「うわぁあああああ!! 誠凛が!? 勝ったああああ!!」


体育館に響く歓声。


「うおっ…しゃあああー!!」


兄さんも、笑みを浮かべていた。
勝った。勝ったのか、誠凛が。あの黄瀬君に。


「整列!! 100対98で誠凛高校の勝ち!!」
「ありがとうございました!!!」


ああ、終わった。無事に勝てた。
兄さんたちを信じていなかったわけじゃない。それでもまるで、夢のようだった。

タオルとドリンクを渡し、更衣室へ向かう彼らを見送って、片づけをして。

最後に見た海常高校のメンバーの中に、黄瀬君はいなかった。










「黒子も異常なしってゆーし…何はともあれ、」
「っしゃー!! 勝ったー!!」


病院での診察を終え、兄さんの結果は異常なし。どうやら表面を切っただけらしい。


「帰り、どっかで食べてこうぜ」
「何する?」
「安いもんで。オレ金ねー」
「オレも」
「ボクも」
「…ちょいマテ、今全員の所持金、交通費抜いていくら?」


10円玉2枚、1円玉1枚。
21円。


「……」
「マネージャー合わせてこれかー」
「す、すみません。父から余計に金を持ち歩くなと言われておりまして……」
「いやまあ女子におごらせるわけにはいかねーけどな」
「帰ろっか…」
「うん…」


しょぼん、とチームの皆が肩を落とした時。
監督がそれはもう、いい笑顔で振り返った。


「大丈夫! むしろガッツリいこーか! 肉!!」


肉?
そんなお金が、いったいどこに。












どん、とメンバーの前に置かれたのは、冗談みたいに厚切りのステーキ。
その重量、4s。
30分以内に食べ切れたら無料の、いわゆるチャレンジメニューだ。


「遠慮せずいっちゃって!」
「ガッツリいき過ぎじゃねえ!?」
「えっ…ちょ、マジ…? これ食えなかったらどーすんの!?」
「え? ちょっと……なんのために毎日走りこみしてると思ってんの!?」


バスケのためである。
何はともあれ、30分以内に完食しなければならない。
勢いよく食べ始めたメンバー。しかし。


「…すいません。ギブです」
「黒子ォオー!!」


そう、兄さんは小食であった。
ちょっとしか減っていないステーキ肉。とはいえ私もそれを食べられるほど大食漢ではない。
ていうか見てるだけでおなか一杯になってきた。胸やけまでしてきた。


「うめー。つかおかわりありかな?」
「……」
「あれ? いんないんだったらもらっていい? ですか?」


もぎゅもぎゅとほっぺを膨らませる火神君。流石の食べっぷりだ。
余った肉が次から次へと彼の前に運ばれる。皆が火神君に手を合わせる中、兄さんが席を立った。


「兄さん?」
「ちょっと風にあたってきます」
「はい。いってらっしゃい」


兄さんを見送って、次々と肉を食していく火神君を観察して。
無事全ての皿から肉が消え、私たちは外に出た。


「じゃ帰ろっか! 全員いる?」
「…あれ? 黒子は?」
「いつものことだろー、どうせまた最後尾とかに…」
「いや…マジでいねぇ…ですよ」
「…え?」
「さっき風にあたってくるって言ってました」
「はよ言わんか!!」


べし。監督のチョップが頭を直撃した。痛い。


「探してきます」
「皆で探しましょ! 逆エビの刑はそれからかな!」


双子といえど、不思議な力――よく言われるような、相手のことが何でもわかるとか、そういうのがあるわけじゃない。
なんとなくこっちかな、と歩き出してみれば、火神君もついてきた。


「おい黒子妹。オマエがふらふらしたら今度はオマエの方が迷子になるだろ」
「なりませんよ……?」
「なるんだよ。自分の存在感のなさを自覚しろ」
「……すみません」


ぐうの音もでない。確かに私も見失われてしまいそうだ。
しぶしぶ火神君とともに歩いていると、ふと火神君が立ち止まった。


「火神君?」
「見ろ、ストリートだ」


火神君が顎でしゃくった先はストリートバスケ。
そしてその向こうに見えたのは、


「火神君、あそこ見えますか」
「あ? あれって……」
「兄さんたちです。行きましょう」


ぐるっとバスケットコートの周りをまわって、近づいていく。
兄さんと黄瀬君は、何事かを話しているようだった。
けれど談笑というには、あまりにも雰囲気が重い。


「……けど一つ言えるのは、黒子っちが火神を買う理由がバスケへの姿勢だとしたら…黒子っちと火神は、いつか…決別するっスよ」
「……!?」


想像以上に重いことを話している。
火神君の顔が見れない。逃げたい。


「オレと他の4人の決定的な違い…それは身体能力なんかじゃなく、誰にも…俺にもマネできない才能をそれぞれ持ってることっス」


マネできない、才能。
黄瀬君なら相手のコピーのように。キセキの世代の皆には、才能がある。


「今日の試合で分かったんス。火神はまだ発展途上…そして「キセキの世代」と同じ、オンリーワンの才能を秘めている」


ちら、と火神君を見上げる。
太陽光で陰になって、彼の表情はうかがえなかった。


「今はまだ、未完成な挑戦者っス。ただガムシャラにプレイして強敵と戦うことを楽しんでるだけのね。けどいつか必ず…「キセキの世代」と同格に成長して、チームから浮いた存在になる。その時火神は…今と変わらないでいられるんスかね?」


