「わー……」
「ちっちぇー……」
「手なんかオレの指くらいだよ……握りつぶせそう」
「お前それは……それはちょっと、分かるけど……」
「何だよ良いだろ別に」


鯉伴が産まれてから、少し経って。
彼は今や、奴良組一の人気者となっていた。

赤子と言うだけで、大抵の人は可愛がる。
それも総大将の子となれば、奴良組はもう皆目尻を下げに下げて可愛がるのである。

赤子用の布団に寝せて籠に入れた鯉伴を、奴良組の妖怪達は今日も取り囲み、ひそひそ話しながら見ていた。


「ふふ、人気ね鯉伴、良かったわね」
「珀姫様!」
「お体はもう大丈夫なんですか?」
「ええ、平気。それより、鯉伴の相手をしてくれていたのでしょう。ありがとうね」
「いやあ〜それほどでも」


くす、と微笑めば、彼等はでろんと照れたように頬を染めた。
鯉伴を覗き込むと、彼は不思議そうにこちらを見ている。頬を撫でれば、私の指をきゅっと掴んだ。


「ふふ、可愛い子」
「しかし肝が据わってますねえ、鯉伴ぼっちゃま。奴良組の妖怪なんて見た目怖いヤツばっかなのに」
「お前が言う?」
「うっせほっとけ」


言い出したのは奴良組でも鬼寄りの風貌を持った小妖怪である。
確かに普通の赤子なら、その顔に怯えを持つかもしれない。
それでもやはり、総大将の息子ということか。鯉伴は平然とした顔をしていた。


「珀姫、ちょっといいか」
「ええ、今行くわ」


ぬらりひょんに呼ばれて、その場を後にする。たちまち鯉伴の周りに妖怪達の壁が出来て、見えなくなってしまった。
随分と可愛がられている。良いことだ。
半妖、しかも花開院の血を継いでいるのだ。偏見を持つ者もいるのではないかと、心配していたけれど。
あの様子を見る限り、大丈夫らしい。


「どうしたの?」
「鯉伴の誕生祝いに、色んな妖怪達が服やらなんやら贈ってきててな。あんまりあるもんで、珀姫が気に入ったのだけ残そうかと思うてのう」
「あら勿体ない。いいじゃない、全部使えば。御厚意はありがたくいただくものよ」
「とは言ってものう。凄い数あるぞ、ほれ」


ぬらりひょんが指を指したのは、部屋の一角に積まれた箱の、山、山、山。
大小問わず大量にある箱。あれが全て誕生祝いだとは。
流石鯉伴、人気者だ。お礼の品も考えなくてはならない。


「開けても開けても次の品が届くもんだから、辟易してきた」
「あらら……」


心底参ったと言いたげなぬらりひょんの顔に、思わず苦笑してしまった。
ぬらりひょんは意外と顔が広い。下町に行くだけで色んな人から声を掛けられているのを見たことがある。
まして妖怪相手ともなれば、それはいかほどだろうか。
ぬらりひょんと共に誕生祝いの品に近付く。確かにこれは凄い。
どうしたものか。折角頂いたのに使わないのも勿体ないし、でもこれだけあるとなると使うのですら一苦労だ。


「取り敢えず、全部開けてみましょう。着物や反物なら洗い替えにどれだけあっても困らないし、玩具なら鯉伴に見せてみて、反応を見てから決めるといいわ」
「ふむ……そうじゃな。おーいカラス天狗」
「は、ここに」
「お前これ全部開けて品物別に並べといてくれ。頼んだぞ」
「え、全部ですか!?」
「おう」
「またカラス天狗に何でもかんでも押し付けるんだから……」


カラス天狗は真面目な性格だけあって、ぬらりひょんの頼みを全部こなそうとする。
それは結構なことなのだけど、如何せん負担が多すぎて、倒れてしまわないか心配だ。
彼がそんな柔な妖怪でないことは知っていても。こういうのは気持ちの問題なのである。


「うーん……そうねえ。じゃあ、こうしましょうか」
「ん?」
「式神、鵠g」
「わ!」


ぼふん、と軽い破裂音を立て、鵠gが姿を現した。
私の持っている式神の中で人型は彼だけ。奴良組本家で式神を使うのは如何なものかと思わなくもないが、先日までずっと出しっ放しだったので、奴良組本家の彼等はすっかり慣れてしまったらしい。


「珀姫様、何を……?」
「鵠gなら、贈り物を開けることも出来ると思うわ。内容による選別もね」
「甘いのう珀姫は」
「私達の子に贈られたものなんだから当たり前でしょ」
「それはそうじゃが……」
「私も一緒にするから、貴方も……」
「ふにゃあああ……!」
「あら?」


言葉を遮るようにして聞こえてきたのは、赤子の泣き声。
この家に赤子は一人だけ。つまり、鯉伴の声だ。


「あー泣かせた! お前が大きな声出すから!」
「え、あ……た、助けて下さい珀姫様〜!」
「……ちょっと、行ってくるわね」
「御意」


助けを求めるような妖怪達の声に、頭が痛くなるような気がしながら振り向いた。
わんわん泣く鯉伴と、それにあたふたしながら右往左往する妖怪達。
近付いて行って抱き上げれば、鯉伴はぐすぐす鼻を鳴らしながらこちらを見た。
泣いているのに場違いかも知れないが、可愛らしい。まだ見えているのかすら怪しい視線が、うろうろと私の顔の辺りを彷徨っている。


