光柱は鬼に取り憑かれている。そう言ったのは誰だったか。
至極ぴったりな表現だなあと、後藤は気が遠くなりそうになりながら思った。


「すごい、本当に剣士が鬼を連れていたんだね!? しのぶ嬢のヘンテコな冗談かと思ったよ!」
「私は冗談なんか言いませんよ」
「言うじゃない、時々」
「ふふ、椿さんにだけです」


鬼殺隊のトップ、お館様の屋敷にて。
怪我をした一人の隊士と、それを囲む柱達。そして風柱が運んできた鬼入りの箱。
そしてそれらを見ながら、まるで玩具を前にした子どものようにはしゃぐ、光柱。


「私も鬼を連れて良いかなあ? いちいち家に戻って地下に入らずとも、鬼を持ち運べばどこでだって研究が出来るよねえ」
「駄目ですよ。今度は椿さんが裁判の対象になってしまいます」
「いいじゃない、柱特権で」
「そんな特権はありません」
「お館様に聞こーっと」
「もしもーし? 聞いてますか椿さん?」


るんるんである。後藤はため息をつきたくなるのをぐっとこらえた。柱相手だからだ。

光を固めたかのような透き通る髪に、真っ白な白皙の顔。心の内側まで見通すような澄んだ色の瞳。見た目だけならどこぞの令嬢と言われても頷くほど美しいのに、中身があんまりにもアレである。

しかしここにいるのは柱達。すなわち光柱の奇行にはとうに慣れた者達ばかり。
それぞれ気にしていない素振りを見せるか、やれやれと苦笑するか。恋柱に至っては「可愛いわ……!」と頬を押さえている。柱の名は伊達では無い。
奇妙なものを見る目を向けているのは、後藤が押さえて連れてきた、額にあざのある少年――竈門炭治郎だけだ。


「あ、あの……」
「今回の鬼、連れ帰ってもいい? どうせ殺すんなら実験してからにさせてよ」
「は……」
「うーん、それはお館様に聞かないとなんとも……」
「じ、実験って……」
「お館様ならうんって言って下さる気がするけどなあ。それともしのぶ嬢が連れ帰る?」
「蝶屋敷には怪我人もいますから……危ないのではないかと」
「確かに。じゃあやっぱうちで引き取ろう。とりあえずガチガチに縛ればいいかな。不死川〜、その箱ちょーだい」
「ま、待って下さい!」


どこからともなくしゅるりと縄を取り出した光柱に、炭治郎が焦った声を出した。


「ね、禰豆子を……妹を、どうするつもりなんですか。縛るって……実験って、どういうことなんですか」
「説明しても良いけど、分かるの?」
「え……」


光柱のその声は、決して彼を馬鹿にしているわけではない。
ただ純粋に聞いている。それだけだ。


「さっきも言いましたけど、禰豆子は二年以上人を喰ったりしてなくて……!!」
「君の見てないところで食べてるかも知れない」
「そんなこと……!」
「それにこれから喰わない保証もない」
「それは、でも……!!」
「それにね、少年」


光柱は地面にうつ伏せになった炭治郎と目を合わせるように、膝をついた。
まあるい澄んだ瞳に見つめられ、炭治郎が目を見開く。


「本当に人を喰わないのなら、私はそれこそ研究したい」
「は……」
「人を喰わない鬼。そんなもの発見されてない。もし本当なら大発見だ。世の中の常識が、千年間がひっくり返るわけだから」
「…………貴方は、俺が嘘をついてないと思ってくれるんですか?」
「それは違うよ」


にこ、と光柱が笑う。綺麗な笑顔だった。


「今の状態では嘘をついているともついていないとも言えない。本当に喰わないか調べるとこから始めなきゃ」
「し、調べるって、どうやって」
「まあ手っ取り早いのは人間と一対一にすることだ。その上で血のにおいでも嗅がせれば、君曰く二年も人を喰わない鬼は腹を空かせているだろうから、喰うかも知れない」
「そ、そんなの……」
「まあ今はお館様を待った方がいいだろうね。蜜璃嬢の言うとおり、お館様も何かご存知かも知れないし」


そう言って、光柱は立ち上がる。
とそこに、柱の中でもいっとう凶悪なツラの男が声をかけた。


「まどろっこしい。鬼なら全部殺しゃァ良いだろうが」
「え〜……不死川は短絡的だねえ」
「うるせえ。鬼が人を喰わないなんて、んなことありえねえだろうが!」
「じゃあどうするの」
「こうするンだよ!!」


