鯉伴が産まれてから、何度目かの春が来た。
彼はすくすくと大きくなり、私やぬらりひょんだけでなく、奴良組中の妖怪から存分に愛されて育ち。
今は少しやんちゃな、普通の男の子になった。


「ぬらりひょん、いる?」
「おお珀姫か、入れ」
「ええ」


ぬらりひょんの部屋の襖を開ける。そこには鯉伴もいて、何やら本を広げていた。


「母さん!」
「鯉伴、ここにいたの。ぬらりひょんと何かしていたの?」
「おう。妖怪について教えてもらってたんだ」
「これは?」
「カラス天狗が持ってきてくれた。妖怪について書かれてる書物だ」


広げられていたのは、絵図付きで妖怪について説明された書物だ。
そういえば花開院にもこれがあった気がする。誰が書いたか知らないけれど、かなり詳しく書かれているのだ。
開かれている頁は、「滑瓢」と書かれている。滑瓢ーーぬらりひょんだ。


「ぬらりひょんの項目ね」
「でもこの本、ぬらりひょんは盗み食いをするって書いてあるんだぜ。ひどいよな」
「あら、その通りじゃない。ぬらりひょんも貴方も、ご飯時に厨につまみ食いしに来るでしょう」
「い? いやー、あれは……つい」
「気付いとったんか」
「数が少なくなってるもの、すぐに気付きます。足りないならもっと多めにご飯をよそうのに」
「あれはワシらの習性みたいなもんじゃからな」


困った習性だこと。
長くなった鯉伴の黒髪をなでる。やめろよ、と照れた様子で鯉伴は手を払った。


「それで珀姫、どうしたんじゃ?」
「? 何が?」
「何か用があって来たんじゃねえのか? ワシに会いに来たのなら大歓迎じゃが」
「ああ、そうだった。これから買い物に行くから、何か足りない物があったらと思って」
「買い物!? 町!?」
「え? ええ、そうよ」


頷くと、鯉伴の瞳がきらめいた。
鯉伴は好奇心旺盛な性格で、何かと言えばすぐぬらりひょんと一緒に出かけている。
江戸の町を見たり、知らない物を知るのが楽しいのだと思う。いいことだ。


「俺も行く!」
「あら、夕餉の材料を買いに行くだけよ?」
「いいの」
「……何も買わないわよ?」
「へへ、いいの」
「……ならいいけど」


鯉伴は口がうまいから、何かと言えばお菓子やらなにやら、ほしいものをねだってくる。
毎回応じるわけにはいかないが、たまに買ってしまう。やっぱり子供が甘えてくるのは可愛いから。
私だけじゃなくて雪麗や一つ目、牛鬼に木魚だるままで同じようなことをするのだから、鯉伴がどれだけかわいがられているかは分かると思う。ぬらりひょんは言わずもがな。


「じゃあ羽織を持っていらっしゃい。玄関で待っているわ」
「はーい。じゃあな、親父」
「おう。珀姫に迷惑かけねえようにしろよ」
「分かってら」


鯉伴が廊下をかけていく。途中でカラス天狗の、「廊下は走ってはなりません!」との声が聞こえてきた。
成長して、鯉伴はどんどんぬらりひょんに似てきている。まだ子供とはいえ、ふとした瞬間ぬらりひょんに重なる。
妖怪としてはまだまだ術なんかは使えないけれど、多分そうかかることでもないはずだ。


「成長が楽しみね」
「ああ、あと十年もしないうちに成人じゃしのう」
「……妖怪の成人って人間と同じ?」
「ん? ちと違うな。妖怪は13歳で成人じゃ」
「そうなの? まだまだ子供じゃない」
「妖怪の成長は早いぞ。成人する頃にはワシと同じくらいの背丈になるじゃろうな」
「まあ……」


ぬらりひょんと同じ、ということは私より大きくなると言うことだ。
今はあんなに可愛いのに。成長したらきっとぬらりひょんそっくりになるだろう。


「お嫁さんを連れてきたりするのかしら」
「気が早いのう。だがまあ、そうなるじゃろうな」
「楽しみね、ぬらりひょん」
「おう」


くす、と笑って、ぬらりひょんの部屋を出る。
鯉伴の未来が楽しみだ、と思った。









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