「では、改めまして――鯉伴様、ご成人おめでとうございます!!」
「おめでとうございまーす!! かんぱーい!!」
「おうよ」


いつもぬらりひょんが座っていた、大広間の一番上の席。
そこに今日は、鯉伴の姿があった。

鯉伴が生まれてから、十三年たった四月九日。
彼はすくすくと成長し、今や私の背丈を超え、ぬらりひょんとよく似た顔つきの男の子――いえ、男性になった。
くっと軽く杯を上げた鯉伴は、そのままぐいっと酒を飲む。
十三才なんてまだ子供だと思うけれど、妖怪の成長は早い。見た目はすっかり青年だ。

この日ばかりは私も腕によりをかけ、鯉伴の大好物ばかりが並ぶ食卓を作り上げた。
少しばかり表情がわかりにくくなったけれど、嬉しそうに食べる鯉伴に、私も横から見ながらくすりと微笑む。


「鯉伴も十三才か。速いもんじゃのう」
「そうね。生まれた日がついこの間のようだわ」
「庭の桜の木から落っこちかけて泣いとったんが懐かしいな」
「あれは心臓が凍るかと思ったわ。やんちゃな子なんだから」
「親父、母さん。俺もうついに総大将なんだぜ。子供扱い止めてくれよ」
「あら、ふふ。失礼」


くすくすと笑えば、鯉伴は肩をすくめる。随分と大人びた仕草をするようになったこと。
お酒だって飲めるようになったし、妖怪としても一人前と言えるほどの術を使えるようになった。
彼はもうあの小さかった鯉伴じゃない。奴良組を率いる、総大将なのだ。

その証としてか、鯉伴の腰元に下がるのは、ぬらりひょんが成人の祝いに与えた鵺切丸。
そして髪には私が贈った朱色の髪紐と、上質な反物で縫い上げた羽織。
そのほかにも、奴良組の妖怪達や、果ては珱姫まで祝いの品を贈ってくれた。
珱姫も今や結婚し、子どもも生まれててんやわんやらしいというのに、それでも祝ってくれるところが珱姫らしい。


「いやあ、それにしても鯉伴様は、総大将……っと、失礼、先代にそっくりですなあ」
「まったくだ。髪色と……目のあたりは珀姫様似だが、それ以外は生き写しだな」
「男前になれてよかったじゃない、鯉伴」
「へいへい」


私達だけじゃない、カラス天狗も、牛鬼も雪麗も、皆が鯉伴の成人を祝っている。
何て素晴らしい日なんだろう。誰も彼もが笑顔で、もう悩みなんて吹き飛んでしまうほど。


「妖怪は長い時を生きるから、無理にとはいわないけれど……私が生きているうちに、鯉伴のお嫁さんを見てみたいものね」
「……止めてくれよ母さん、今すぐ死ぬみたいな言い方は」
「あら、そんなつもりはなかったのだけれど」
「嫁、ねえ……鯉伴、アンタ最近江戸の町で鯉さんって呼ばれて、黄色い声浴びてるんだって?」
「何で雪麗は知ってんだよ……」
「知ってるに決まってんでしょ。ったくあのチビ助が調子に乗っちゃって」


えいえい、と雪麗に小突かれ、鯉伴は少し眉根を寄せる。
そうか、でも考えてみれば無理もない。ぬらりひょんそっくりということは色男なのだ。人気も出るに決まっている。


「……鯉伴、いいこと。無責任にあっちこっちの女性をたぶらかすのはおやめなさいね」
「そんなことしねえって。親父だって母さん一筋じゃねえか」
「ぬらりひょんは昔遊び人だったのよ、貴方もそうならないように気をつけなさい」
「う、珀姫、その話は……」


ぬらりひょんは私がこの話をすると、いつも気まずそうに目を逸らす。
昔のことなんだからもう悋気なんて覚えないのに。まあ、愛情の裏返しとでも思っておこう。


「何はともあれ、今日はめでたい日ですからな! ささ、鯉伴様、もう一杯」
「飲め飲め鯉坊〜! ワシがついでやる!」
「おわっ! 押すな溢れる!」


わいわいがやがや、まったく賑やかだこと。
妖怪達にもまれて見えなくなる鯉伴にくすりと笑い、私も少しだけお酒を飲んだ。


「……ふう」
「珀姫、アンタはあんまり飲むな。酒に弱いじゃろ」
「そう……? そんなことないと思うのだけれど……」
「いやわかりやすいぞ、酔ったときのアンタは。ぽやんぽやんして隙だらけじゃ」
「ぽやんぽやん……」


まあ確かに、お猪口一杯分で頭はぼうっとするけれど。
めでたい席だし少しくらいいいだろう。そう思ってもう一杯だけ注ごうとすれば、ぱっとぬらりひょんに酒瓶を獲られた。


「あ……」
「言った側からったく……。ほれ、風に当たりに行くぞ」
「大袈裟ね……」
「大袈裟なことはない。立てるか珀姫?」
「ええ……」


ぬらりひょんの差し出した手に掴まって立ち上がると、少しだけ頭がくらりとした。
……本当に私、お酒弱いのかも。
鯉伴は、と見るとまだまだ皆に揉まれている。人気者は辛いわね、と微笑んだ。

廊下に出ると、活気のあった大広間とは違ってまだ少し肌寒い。
ほてった頬に当たる風が気持ちよくて、ぬらりひょんが私の肩を引き寄せるのに素直に従った。


「……のう、珀姫」
「なあに……?」
「鯉伴ももう、成人じゃ。……早いのう、時の流れは」
「そうね……あの子が生まれたのが、つい昨日のことのようだわ」
「羽衣狐と戦って……アンタを娶って、子どもが成人か。……ほんにワシは果報者じゃな」
「あら、それを言うなら私の方がそうだわ」


きっと子どもの頃の私に話しても信じない。
妖怪と恋に落ち、結婚し、子どもをもうける。そんなの陰陽師としてあり得ない生き方だからだ。
でもこの上なく幸せな日々だった。色んな事があったけれど、生きてきて良かったと思える。


「……ねえ、ぬらりひょん」
「なんじゃ?」
「私、今日が今までで……今までの人生で一番、幸せだわ」


その、瞬間。
どくんと、心臓が大きな鼓動を立てた。


「か、はっ……!!」
「珀姫……? おい、どうした……!?」
「う……あ、っ」


かくんと膝が折れて、廊下に倒れ込む。
まるで心臓に、棘の生えた蔦が巻き付いて縛り上げられているかのように。
体が苦しい。息が、苦しい。


「珀姫、珀姫……! しっかりしろ!」
「あ、ぬ、ら……」


大丈夫。そう言いたいのに。笑って安心させたいのに。
ぬらりひょんにすがるように伸ばした手は、届かなくて。
意識が、静かに暗転した。

遠くで、狐の声が聞こえた、気がした。






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