そう言って、不死川は。
腰元から引き抜いた刀を、ぐさりと持っていた木箱に突き刺した。


「あ」
「俺の妹を傷つける奴は、柱だろうが何だろうが許さない!!」
「ハハハハ!! そうかいよかったなァ!!」
「やめろ!! もうすぐお館様がいらっしゃるぞ」
「!!」


珍しく大声を出した冨岡に、一瞬不死川の意識が逸れる。
その隙を突いて、竈門炭治郎は、自慢の石頭を思い切り不死川の顔面にぶち込んだ。
ガッ、と鈍い音がして、二人ともその場に倒れ落ちる。
炭治郎はそのまま、箱を庇うように位置を移動した。


「善良な鬼と悪い鬼の区別もつかないなら、柱なんてやめてしまえ!!」
「てめェェ……ぶっ殺してやる!!」
「お館様のお成りです!」


そのときだった。
縁側に面した部屋の中、控えていた少女が声を張る。


「よく来たね。私の可愛い剣士たち」
「!?」
「お早う皆。今日はとても良い天気だね、空は青いのかな? 顔ぶれが変わらずに、半年に一度の“柱合会議”を迎えられたこと、嬉しく思うよ」


途端。
ざっと足並みをそろえて、柱達が膝をつく。炭治郎は思い切り頭を押さえつけられた。
その中で、先ほど一瞬だけ見えた男の姿を思いだす。病気か怪我か、それとも他の要因か。顔の上半分を紫色のあざのように染めた、盲目らしき男だった。
これが、“お館様”。


「お館様におかれましても、御壮健で何よりです。益々の御多幸を切にお祈り申し上げます」
「ありがとう、実弥」
「畏れながら、柱合会議の前に、この竈門炭治郎なる鬼を連れた隊士について、ご説明いただきたく存じますがよろしいでしょうか」


知性も理性も全く無さそうだったのに、すごいきちんと喋りだした……。
炭治郎はそんな、バレてしまえば間違いなくボコボコにされるであろうことを考えた。


「そうだね、驚かせてしまってすまなかった。炭治郎と禰豆子のことは、私が容認していた。そして皆にも認めてほしいと思っている」
「!!」


その言葉に、柱達の空気が揺らぐ。


「嗚呼…たとえお館様の願いであっても、私は承知しかねる……」
「俺も派手に反対する。鬼を連れた鬼殺隊士など認められない」
「私は全て、お館様の望むまま従います」
「僕はどちらでも…すぐに忘れるので…」
「信用しない、信用しない。そもそも鬼は大嫌いだ」
「心より尊敬するお館様であるが、理解できないお考えだ!! 全力で反対する!!」
「鬼を滅殺してこその鬼殺隊、竈門・冨岡両名の処罰を願います」
「…………」


言葉を発しなかったのは、胡蝶しのぶと冨岡義勇、そして何故か口元にうっすらと笑みを浮かべた光柱、冬麗椿。
それ以外は大体が反対だ。当たり前だろう。柱とは鬼を殺すために存在するのだから。
けれどお館様、と呼ばれた男はそれを分かっているようだった。控えている少女に「では、手紙を」と告げる。


「はい。こちらの手紙は、元柱である鱗滝左近次様から頂いたものです。一部抜粋して読み上げます」


――炭治郎が鬼の妹と共にあることを、どうか御許しください。禰豆子は強靱な精神力で、人としての理性を保っています。飢餓状態であっても人を喰わず、そのまま二年以上の歳月が経過致しました。俄には信じ難い状況ですが、紛れもない事実です。もしも禰豆子が人に襲いかかった場合は、竈門炭治郎、及び――


「鱗滝左近次、冨岡義勇が、腹を切ってお詫び致します」


その言葉に、炭治郎は思わず冨岡を見た。
彼はこちらを見ない。淡々とした表情で、ただ前を向いている。
けれどその彼が、腹を切るとまで言う。その言葉に、炭治郎の瞳からは涙が溢れた。


