ふわりと洗濯物を広げれば、洗い立ての白い布地が陽の光で目映く輝いた。
布の柔らかい香りを運ぶように吹いた風が、髪を攫っていく。
清々しさに眼を細めていると、不意に後ろから声がかけられた。


「よくやるわね、アンタも。洗濯なんて、そこらの妖怪に押し付けとけばいいのに。奥方のする仕事じゃないでしょ」
「あら、そんな事ないわ。分担できるならそうした方が効率的じゃない」
「効率的かどうかで仕事するなんて変わってるわ。妾だったら絶対ふんぞり返ってるのに」
「ふふ。でも雪麗だって料理とか掃除とか、手伝ってくれるじゃない。戦闘に行く妖怪なんだから、普段は休んでて良いのに」
「アンタが働いてんのに休むなんてできないわよ」


雪麗とも、随分と仲良くなったように思う。
出会った時から然程感触は悪くなかった。それでも時を経て、関係は深まったのだ。
今ではすっかり軽口を叩いたり、たまにお茶をしたりする間柄だ。珱姫とは少し異なるが、これも友人と呼べる関係性だろう。
と、その時耳を翼がはためくような音が掠めた。
顔を上げれば見慣れた薄緑色の鳥が飛んでくる。手を伸ばすと鳥は軽く速度を落として指先に止まった。


「あ、式神。何だったっけ、ええっと……」
「飛梅。可愛いでしょう? 鶯の式神なの」
「ふうん。アンタの式神、殆ど動物なのね。ええと、鵠gだっけ。アレだけじゃない、人型」
「……そうね、そう言えば」


良いながら、飛梅の持ってきた手紙を広げる。
噂をすればと言うところか、手紙は珱姫からで、彼女も随分引っ越し先に慣れたと綴られていた。
基本的に、私達の手紙のやりとりは式神を介している。今の時代、郵便物は長いこと待つ必要があるし、きちんと届くかも定かではない。
その点、式神に手紙を運ばせるやり方は失敗がない。最初は奴良組で式神を使うことに抵抗もあったけれど、周りが気にしないために此方も気を遣わなくなった。


「珱姫? あの子、なんだって?」
「引っ越し先に慣れたって。いい人達で良かったって書いてあるわ」
「あの子の場合は元の父親がアレだしねえ、良かったじゃん」
「まあ……、あ、でもまだ友人ができないって。周りに同年代の人がいなくて年上とばかり話してるんですって」
「田舎だからじゃない?」
「あら、江戸だって少し前は田舎だったって聞いてるけど?」
「そりゃあ京に比べればね。でも今は発展したし、便利になったわよ。徳川のおかげね」


私がぬらりひょん達と会った頃合いから、時代は目まぐるしく変化を遂げた。
羽衣狐扮する淀殿が亡くなったことは、まだ公には発表されていない。
恐らくだけれど、淀殿が死亡したとなれば一気に徳川の世になるからだろう。徳川と対抗する豊臣にとっては、今は少しの粗も隠したいのだ。
ましてや淀殿は秀吉の忘れ形見、秀頼の保護者でもあった。時代の混乱を避けるためにも、時期尚早という話なのだろう。


「友人か……。私も今度、珱姫のところに遊びに行こうかしら。それか、招待するのもいいわね」
「ああ、いいんじゃない? 妖怪でよければ紹介できるわよ。同年代って訳にはいかないけど」
「妖怪は見た目が若いから、珱姫も抵抗なく友達になれるかもしれないわね」
「それかアレよ、婚儀に招待するとか」
「っ!」


婚儀、という言葉にびくっと肩を揺らせば、隣から白い目が向けられる。
思わず苦笑いを浮かべながら雪麗の方に目をやるも、やれやれと言わんばかりに溜息を吐かれた。


「アンタさあ、いい加減慣れなよね。何の為に江戸に来たのさ。ぬらりひょんと結婚するためでしょ?」
「そ、それはそうだけれど……慣れるって言われても」
「大体、なんで妾がアンタをこういう風に叱りつけてんだか。普通逆でしょ」
「……逆は逆で嫌でしょうに」


確かに雪麗に遠慮している気持ちもなくはない。けれどそれ以上に、結婚という物が身近な気がして気恥ずかしいのだ。
ぬらりひょんと出会ったのだってまだそれほど昔の事じゃない。なのにもう結婚だなんて速度が速すぎる。
お見合いと比べればまだ慣れる時間はあった方だけれど、それにしたって。
嫌ではない。でも気恥ずかしい。こういう気持ちを何と言うのか、私にはまだ分からない。


「よし、決めた。アンタ絶対珱姫を呼びなさいよ」
「え? どうして?」
「珱姫の前じゃ格好つけるじゃない。そのまま婚儀やれば照れたりなんだりする暇なくなんでしょ」
「格好つけてるつもりはないんだけれど」
「よく言うわ。妾の前と珱姫の前とじゃかなり違うわよアンタ」
「ええ……」


それはそうだろう。だって珱姫は妹で雪麗は友達だ。
勿論、珱姫を友人の枠に当てはめることもできるけれど。でも私にとって、二人は少し違う。
そんな二人に対する態度が違うのもごく当たり前だろうに。


「なんていうのかしら、珱姫も私も兄弟っていなかったのよ。私の場合は兄様方がいたけれど、でも本当の兄弟ではないし」
「ん、ああ、従兄弟なんだっけ」
「そう。だから互いに姉妹のように思ってるからだと思うわ。珱姫は妹で雪麗は友達、……ああ、でも」
「? 何よ」
「奴良組は家族のようなものなんでしょう? なら私が奴良組に入るとしたら、貴女も家族になるのかしらね」


そう言って、ふふと微笑む。家族、なんて。良い響きだ。
母様以外に身近な女家族はいない。だからだろうか、少し嬉しかった。
雪麗が家族になるならなんだろう。母親、ではない。姉? 妹? それとも……ううん、何だって良いか。
関係性は重要でない。重要なのは関係があると言うことなのだから。


「……」
「雪麗? どうしたの、少し顔が赤いわ」
「……アンタ、何の前触れもなく小っ恥ずかしいこと言うわよね」
「え? ああ、照れてるの? 家族って言ったから?」
「うっさいわね、そんなんじゃないわ」


くすくすと笑うと、それを咎めるように睨まれる。
けれど赤い顔で睨まれたって怖くない。笑っていれば、とうとう実力行使に出ようとした雪麗が手を伸ばしてきた。


「わっ、ちょっとやだ、止めてよ」
「ふん、いつまでも笑ってんのが悪い!」
「もう……。いいじゃない、嬉しかったのよ」
「はあ? アンタってホント変」
「変って……素直じゃないんだから」
「アンタにだけは言われたくないわね」


軽口をたたき合いながら、再び顔をつきあわせて笑う。
笑い声に揺れる洗濯物の香りが、空へと吹き抜けていった。







「……雪麗の奴。ワシより珀姫と仲良くねえか?」
「女性同士ですからなあ」
「総大将、男の悋気は醜いぜ」
「うるせえ!」


後ろの居間で、ぬらりひょん達にそんな言葉を交わし合われていたなんてことは、知るよしもない。






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