「よしよし、鯉伴。良い子」
「ふ、えええーん」
「ふふ、可愛い子。どうしたの、そんなに泣いて」
「珀姫様すんません……オレらがちょっかい出し過ぎて」
「そんなことないわ、遊んでくれていたのでしょう。赤子は泣くものよ」


ゆらゆらと身体を揺らしてみても、鯉伴は泣き止まない。
赤子は泣くのが仕事。それはその通りなのだけれど、まあ泣いているのをいつまでも見ているのも忍びなく。
何かあっただろうか、と私は古い記憶を辿った。


「……ねーんね、なーされまーせ 今日は二十五ー日」
「ふ、ええ……」
「あーすはおまーえの 誕生日 誕生日」
「う……ぐす、すん」


これは何の歌だっけ。思い出せない。
ただ歌詞と曲調だけが、頭の中に流れてくる。
昔、母様に歌ってもらったような、そうでないような。誰かが歌うのを聞いて覚えたのだったっけ。
もうあやふやな中で、浮かぶ歌だけを口ずさめば、鯉伴は次第に泣くのを止めた。


「そう、鯉伴。良い子ね」
「珀姫様、それって京の子守歌ですか?」
「多分、そうだと思うわ。あんまり覚えていないのだけれど」


とん、とん、と。鯉伴の背中に回した手で優しく叩くと、落ち着くのか、とろんとした顔つきになる。
その顔が寝起きのぬらりひょんそっくりで、くすりと笑ってしまった。
そのままうとうとして、ついには寝てしまった鯉伴の額に、口付けを落とす。あどけない寝顔に愛しさを覚えた。


「寝ちゃった……」
「すげえ、流石珀姫様」
「暫くはゆっくり寝せておくわ。起きたらまた相手をしてくれる?」
「も、勿論ですとも!」
「ふふ」


起こさないようにそっと、布団の上に乗せて。
さあ贈り物のところへ、と振り向いた瞬間、ぽふんと何かにぶつかった。


「わぷ。……ぬらりひょん?」
「……」
「どうしたの、そんな所に棒立ちで。あ、鯉伴を抱っこする?」
「……狡くねえか?」
「何が?」
「今の口吸いじゃ」
「口吸い?」


って、今鯉伴の額にした、あれのことだろうか。
まさか、この人は息子にまで悋気を起こそうとしているのか。いや鯉伴がお腹にいた時から兆候はあったけれど。


「珀姫はワシにすら中々自分から口吸いをせんというのに……するのは褥の中だけ、」
「っ!!」
「痛え!」


思わず喰らわした平手打ちで、ばちんと良い音が鳴った。
顔がかああ、と熱を持つ。な、なんてことを。この広間、妖怪達だって沢山いるというのに。


「ご安心を、珀姫様。オレら慣れてますんでそういうの」
「なーんも聞いてませんから、はい」
「ほら。大丈夫じゃ珀姫」
「な、何にも大丈夫じゃないじゃない!」


大きな声を出してしまって、はっと口を塞ぐ。恐る恐る鯉伴を見下ろせば、彼はすやすやと寝息を立てていた。
ほっと一安心するも、それどころではないのだったと思いだし。
私はぷいと顔を背け、足早にその場を後にする。


「珀姫、」
「つ、着いてこないで!」
「そうはいかん」


小走りに廊下を進んでいたのに、あっという間に追いついたぬらりひょんに手を掴まれてしまった。
強く手を引かれ、振り向かせられる。まだ赤い頬を隠すように着物の袖をかざせば、ぬらりひょんはまるで子どものような顔で言った。


「仕方ねえじゃろ。ワシも珀姫から口吸いされたい」
「だ、だからってあんな、っ……人前で言うことじゃないでしょう!」
「それは……まあ、すまんな」
「……」


口吸い。言われてみれば、私からした記憶はほとんど無い。
というか、ぬらりひょんがしてくるから。私がしたいと思うより早く彼が動くせいで、する機会がないというか。

ちろ、とぬらりひょんを見る。彼は謝ってはいたけれど、まだ何と言うか、憮然とした表情のままで。


「……されたいの?」
「されたい」
「……どうしても?」
「どうしても」
「……っ、目、瞑ってて」
「! おう」


途端、ぬらりひょんが目に見えて上機嫌になる。
きょろきょろと辺りを見回しても、特に人影もなく。
……大丈夫、一瞬だ。一瞬、だけ。

私はぬらりひょんに近づき、背伸びをして、


ちゅ、と、口付けをした。


「……っ、これでいいでしょ」
「……いや頬じゃねえか」
「ほ、頬でいいじゃない!」


ぬらりひょんがとてつもなく分かりやすく、不満げな顔をした。
心臓がばくばく鳴っている。なのにこの人は。


「いいか珀姫、口吸いってのはな……こうするもんじゃ」
「な、んむっ!」


瞬間顎を掬われて、唇を奪われる。
反射的に目を瞑ってしまえば、後はぬらりひょんの好き勝手にされるまま。
押しても叩いても頑として引かないぬらりひょんが私を離したのは、それから大分後のことだった。


「ほれ、この通りにもう一度」
「で、出来るわけないでしょうこの馬鹿!」
「あいて!!」





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