血を垂らした墨に、筆を浸す。
正方形に切り取った和紙に陣を描き、更にそこにもう一滴の血を垂らし。
そして霊力を込めると、和紙に書かれた紋様がぼんやりと光を帯び。
それは一つの文章を象った。
「…………」
ああ、まさか。
まさかとは、思っていたけれど。
見ないふりをしていたのかも知れない。
――呪うてやる、呪うてやる……!! おぬしらの血筋を未来永劫呪うてやる!! 何世代にも渡ってな!!!
――おぬしらの子は、孫は、この狐の呪いに縛られるであろう!!!
私のこれは、病でも何でもない。
大阪城で羽衣狐から受けた、呪いだ。
羽衣狐は千年を生きる大妖怪。
その彼女がかけた呪いを、私はあまりにも軽く見過ぎていたのかも知れない。
鴆が分からないはずだ。だって病じゃないのだから。
……おそらくは、ぬらりひょんや鯉伴、乙女さんのあの黒い靄も、きっと呪いなのだろう。
調べる術がないから、どういう呪いかは分からないけれど。
「……っ」
わたしの、せいだ。
あのとき、羽衣狐に捕まらなければ。
いや、そもそもあの夜、宴に誘われたとき、ぬらりひょんについていかなければ良かったのだ。
陰陽師の末裔の分際で、分不相応な夢を見た。
私を一人の人間として見てくれるぬらりひょんに、分不相応にも恋をした。
その結果が、これだ。
ぽたぽたと、畳にシミが出来ていく。
拭っても拭っても、涙が溢れる。
そんな権利すら、私にはないというのに。
「珀姫」
「!」
ぬらりひょんの声だ。
私は咄嗟に、開いていた紙を閉じて隠した。
「入っていいか?」
「……ちょっと待って」
ぐい、と涙を拭う。何度か深呼吸をして、溢れ出そうな涙を止めた。
どうぞ、というとふすまが開く。
ぬらりひょんは片手に盆を持っていた。茶でも持ってきてくれたのだろう。
「気分はどうじゃ? 最近寒くなってきたからのう、温かい茶でも…………珀、姫?」
「なあに?」
「……どうした? 何があった?」
「……何って、なんのこと?」
「隠すな。……涙のあとがある」
盆を置いて布団の横にしゃがんだぬらりひょんが、するりと私の頬を撫でた。
誤魔化すように笑って、なんでもないと。そう言おうとして、また咳が出る。
「げほっ、けほごほっ、う……」
「珀姫、大丈――――血……?」
「え……?」
見れば、口元を押さえていた手に血がついている。
ああ、またか。そう思う私とは裏腹に、彼は酷く狼狽していた。
「ぜ、鴆を――」
「いいのぬらりひょん、大丈夫」
「大丈夫なわけがあるか! 泣くほど辛いんじゃろう!?」
「……でも、……もう薬も効かないと思うの」
「……は、やってみなければわからんさ」
そう言って彼は慌てて部屋を出て行った。鴆を呼びに行ったのだろう。
でも鴆だって、薬を調合してくれている。それでも良くならないから、こうなっているのだ。
ぬらりひょんも、きっとそれは分かっているだろうに。認めたくないのだろう。
彼は妖怪のくせに情が深い。私を失うのをおそれている。
きっと遅かれ速かれ、そのうちにその日がやってくるだろうと知りながら。
ふう、と息をついて、さてどうしようかと思考を巡らせた。
彼らが呪われたのは私のせい。私が呪われようが死のうがそれは自業自得だからどうだっていいけれど、ぬらりひょん達は違う。
けれど、こんな話誰に相談しようもない。
なんせこの奴良組で最も呪いに詳しいのは、花開院の出である私なのだ。
その私が分からないのだから、きっと誰にも分からない。
花開院家とはもう縁を切っているし、誰に聞きようも――――。
「……あ」
「大丈夫か珀姫、鴆を呼んできたぞ!」
「珀姫様、すぐに調薬致しますので少々お待ちください」
「あ、え、ええ……ありがとう」
いた。
一人だけ、というか一つだけ。
もしかしたら、頼りになるかもしれないものが。
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