「あ、団子」
「今日は青物屋さんに行くのよ。お団子は買いません」
「ふーん。あ、せんべい」
「こら」
「美味そうだなって見てるだけだよ」
どうだか。
鯉伴を連れて、町を歩く。もう見慣れた風景も、鯉伴にとってはまだまだ珍しいようだ。
それにこの通りは、食材を買うときくらいしか通る機会もない。ぬらりひょんと来たりもしないのだろう。
「今日は何買うんだ?」
「お野菜をいくつかと、あとお醤油ね」
「醤油……ってあれ?」
鯉伴が指さした先にあったのは、お醤油屋さん。
いつも買っているお店だ。
「そうよ。でもお醤油は重いから、帰りに買うわ」
「……なあ母さん。俺醤油持つよ。先買おうぜ」
「あら、本当? 助かるわ」
「その代わり、さー……団子、食いたい」
「買わないって言ったでしょう」
「えー、いいじゃん。もう八つ時半刻は過ぎてるし、夕餉までまだあるだろ?」
「それは……」
「なー、野菜も持つからさー」
「まったく……調子の良いこと。……解ったわ。但し一つだけよ」
「やりい」
鯉伴がにししと笑う。口のうまい子だ、ぬらりひょんに似たのだろう。
一つため息をついて、頭をなでて。お醤油屋さんによって、いつもの醤油を買う。
「っと……重いな」
「大丈夫? 私持ちましょうか」
「これくらい平気だよ」
昔は重い物なんて持てなかったのに。これも成長だ。
とはいえ野菜はもてなさそう。ま、いいか。
「後は青物屋か」
「ええ。あそこよ」
青物屋に行くと、顔見知りの店主が声をかけてきた。
「らっしゃい、姫さん。おや、今日は坊ちゃんも一緒かい?」
「こんにちは、ご店主さん。そう。鯉伴、ご挨拶なさい」
「奴良鯉伴。よろしく!」
「これ、目上の人には敬語を使いなさい。ごめんなさいね、ご店主さん」
「子供は少し生意気なくらいが元気があっていいさ。それで、今日は何を買いに?」
「えーっと……」
どうせだから足りない野菜を買っていってしまおうと、少し多めに頼む。
「蕪とほうれん草と……」
「ふんふん」
「茄子と……あ、胡瓜も下さいな」
「あいよ」
「それから……」
ひとしきり足りない物を告げて、店主に選んでもらう。
ここの人は目利きが上手で、綺麗で美味しい物を選んでくれるのだ。
そして支払いを済ませ、籠に野菜を詰めて。
「さ、行きましょうか鯉伴……鯉伴?」
ふと気付けば、鯉伴の姿が見えなかった。
「なんだ、坊ちゃんどっか行っちまったのか?」
「もう、しょうがない子。探しに行かなくっちゃ。それじゃあ、ありがとうございました」
「あいよ。毎度あり」
鯉伴は賢い子だ。だけどぬらりひょんの特性故か、そういう年頃か、ふらふらどこかへ行くことがある。
ぬらりひょんもそうだから一概に責めることは出来ないけれど、ちゃんと手をつないでおくべきだった。
……いや、今のあの子は手をつなぐのは恥ずかしがるか。目を離すべきじゃなかったのだ。
辺りを見回してみても鯉伴の姿は見えない。
意識を集中させて、鯉伴の妖気を探す。すると少し離れた場所に、それは見つかった。
「何であんな所に……」
足を進めつつ考えながら、ふと思いだす。そういえばあそこの近くにお団子屋さんがあったんだった。
おおかた、先に行って選んでおこうとでもしたのだろう。
もう夕方、逢魔が時だ。西日が濃い。
鯉伴はぬらりひょんの血を継いでいるとはいえ、まだ未熟。一人は心配だ。
急いで鯉伴の元に行けば、何故か奥まった路地に鯉伴の後ろ姿が見えた。
「りはーー」
声をかけようとして。
鯉伴の向こうに、ゆらりと揺れる影を見た。
「っ!!」
咄嗟に路地に飛び込んで、結界を張る。
キン、と音を立てて、結界が刀に切り裂かれた。
「……チッ、女か」
「母さん!」
「鯉伴、無事?」
「あ、ああ……」
見たことのない妖怪だ。けれど鯉伴に手を出そうとしたのなら、奴良組の妖怪じゃないだろう。
相手は刀を持っている。鯉伴を後ろに下がらせながら、私は息を吐いた。
戦うのは避けたい。妖怪とて、殺したくはない。
逃げ切れるだろうか。
「鯉伴、何があったの」
「な、なんとなくぶらついてたら、ここにうずくまってる奴がいて……声かけたら、その……」
「襲ってきたのね」
「ああ……」
説教は後だ。目を離した私にも責任がある。
ともかく、この妖怪はやけに攻撃力が強いようだ。結界を切るなんて。
ぬらりひょんのように陽の力を無効化する特性があるのだろうか。
「鯉伴、すぐにそこの大通りにーー」
ちらりと鯉伴に目をやった、その一瞬。
少し離れたところに居たはずのその妖怪が、私と鯉伴の足をつかんだ。
「!」
「か、かあさ……!」
「ケヒ、ケヒヒ!! 覚悟!!」
鯉伴に刃が向けられる。
震える鯉伴。笑う妖怪。
冷静に判断を下す暇など、なかった。
「ーー式神、鵠g!!」
→
back
ALICE+