大阪城の一室に入ると、そこには淀殿やその家臣だけではなく、数人の姫達が共にいた。
何か吹き込まれて連れてこられたのだろう、顔には恐怖が殆ど見られない。
否、一人だけ落ち着かない様子で、僅かに頬を引きつらせている姫もいる。彼女は……そうだ、確か予知能力のあるという貞姫だ。
よく見てみれば、他の姫も、美しい髪や、涙が真珠に変わるという逸話を持った姫だった。摩訶不思議な力のある姫を集めたというのは本当らしい。
袖を掴まれる感覚がして目をやると、珱姫が辺りに視線をやりながら小さく震えていた。あれだけの惨状を見た後だ、もうこれからどうなるのかある程度分かっているのだろう。
大丈夫、と囁いて、頭を撫でた。この子だけは、殺させやしない。


「おお、珱姫か。待っておったぞ。して……なんじゃ、お主は?」
「お初にお目にかかります、淀殿。私は、花開院珀と申します」
「花開院……!? それに珀姫と言えば、あの噂の……」


口に出した名前に、部屋の中の妖気がぶわりと膨れあがった。
体中に視線が突き刺さる。部屋にいる家臣は全て人間の形をしているが、おそらくその殆どが妖怪なのだろう。
淀殿は一瞬目を見開き、だが私に敵意や殺意がないことを悟ったのか、眼を細めてくつりと微笑んだ。


「なるほどのう……確かに、天下一の美姫と名高いだけのことはある……」
「……もったいないお言葉にございます」
「どれ、もっと近う寄れ」
「……はい」


彼女が羽衣狐か。確かに、圧倒的な力を感じる。
だけどそれは、奴良組で感じたものと違って、やけにどす黒く禍々しい妖気だ。
彼女相手に戦ったところで、時間稼ぎにすらならないだろう。
だから、せめて私一人分が食べられるだけの時間だけでも、稼がなければ。

淀殿の手が腰に周り、顔を引き寄せられる。
相手の方が幾分か背の高いせいで、自然と見上げるような格好になった。


「お主、相手の力を増幅させるという神通力を持っておるのじゃったな?」
「……ええ」
「ほう……そんな姫の生き肝となれば、ますます力が湧きそうじゃ……」


顔にかかっていた一筋の髪の毛を避けられ、唇を指で撫でられた。
沸き上がる怯えや嫌悪感を覆い隠して微笑むと、淀殿は満足げに口角を上げる。
もう少し、もう少し。出来るだけ持たせて、せめて彼女達だけでも。
だから、早く――。


「おそれることはないぞ、珀姫。そなたの血肉は、妖怪千年の京の礎となるのだから……」


近付いてきた顔に覚悟を決め、目を閉じたときだった。



静まりかえった部屋の中で、大きな足音が響いた。
近付いてくるそれに目を開ける。見えたのは、淀殿の肩の向こうから近付く、一つの影だった。
見覚えのある金髪が靡く様子に、思わず目を見開く。


「あ、やかし……!」


なんで、貴方がここに。

妖は一瞬だけ私に目をやると、羽衣狐に向かって刀を振りかざした。
鋭い金属音がして、刀は家臣の武器に受け止められる。
大きな鬼の姿の妖怪が振り回した棍棒の風圧で、妖の衣服が飛ばされていく。
私は突き飛ばされるように淀殿の腕から解放され、よろめいてその場に倒れ込んだ。


「チッ……」
「何じゃ? 侵入者か?」
「何奴じゃ?」


大きく破られた妖の着物の隙間から、入れ墨を彫った背中が見える。
それは覚悟だった。彼の、総大将としての覚悟。


「っ……馬鹿、」
「ヤクザ者か……」


絞り出した言葉は、羽衣狐の声に掻き消された。
どうして、なんて聞かなくても分かっている。妖が何をしに来たのかくらい。
だからこそ、今この状況が酷く悔しかった。
自分の無力さを、思い知らされたようで。


「ワシは奴良組総大将ぬらりひょん。悪いがそいつはワシの女じゃ、返してもらうぞ」
「なんと……妖が人を助けに? 異な事をする奴じゃ、血迷うたはぐれ鼠か何かか……!?」


羽衣狐の言葉に呼応するかのように、突如部屋の一角が崩れた。
完全に崩れきるのを待つことなく、わらわらと妖怪達がなだれ込んでくる。
見覚えのある姿がそこら中に溢れかえるその一行は、紛れもなく奴良組の妖怪達だった。


「なんだ、来たのかてめーら」
「百鬼夜行ですからな」
「入れ墨だけじゃ寂しいでしょう」


牛鬼や鴉天狗が、厳しい視線を辺りに向けつつ答える。
冷静なはずの彼等までもが、止めるどころか参戦するなんて。
馬鹿な奴らじゃ、と何処か楽しそうに言った妖に、心が締め付けられるような感覚がした。


「何やら珍客が多いのう。力の差も分からぬ虫ケラが。……誰か、余興を見せてくれる者はおらぬか」


羽衣狐が冷たい瞳で言い放つ。
彼女の問いかけに反応し、進み出たのは、巨大な鬼の姿をした妖怪だった。
先程妖の服をはじき飛ばしたその姿に、目を見開いた。駄目だ、こんなのと戦ったら……!


「我が名は凱郎太。羅生門に千年住まう者!」
「……嫌」
「冥土の土産に持って行け! 雷棍棒、豪風!!」
「駄目……っ!!」


突如巻き上がった突風は、一瞬のうちに奴良組の小妖怪達を次々と吹き飛ばした。
振り下ろされた棍棒は、それまで妖がいたはずの場所を直撃している。
思わず肩を落としたとき、酷く冷徹な声が聞こえた。


「――退け」


真っ直ぐに振り上げられた刃が、凱郎太の体を二つに切り捨てた。
飛び散る血飛沫に塗れながら、妖は刀を肩に構える。


「邪魔する奴ぁ、たたっ斬る」


その瞳の鋭さに、柄にもなく心臓が音を立てた。

どうして私は、妖と出会ってしまったのだろう。
あれほど、花開院の名を誇っていたのに。重りに感じても、必死でやってきたのに。
もう今の私じゃ、花開院の陰陽師は名乗れない。
だって、妖怪に胸を鳴らすような陰陽師は、花開院の家にはいらないのだから。

とっくに分かりきっていたその事実に、視界が初めて滲んだ気がした。







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