。すると相手も慌てたように追ってきた。

……面倒だな。本格的につけられているらしい。


たたっと走って、角を曲がる。そのまま耳をすませば、走ってくる足音が聞こえた。
これだ。


「っきゃあ!」
「…………」


掴んだ腕は、意外にも華奢だった。
長い黒髪、雪のような真白の肌。
それに、どことなく感じる、自分と同じ気配。

妖怪だ。雪女、だろうか。


「……お前」
「!! 珀、姫……本当に、珀姫!?」
「……?」


誰だ、それ。

思わず訝しげに眉をひそめる。すると相手の女は、困惑した顔をした。


「……珀姫、じゃ……ない?」
「……人違いだ。悪いな」
「……いや、でも……こんな整った顔の人間、あの子しか……」
「知らない」
「ま、待って、」


人混みに紛れた隙に、気配を消す。
どうやら俺は気配を消すのも得意らしい。主に獣を捕えるのに重宝していたが、こういう使い方もあるわけか。


気配を消してから、ちらりと後ろを振り向いた。
彼女はまだ俺を探しているようで、うろうろしている。

誰だか知らないが、生活を脅かされては困るのだ。
俺は母さんと、平和に暮らしたいだけなのだから。









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