「……切腹するから何だと言うのか。死にたいなら勝手に死に腐れよ。何の保証にもなりはしません」
「不死川の言う通りです! 人を喰い殺せば取り返しがつかない!! 殺された人は戻らない!」
「確かにそうだね。人を襲わないという保証ができない、証明ができない。ただ、人を襲うということもまた証明ができない」
「!!」
「禰豆子が二年以上もの間、人を喰わずにいるという事実があり、禰豆子のために三人の者の命が懸けられている。これを否定するためには、否定する側もそれ以上のものを差し出さなければならない」
「……っ」
「……むぅ!」
「それに炭治郎は、鬼舞辻と遭遇している」
「!?」


お館様の言葉に、途端に柱がざわついた。


「どんな姿だった!? 能力は!? 場所はどこだ!?」
「戦ったの?」
「鬼舞辻は何をしていた!? 根城は突き止めたのか!?」
「……」
「おい答えろ!!」
「黙れ、俺が先に聞いてるんだ」
「まず鬼舞辻の能力を……」


すっと、お館様が口元に指を立てる。しずかに、の合図だ。
瞬間、あれだけ騒がしかった柱達が再び静まりかえる。


「鬼舞辻はね、炭治郎に向けて追っ手を放っているんだよ。その理由は単なる口封じかもしれないが、私は初めて鬼舞辻が見せた尻尾を掴んで離したくない。恐らくは禰豆子にも、鬼舞辻にとって予想外の何かが起きているのだと思うんだ。わかってくれるかな?」
「……」
「わかりません、お館様。人間ならば生かしておいてもいいが、鬼は駄目です、承知できない」
「じゃあ、実験してみましょうか!」
「ア?」


口元をかみしめるあまり、不死川の唇から血が垂れる。
そこにどこかウキウキした様子でぱちんと手を合わせ、声をかけたのは光柱だった。


「本当に人を喰わないのか、実験しましょう。それが一番わかりやすい。百聞は一見にしかずと言いますから」
「……随分楽しそうだなァおめェはよォ……実験体はどうすんだ」
「え? 血がいるんでしょ。私、血ぐらい出すけど」
「……“人を絶対に喰わない”を証明するには、てめェの普通の血じゃたりねえだろ」
「普通って……え、嘘。協力してくれるの!?」
「別にてめェの為じゃねェよ」


ぱあっと光柱が喜色ばむ。そこにチッと舌打ち一つして、不死川はまさか、自分の腕に刀で傷をつけた。

ぼとぼとと、血が垂れていく。禰豆子の入った木の箱に。
不死川の持つ、貴重な血――稀血が。


「お館様……!! 証明しますよ、俺が! 鬼という物の醜さを!!」
「実弥……」
「オイ鬼!! 飯の時間だぞ、喰らいつけ!!」
「日なたじゃ駄目だよ不死川。日陰に行かねばね」
「お館様。失礼、仕る」


そう言ったが早いか、不死川は座敷の奥まった、日陰の場所まで瞬時に移動した。
ちゃ、と彼の刀が禰豆子の箱に向けられる。


「禰豆子ォ!! やめろーっ!!!」


その瞬間、ずんと炭治郎の体に重みがかかった。
蛇柱の伊黒が、彼を動けないよう押さえつけたのだ。
息が出来ない。動くことも出来ない。
その炭治郎の眼前で、不死川はとどめと言わんばかりに、禰豆子の箱を何度も刺し貫いた。


「出て来い鬼ィィ、お前の大好きな人間の血だァ!!」
「……ふふ、容赦の無い」


壊された箱から、少女がゆっくりと立ち上がる。
傷だらけの鬼――禰豆子は、不死川の血の垂れる腕を、とらわれたように見つめていた。


「伊黒さん、強く押さえすぎです。少し弛めてください」
「動こうとするから押さえているだけだが?」
「…竈門君、肺を圧迫されている状態で呼吸を使うと、血管が破裂しますよ」
「血管が破裂!! いいな響き派手で!! よし行け、破裂しろ」
「可哀想に…何と弱く哀れな子供。南無阿弥陀仏…」
「グ、ウ、ウ、ゥ」


