久方ぶりに、夢を見た。
どんな、と言われれば間違いなく悪夢だ。
誰もいない、真っ暗な空間。一人佇んでいると、どこからともなく怨念の籠もった恨み声が響いてくる。
『呪うてやる、呪うてやる……!! おぬしらの血筋を未来永劫呪うてやる!! 何世代にも渡ってな!!!』
耳障りな声だった。誰のものか、なんてこの状況下なら明白だ。
どう考えたって、これは紛れもなく羽衣狐のもの。
それに……多分、これは夢だけれど夢ではない。あまりにも彼女の思いが強すぎて、意識を失った私にも響いてきたのだろう。
どす黒い妖気に、私は静かに目を瞑った。
『おぬしらの子は、孫は、この狐の呪いに縛られるであろう!!!』
頭に直接語りかけるような、彼女の声。
恨みがましく、冷酷で――なんて、悲しい。
羽衣狐は確かに残酷な妖だった。姫を集めて生き肝を喰らうなんて、曲がった方法で力を得ようとしていた。
珱姫が危ない目に遭ったことは事実だし、本家の陰陽師達が大勢殺されたのも許されることではない。
許されることではない、けれど……。
「……ごめんなさい」
彼女とその子どもを殺してしまったことも、また事実。
これだから私は陰陽師に向いていないと言われるんだ。なんて、自嘲気味に笑った。
だから、せめて。せめて、その報いくらいは背負おうと思う。
誰かを殺めるということは、そういうことなのだから。
「………っ」
目を覚ますと、懐かしい天井が見えた。
古い木目の並ぶ光景に、数度瞬きを繰り返す。ここは、花開院家だ。
一体どうして、と思いながら視線を動かすと、右手を握り締めたまま俯く人影に気が付いた。
「……妖?」
「…………珀……?」
怖々とあげられた顔に浮かぶのは、疲労と驚き。
金の目がここまで開かれているのを見たのは、きっと初めてだ。
少しばかり意外に思いながら見つめていると、不意に妖はがばりと私を抱きしめた。
「っ! ちょ、妖……!」
「……珀、珀……珀姫」
「……!」
押し倒されているような格好に身動いだのもつかの間、小さく震える肩に気付いて力を弱める。
ひたすらに私の名前を呼びながら縋る妖は、まるで幼子のようだった。
近くにある温もりに嫌悪感は沸かなくて、背に手を回すと妖の身体はびくりと揺れた。
「……三日間」
「?」
「アンタが倒れてから……三日間過ぎた」
呟くような言葉に驚いた。三日間、なんて。夢を見ていただけだったのに。
同時に、ふと思い当たる。そういえば、私の傷はどうなったのだろう。
決して軽くはなかったし、下手したら死ぬことすらも覚悟はしていた。
痛みはもうすっかりない。珱姫あたりが治してくれたのだろうか。
「何で……」
「え?」
「なんで……っ、どうしてあんなことをした!?」
妖の顔ががばりと上がる。
至近距離にある端正な顔は、いつもと何処か違って見えた。
「……心臓が、止まるかと思ったぞ」
「妖……」
再び私の肩に顔を埋め、妖は静かにそう言った。
滑らかな髪に手を添える。金髪は薄汚れていたけれど、そんなことは気にならなかった。
「貴方に……」
言葉が、漏れる。
「貴方に、死んで欲しくなかった」
怖かった。
自分のせいで、この人が死んでしまうのではないかと。
そう思ったら、自然と身体が動いていたのだ。
理屈じゃない。理屈なんかじゃ、説明できない。この、感情は。
「だからと、言って……っ! アンタが死んだら、意味ないじゃろう!!」
「……意味なら、あるわ」
意味ならある。
妖は強い。だってあの羽衣狐を倒したのだ。
時機に話は広まり、奴良組は日の本最強の一派として名を轟かすだろう。
そんなとき……総大将がいなきゃ、駄目じゃないか。
「貴方が生きてて、良かった」
「……!」
本心からの微笑みを零すと、妖は私の顔を見て目を見開いた。
あどけない表情は、いつも見ていたものより幾分か幼く感じられる。
……生きてる。ちゃんと、生きているのだ。
ならもう、充分。
「……は、」
「失礼致します、妖様。珀姉様のご容態は……え」
襖の開く音がして、柔らかい少女の声が聞こえた。
珱姫だ。声の主を判断すると同時に、はた、と今の状況に気付く。
もしかして、いやもしかしなくても、この状況は――。
「ななななっ、何をなさっているのですか妖様―――っ!!!!」
「よ、珱姫……」
「い、いくらなんでも怪我人に手を出される人がありますか!!! 珀姉様から離れてください今すぐに!!!!」
ここまで声を荒らげる珱姫は初めてだ。
彼女の大声に反応したのか、屋敷中から足音が駆けてくる。
咄嗟に妖を突き飛ばすと、私は布団の上で身を起こした。
「珱姫」
「!! ね、姉様……気が付かれたのですね!!! 良かった……!!」
感極まって目を潤ませる珱姫に手を伸ばせば、珱姫はすぐさま駆け寄ってきた。
腕の中にある、懐かしい温もりに頬が緩む。
「痛いところはございませんか……?」
「大丈夫。貴方は? 怪我、してない?」
「私は何処も……ああ姉様……!! 本当に良かった……!!」
珱姫の涙が、着物の上に染みを作った。
今更ながらに心配を掛けてしまったのだと、少し後悔の念が沸き上がる。
頭を撫でて、擦り寄ってくる彼女を抱きしめた。
「ごめんね、珱姫」
ぽつりと、懺悔するように言う。
小さく首を振った彼女は、何も言わないままただ腕の力を強めた。
その力強さに、私は初めて、ほんの少しだけ、あの行動をすべきでなかったかもしれないと思い至ったのだった。
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