カラス天狗からその言葉を聞いたとき、ふざけるなと叫びたかった。
まさかそんなことあろうはずもないと、怒鳴りたかった。
それが出来なかったのはひとえに、カラス天狗がそんな笑えない情報を持ってくるような妖怪ではないと知っていたからだ。


ぬらりひょんは走った。
雨の中、傘も差さず。


――川の下流で、死体が上がったそうです


気配も消さず、妖力もだだ漏れで。
走る、走る、走る。


――その死体は、溺死にしては酷く綺麗で、そして……


その話が、嘘であると信じたくて。
嘘であってくれと、願いながら。


――天下一と言って良いほどに美しい、女の死体だと……


けれど。
現実は、いつだって無情なもので。


「は、は……」


川の下流にたどり着くと、そこには既に人がわらわらと集まっていた。
木々を押しのけるように人の間に割り込んで、ずんずんと進んでいく。
息が荒い。走ったからか、それとも別の要因か。
野次馬の一番前に出て見つけたのは、


「…………珀、姫……?」


見間違えるはずもない。

長く艶やかな濡れ羽色の髪。
白いかんばせに、魂消るほど美しい顔。
開かれた瞳には、既に光はなく。


「っ、ア…………!!」


ぬらりひょんが唯一惚れた、人間の女。
一生笑って生きていこうと約束したはずの、伴侶。

珀姫に、違いなかった。


「あ、おいアンタ! 危ないよ!」
「…………」
「昨日の雨で川が増水して……聞いてんのかい?」


誰かに肩を引き留められた気もしたが、そんな力でぬらりひょんはとまらない。
ずんずんと足を進め、ざぶんと川に足を踏み入れる。
触れた肌は、とうに凍るほど冷たくなっていた。


「珀姫……珀姫、珀……起きろ……」


返事は、ない。


「珀姫……!」


当たり前だ。
だってもう、死んでいるのだから。
どんなに呼びかけたとて、その瞳が再び光を宿すことはない。


「珀……」


ぶらん、と。
持ち上げた手首が、重力に従って揺れる。
ぬらりひょんは力なく、肩を落とした。






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