ぼたぼたと、不死川の腕から血が垂れる。
歯を食いしばっているのだろう、禰豆子の竹筒からミシミシと音がした。


「竈門君」
「ガ、ァア」


途端。
ブチブチと音を立てて、炭治郎の体を固定していた縄がちぎられた。
伊黒の腕も放される。何だと伊黒が視線を向けた先、いたのは冨岡だった。


「禰豆子!!」
「!!」


炭治郎に名を呼ばれた禰豆子が、葛藤しているように見える。
光柱の浮かべる笑みが、にいっと深くなった。

禰豆子はこらえるように着物を握りしめて、そして。
ぷいっと、そっぽを向いた。


「っ!!」
「どうしたのかな?」
「鬼の女の子はそっぽ向きました。不死川様に三度刺されていましたが、目の前に血塗れの腕を突き出されても我慢して、噛まなかったです」
「ではこれで、禰豆子が人を襲わないことの証明ができたね」
「!!」
「!!」
「素晴らしい……!!」


ほう、と恍惚した表情で、光柱が呟いた。
それはまるで、恋する乙女のような表情で。


「炭治郎。それでもまだ、禰豆子のことを快く思わない者もいるだろう」


炭治郎ははっとなって、すがりつくような体制から、元の控える体制に戻った。


「証明しなければならない。これから、炭治郎と禰豆子が、鬼殺隊として戦えること、役に立てること。十二鬼月を倒しておいで。そうしたら、皆に認められる。炭治郎の言葉の重みが変わってくる」
「俺は……俺と禰豆子は、鬼舞辻無惨を倒します!! 俺と禰豆子が必ず!! 悲しみの連鎖を断ち切る刃を振るう!!」
「今の炭治郎にはできなから、まず十二鬼月を一人倒そうね」
「はい」


炭治郎がきっとなって言った言葉に、お館様が冷静に返す。その様子に、思わず体を震わせる柱が数人。
炭治郎は顔を真っ赤にさせて返事をした。


「鬼殺隊の柱たちは、当然抜きん出た才能がある。血を吐くような鍛錬で自らを叩き上げて死線をくぐり、十二鬼月をも倒している。だからこそ柱は尊敬され、優遇されるんだよ。炭治郎も口の利き方には気をつけるように」
「は…はい」
「それから実弥、小芭内。あまり下の子に意地悪をしないこと」
「……御意」
「御意……」
「あと、椿。研究は、後できちんと許可を取ってから行うこと」
「辞めろとはおっしゃらないので?」
「君の研究は役に立つから。でもあまりいじめてはいけないよ」
「御意!」


柔らかい笑みを浮かべるお館様に、光柱がぺかぺか笑って言った。本当に分かってンのかなこいつ、と言いたげな顔をするお館様は、結局何も言わなかった。


「炭治郎の話はこれで終わり。下がっていいよ。そろそろ柱合会議を始めようか」
「でしたら竈門君は、私の屋敷でお預かり致しましょう」
「えっ?」
「え!? 嘘だろしのぶ嬢!! 狡いよそれは!! 怪我人がいるとかなんとか言ってたのは何!?」
「竈門君は怪我をしていますから、まずは治療が先決です。禰豆子さんは……後で椿さんに蝶屋敷に来ていただいて、研究のために通う頻度を決めましょう。うちには研究機材もありますから」
「うーん…………じゃあま、いいか」
「あ! 胡蝶こいつ地味に一挙両得しやがった!!」
「ず、ずるいわしのぶちゃん!!」
「はい、連れて行ってください!」
「前失礼しまァす!!」


パンパンと胡蝶しのぶが手をたたく。それに答えるように、隠が数名現れた。


「では柱合会議を……」
「ちょっと待ってください!! その傷だらけの人に頭突きさせてもらいたいです、絶対に!! 禰豆子を刺した分だけ絶対に!!!」
「黙れ!! 黙っとけ!!」
「頭突きなら隊律違反にはならないはず……」
「黙れ!! 指はがせ早く!!」
「はぶぇ」


連れて行こうとする隠に、必死に抵抗する炭治郎。
彼の顔面を襲ったのは、産屋敷邸の庭に敷き詰められた砂利。


「お館様のお話を遮ったら、駄目だよ」
「もっ申し訳ございません、お館様、時透様」
「早く下がって」
「はひっ…はいィイ!!」
「炭治郎。――珠世さんに、よろしく」
「!?」
「!」


その言葉に反応したのは、炭治郎ともう一人。

光柱の、冬麗椿だった。
彼女はピクリと肩をふるわせただけで、何も言わなかったけれど。

そのまま退場させられた炭治郎には、知るよしもないことだった。











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