「式神顕現! 鵠g、白雲、水蓮、飛梅!」
「わあっ……!」


ぱあ、と辺りが明るくなり、四つの破裂音がする。
軽く驚いた声を上げた小妖怪に、ガオ、と獣の吠える声が答えた。


「わはっ! 珀姫様、こいつ何です?」
「これは私の式神の一つでね、白雲というの」
「こっちは?」
「この子は水蓮。ふふ、可愛いでしょう?」
「で、これが鵠gで、これが飛梅ね?」
「そう。雪麗、正解よ」


奴良組本家の庭には、建物と同じくらいの大きさの、真っ白な毛並みをした犬の式神。
その犬の頭の上には、紫色の毛に金色の瞳の猫が、小さく欠伸をしている。
どちらも私の式神で、犬が白雲、猫が水蓮。それから人型の鵠gと、鶯型の飛梅。
白雲と水蓮、飛梅は、昔近所にいた動物たちを思い出しながら作った式神だ。
私の式神は、この四体。基本的に鵠gを使っているけれど、攻撃力で言えば白雲も水蓮も劣らない。飛梅は完全に伝達用だけれど。

中々見る事の出来ない式神達に興味が沸いたのだろう、本家の妖怪達は少し用心しつつも、楽しげに声を上げて集まってきていた。


「でも大丈夫なの? あんた、悪阻は完全に治まってはないんでしょ?」
「もう平気。頭痛も治ったし、吐き気は……じっとしていれば、なんとかね。それより今はこっちが先決よ」
「……いいの? ぬらりひょん」
「いやよくはねえんだが……珀姫にどうしてもと言われてな」
「なるほど、おねだりに負けたわけね」


隅の方で渋い顔をするぬらりひょんと、呆れ顔の雪麗。この二人を含めた幹部達は、式神に恐れる姿は見せない。
まあ、私が襲うわけでもなし。妖怪退治をしない式神はただの動物だ。可愛いだけの。


「猫いる猫! ちょ、誰か化猫組呼んでこい! 勝負させようぜ!」
「ばっかお前、良太猫泣かす気か?」
「ちげーよ可愛さで勝負するんだよ」
「いや可愛さならこっちが上だろ。化猫組おっさんに猫耳ついたやつもいんだぞ化け物だろ」
「妖怪なんだからバケモンに決まってんだろうよ」


ザワザワと騒ぐ声に、くすりと笑みを零す。
刀を持つ鵠gと、大きな白雲はやはり少しは怖がられてしまう。それに比べて小さな水蓮や攻撃力のない飛梅が、妖怪達からは人気だった。


「珀姫様、こいつら何か一発芸とか出来ないんですか?」
「一発芸? 命令すれば大抵の事は出来るけど……何がさせたいの?」
「三回回って宙返りしたあと火の輪くぐって傘回し」
「いや無理だろ流石に」
「できるわよ」
「すげえ!!」


まあ、火の輪はちょっと危ないから、ご遠慮させたいところだけれど。
やや恐怖を滲ませながらもそっと式神に触る妖怪と、滅する必要がないために甘んじてそれを受けている式神。
普通なら考えられない。だけどその光景は、あまりにも自然で、平和で、美しかった。


「珀姫、体調には大事ないか。式神顕現は精神力を使うのじゃろう?」
「そう。でも私の場合は霊力でまかなっているから平気。全て使って大戦争でも起こさない限りは大丈夫よ」


そっと腹に触れる。まだそう膨らんでもいない、薄っぺらい腹の中にやや子がいるのだ。
そう考えると愛おしい。産まれてくる子のためにも、私は為さねばならないことがあるのだ。


「それとね、ぬらりひょん。式神顕現だけじゃ霊力の上限には達していないの。だからもう一つ、術を行おうと思って」
「術? アンタが平気ならワシは構わんが……どんな術じゃ?」
「結界術よ。聞いた事はある?」
「ん……結界? 秀元が京の町を覆うようにして掛けた、あの術か?」
「ふふ、正解。案外物覚えがいいのね」


流石に秀元くらいの術をかけるとなると、私の力量では無理がある。あれは彼の天賦の才故に行えることだ。
結界術は式神とはまた異なる分野の能力を使う。でも霊力で代用できる点においては同じだ。
それにどうせかけるのであれば、役に立つものがいい。血気盛んな奴良組の妖怪達を、少しでも守れるような。


「これをね、作ろうと思って」
「ん? なんじゃ?」


袂から出した紙を広げる。中には墨で書いた、結界の説明や作り方が細かく記されていた。


「えーと、なになに……紫水晶? なんじゃそれは」
「平安の頃に書かれた書物の中にあった、紫の石よ。書物の中では紫石英と呼ばれていたけれど、まあ呼び方は様々ね」
「ほお……」
「書物の中では不老長寿の薬として扱われていたわ。とはいえ、信憑性はあまり高くないの。でも石によっては力を持つものがあって、花開院では相性の良い石を術の触媒として使う者もいたわ」
「それが、アンタにとってはこの石じゃと?」
「そう」


