「……そうか、そんなことが」
「……また、殺しちゃった」
「……珀姫」
「……最低ね。もう二度と誰も殺さないって決めたのに。それも……鯉伴の前で。母親失格だわ」


敵であろうと殺したくない。妖怪であろうと殺めたくない。
あの子の前で、母親が誰かを殺す瞬間など見せたくなかった。

自虐的に笑おうとして、笑えなかった。
唯一の幸いは、鯉伴が生きていたこと。
ああ、でもどうしよう。これからどう、あの子と向き合えばいいのだろう。
あの子に恐怖のまなざしを向けられたら、どうしたらいいんだろう。


「鯉伴を守るためじゃ。よくやった、珀姫」
「……結界を張りながら逃げるとか、もっとやり方はあったはずだわ」
「咄嗟のことにそんな判断はできんさ。甘いやり方じゃ、アンタの身も危なかったはずじゃ」
「……そっちの方が、よっぽど」
「珀姫」
「!」


突然厳しい声色になったぬらりひょんに、びくりと肩が震える。


「それ以上言ったら怒るぞ」
「あ……ご、めんな、さい」


彼の目は本気だった。
震える声色で謝った私を、そっとぬらりひょんは抱きしめる。
あったかい。


「無事で何よりじゃ。鯉伴も、珀姫も」
「……うん」
「後のことはワシが対処する。何も心配するな」
「……ごめんなさい」
「珀姫。もう謝るな」


大丈夫、と。
ぬらりひょんが告げた言葉に、体の力が抜ける。
殺してしまったのは事実。変えられないこと。
忘れてはいけないこと、だけど。


「それにな、珀姫」
「……?」
「アンタがそんなんじゃ、鯉伴も心配するぞ。のう鯉伴」
「……え?」
「!」


突然鯉伴の名を呼んだぬらりひょんに、私は首をかしげる。
すると彼はそっと腕を解いて、後ろを振り返った。
ぬらりひょんの後ろ、廊下に面したふすまがすっと小さく開いて――

――そこには、鯉伴がいた。


「……りはん」
「か、母さん。……ごめんなさい」
「……え、」
「……俺が勝手な行動したから、あんなことになっちゃって」
「そんな、」
「でも、」


鯉伴は、そろそろと部屋に入ってきて。
私の前に立ち、強い瞳で見つめてきた。


「守ってくれて、ありがとう」
「……!」


その言葉で、全てが救われた気がした。

鯉伴は照れたように、頬をかく。


「俺、確かにびっくりしたけど……でも、母さんのこと母親失格なんて思ってない」
「鯉伴……」
「母さんが……その、陰陽術……だっけ? それ使ったのは、俺のせいだろ」
「そんなこと」
「親父が言うように、一歩間違ったら俺も母さんも危なかったんだ。母さんは殺したくなかったかも知れないけど……俺は、助けてもらって良かったよ」
「……っ」


滲んだ視界を、ぐっとこすって。

鯉伴はいつの間に、こんなに立派に育っていたんだろう。
私は殺してしまったことに罪悪感を覚えて、そのことで皆に嫌われることに恐怖を覚えて。
そんな自分のことばかり考えるような人間なのに。
鯉伴は、こんなにもきちんとした子に育っている。


「……鯉伴」
「ん?」
「……おいで」
「? うん」


近寄ってきた鯉伴を、私は。


「わ!」


ぎゅっと、強く抱きしめた。
温かい。とくんとくんと、鼓動が聞こえる。
生きている。
……生きていて、良かった。


「か、かあさ……」
「無事で良かった……鯉伴」
「! ……うん」


今はもう、それで十分だ。
殺した妖怪のことを、忘れることはない。多分、一生。
それでも鯉伴が無事で、何より良かった。

鯉伴がそっと、恐る恐る、私の背中に腕を回す。
その、瞬間。


「!」
「え、うわ、何だこれ」
「……? っ!」


光の球がぶわりと溢れだし、私の体に吸い込まれていく。
これ、って……。


「神通力……!」
「鯉伴、お前……」
「これ、母さんの……え、俺……」
「鯉伴も……使えるようになったのね」


受けたことはないけれど、間違いない。
段々と力が回復してくる感覚。温かくて、心地よい。
これは私の神通力と、全く同じものだ。
まさか、遺伝していたなんて。

これを、彼が使えると言うことは。


「鯉伴」
「ん?」
「ごめんね。……ありがとう、鯉伴」
「! うん」


へへ、と照れたように彼が笑う。

この神通力は、相手を何より大切に思わないと使えない。
あんなことをしてしまった私を、鯉伴はこんなに思ってくれているのだ。

立ち直るには、少し時間がかかるかもしれないけれど。
私も、しっかりしなければ。
いつまでも過去のことにとらわれているわけには、いかないのだから。






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