それからの戦いは、圧巻というべきものだった。
部屋の彼方此方で金属音が鳴り響き、誰のものとも分からない血が襖を汚す。
最初は羽衣狐たちが優勢に思われたものの、数と血の気の多さで徐々に奴良組が圧倒していった。
遠目に見えるその様子で安心していると、私は痛いほどの力で身体を引き寄せられた。
「っ……!」
「暴れるでないぞ、珀姫?」
「は、ごろも……ぎつね……!」
首の前に回された手は、いとも簡単に私の動きを封じる。
窒息するほどではないと言えど息の苦しくなるそれに耐えながら瞳を開ければ、妖は此方を睨み付けていた。
「面白い余興じゃ。ここまで見せる役者も珍しい。妾に刃向こうた妖は百年ぶりじゃ」
「ワシの女に……触んじゃねえ!!」
妖は刀を構え直し、勢いよく向かってくる。
それと同時に、視界の端で何かが凄まじい早さで動いた。
咄嗟に向けた視線の先にあったのは、羽衣狐の持つ何本もの白い尾。
飛んで行った尾は妖の身体を掠め、その跡には血が吹き出した。
「!!」
「ほう……? この女に惚れているのか。この芝居はほんに奇想天外じゃ」
羽衣狐の言葉に、私は唇を噛み締めた。
開かれた妖の口からは血が噴き出し、彼は苦しそうに膝をつく。
突然羽衣狐に顔を覗き込まれて肩を揺らすと、彼女はいっそう楽しそうに嗤った。
「……どうやらお主、妖を誑かす力を持っているらしいのう? 益々その生き肝、喰ろうてみたくなったわ……」
「珀姫ぇえええ!!!!」
「っ……」
悲痛な叫び声が、耳を劈いた。
それを掻き消すように、嘲笑うように、羽衣狐の尾は妖を攻撃していく。
その様は、対等な戦いなんかじゃない。一方的な蹂躙だった。
妖だって決して抵抗していないわけじゃない。だけど、まるで刃が立たないのだ。
考えてみれば当たり前のこと。生きた年数がまるで違うのだから。
それなのに、妖は向かっていく。何度も何度も、立ち上がって。
もう嫌だ。もう、これ以上見たくない。
私のせいで、誰かが傷付くなんて。
「……さっきから、黙って聞いてれば好き勝手言ってくれるじゃない、妖」
「な……」
「いつ誰が貴方の女になったのよ。勝手に自分のもの扱いしないで頂戴」
口が独りでに動き始める。
俯いているから、妖の顔は見えない。でもそれでいい。
今顔なんて見たら、きっと揺らいでしまう。
「大体、貴方なんかに助けを求めた覚えは無いわ。そんな所で無様に血を吹き出してるくらいなら、珱姫達を連れてさっさと帰って」
「おい……」
「護衛が必要なら式神をあげるわ。力が欲しいなら珱姫に協力を頼んで」
「聞け、珀……!」
「うるっさいわね!!! いいからさっさと帰りなさいって言ってんのよ!!!!」
叫んだ声は部屋中に響いて、戦闘中だった妖怪達の意識が一瞬此方を向いたのが分かった。
けれど、そんなこと気にしている余裕なんてなかった。
涙が落ちないようにするだけで、精一杯で。
「……帰って、お願い……」
「……」
「私のことはもういいわ。だから、」
早く。
言葉にならなかった最後の一言を飲み込んで、目を閉じる。
元より死ぬ覚悟は出来ていた。望んでいたわけでなくとも、誰かを道連れにしてまで死のうなどとは思わない。
これでいいのだ、これで。
「――珀姫」
「っ!」
それは、今まで聞いたどれより優しい声だった。
「アンタは本当に、嘘が好きじゃなあ」
傷付いた身体を必死に立たせながら、妖は言う。
どこか楽しげに、愛おしげに。思えばこの人が何か語り始めるときはいつもそうだった。
「アンタは優しいが、嘘吐きじゃ。誰かのことを考えるあまり、自分を殺しすぎとる」
「……」
「花開院、花開院と言ってはおったが、その実アンタは一度もあの家で笑ったことはなかった。まるで呪いじゃ」
「……そんな、事……」
妖の言葉は、心の奥底に突き刺さってくるように鋭い。
全て図星だ。分かってる。でもそれ以外に、私は生き方を知らなかったのだ。
花開院の家が私を必要としていなくても、私はあの家に縋らなければ生きていけない。
「初めてアンタを見たとき……藤のようだと思った」
「藤……?」
「凛としているのにどこか儚い。目を離した隙に消えてしまいそうな不安さがある。だが……そこが愛おしい」
……馬鹿みたいだ。
いつだって、妖はそうやって息をするように人を口説く。
分かっているのに。鵜呑みにしてはいけないと、知っているのに。
耳を打った言葉は、あまりにもあっけなく心を解かしていく。
「あの家にアンタが囚われているなら、ワシはその鎖を斬らにゃならねえ。……勿論、アンタに取っちゃそれは裏切り行為であることを承知の上でだ」
おそらく、数ヶ月前の私ならきっと激怒していただろう。
妖怪に助けられることも、家を抜けようとすることも。彼の言う通り、それは“裏切り”なのだ。
でも今は、むしろそうすることを望んでいる。
「酷い男だと罵ってくれても構わん。それでもワシは……アンタを望む」
「……っ」
「返してもらうぞ、羽衣狐」
そう言い放った妖に、今度こそ耐えきれなくなった涙が、頬を滑り落ちていった。
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