藤色に輝く透き通った石。紫水晶。あまり普及しているものではなく、私も数えるほどしか見たことはない。
けれど持っていると不思議と心が落ち着いて、術の効き目もよくなった。気がするだけかもしれないが、陰陽術は感覚を大切にするから、そういうのも大事なのだ。


「……買ってやりてえが、見たことがねえな。どこに売っとるんじゃ?」
「そうねえ……外つ国からの輸入品を探せばあるかもしれないけど。でも探す必要はないのよ」
「ほう?」
「珱姫がね、引き取られた家があったでしょう。親戚筋の。あのお家がそういう、外つ国とのやりとりなんかに詳しくてね。相談したら、形の歪なものでよければ安く譲ってくれるというの」
「歪なものでいいのか?」
「ええ。形はこちらで整えるから大丈夫。その紫水晶に、私の血を混ぜた墨で書いた呪符を貼るの」
「血? ……大丈夫なのか?」
「平気よ、少しだけだから」


呪符の効力は、はっきり言ってそれほど高くはない。流石に結界内に入った妖を全滅させるとか、そんなのは秀元くらいしか出来ない術だ。
ただ範囲を広げ、できるだけ長く持つように耐久性も加える。そして、どんな術をかけるのかといえば。


「受けた攻撃の威力を、少しだけでも軽くさせる術」
「ふむ」
「奴良組は血気盛んな子達が多いでしょう。妖怪としてはそういうのが正しいのかもしれないけど、でも無鉄砲では危ないと思うの」
「あ〜……まあ、一理あるな」
「だから私の血の力……神通力の力で、結界内の奴良組や、それに属する妖怪の生命力を少しだけ高くして。そうしたら、多少無茶な戦い方をしても大丈夫でしょう?」
「何でも出来るなアンタの力は……」
「なんでもは出来ないわよ」


それと範囲。出来れば日本全土を囲みたいけど、流石に身重の体でそれは無茶が過ぎる。
なので奴良組が現在支配している土地までを囲んで、東西南北の最もせり出した位置に水晶を埋めるのだ。
耐久性は長く、長く。私が死んだら終わり、なんてそんなの役に立ちやしない。
だから出来れば千年、少なくとも五百年。……いけるかいけないかは、やってみないと分からない。


「さて、そうと決まれば旅の日取りを決めないと」
「旅?」
「そうよ。奴良組の支配する土地をぐるっと回るんだから、日程はどうしてもかかるわね」
「は!? 止めんか無茶は! アンタは今一人の体じゃねえんだぞ! やるなら代わりにワシが……!」
「仕方ないじゃない、私が埋めないと意味がないんだから。陰陽術に関わるものを持って、妖怪がどんな影響うけるかなんて分からないのよ?」
「〜〜っ、アンタはまたそう、無理なことを……!」
「それくらいしないと霊力が暴走します。止めても無駄よ」


奴良組のみんなが心配なのもある。だけど一番は、腹の子のためだ。
ぎりぎりまで、本当に霊力が尽きる寸前まで術を使わなければ、この子にどんな被害が及ぶか分からない。
それにずっと使い続けなければならないのだ。式神や結界術ならそれが出来るけど、他の術ではどうにもならない。


「……分かった。どうしてもと言うならワシも行く」
「は、な、態々貴方が着いてこなくても……」
「駄目じゃ。それが条件。無理なら止めろ」
「……」


いつになく厳しい声色で、ぬらりひょんが言う。
……流石に何日かかるか分からない日程に彼を付き合わせるのは忍びない。その分の仕事だってあるだろうに。
でも頷かなければ、彼はきっと許してはくれないだろう。
……これは、もう。


「……分かったわ」
「!」
「その代わり、あっちこっちふらふらしないでよ。探すの大変なんだから」
「流石に自分の妻置いてぬらくらするほど阿呆じゃねえさ。……アンタを守るためじゃしな」
「守る? 何から?」
「奴良組の土地って言ったって、組の外の妖怪が出入りしねえわけじゃねえ。それにアンタは人が良いから、何かあったらすぐに自分の身を犠牲にしそうだしな」
「……その人が良いって、皮肉でしょ」
「はは」
「ちょっと」


……もう。過保護なんだから。
条件云々と言ってはいたが、結局の所それが本音なのだろう。
まあ確かに、やや子を産むために旅をして、その途中で何かあっては意味がないのだし。
悪阻が完全に終わるまで、もう少し。その間に、色々と準備をしておこう。





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