黄瀬君が話すのは、誰もわからない未来の話。
でも間違っていないと思った。きっとそうなるだろうと思った。
彼の話す未来は、きっと来てしまう。


「火神く……」
「テメー何フラフラ消えてんだよっ」
「あ」


見上げた傍に、火神君の姿はなく。
彼は兄さんを後ろからシバいていた。


「…よう」
「…聞いてたんスか?」
「聞いてたじゃねーよ、オマエ何いきなり黒子ラチってんの!?」
「は? ちょっとぐらいいいじゃないっスか!」
「帰れねんだよ!! 皆で探してたんだからな!」
「皆? あー! 千瀬っち! 千瀬っちも来てたんスね!」
「はい、兄さんを探しに。……あと名前、」
「んだよクソ、なんかウジャウジャいんじゃん」


さえぎられた。
なんだろうと隣を見てみれば、先ほどストリートバスケが行われていたコートに、乱入者が来たようだった。
バスケで使う方を決めようと言い出した彼らは、3対3だった試合に、四人目の相手を加わらせる。


「…っちょ、なんだよ今の!? 3対3だろ!?」
「はい? バスケでっつったろ。3対3なんて一言も言ってねーし」
「なんだよソレ…んなヒキョ…」
「え? なんて?」
「がっ」


乱入者の一人が、元々コートを使っていた人たちの一人に、蹴りを入れる。
荒くれ者だ。思わず眉をひそめたとき、視界の端に信じられないものがよぎった。


「どう見ても卑怯です」
「アッツ…!?」
「兄さん!」


乱入者の鼻先に、回転するボールをチッと当てたのは兄さんだった。
そうだ、兄さんはこういう卑怯を許さない人だった。でもケガしてるのに。


「そんなバスケはないと思います。何より、暴力はダメです」


正論だ。でも正論がいつでも正しいとは思わない。
思わず加勢に入ろうとして、後ろから肩をつかまれた。


「千瀬っち。ここはオレたちが」
「鞄持っててくれ」
「あ……」


ウインクしていく黄瀬君と、鞄を預けていく火神君。
大丈夫だろうか。


「いーぜ別に。じゃあバスケで勝負してやるよ。……て」
「あのー、オレらもまざっていっスか?」
「つーか何いきなりかましてんだテメー」


バスケで勝負。それなら大丈夫かもしれない。
兄さんも、黄瀬君も。勿論火神君だって強いから。
バスケで彼らに勝てるのなんて、そうそう無理な話だ。

その考え通り、彼らはあっという間に敵を倒し、飄々とした顔で戻ってきた。


「兄さん! 大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
「大丈夫じゃねーよ」


火神君がべしっと兄さんを叩いた。


「オマエは! 何を考えてんだ!! あのままケンカとかになったら勝てるつもりだったのかよ!?」
「いや、100%ボコボコにされてました。見てくださいこの力こぶ」
「ねーし!! テメッ…」
「黒子っちってたまにすごいよねー」
「それでもあの人達はヒドイと思いました。だから言っただけです」


兄さんはいつだってまっすぐだ。
とはいえ。


「兄さん」
「はい」
「兄さんは時々、考えなしにつっこみますね」
「そうでしょうか」
「そうです。またケガをするところでしたよ。私は怒ってます」
「……はい」
「反省してください」
「わかりました」


またケガをしたら、どうするつもりだったのか。
むっと眉根を寄せれば、兄さんは目をそらしながらも頷いた。


「じゃっ、オレはそろそろ行くっスわ。最後に黒子っちと一緒にプレーもできたしね!」


にっと笑った黄瀬君の顔は、まるで中学の頃のようだった。


「あと火神っちにもリベンジ忘れてねっスよ! 予選で負けんなよ!!」
「火神っち!?」
「黄瀬君は、認めた人には「っち」をつけます。よかったですね」
「やだけど!!」
「千瀬っちも、またね!」
「……さようなら」


まあ、認められてなくても愛称として使っているようだけど。私とか。


「火神君、一つだけ聞かせてください。あの話を聞いてましたか?」
「決別するとかしないとか? てゆーかそれ以前に、オレ、別にオマエと気ィ合ってねーし」


聞いたら悪いかな。そう思いつつも、耳は勝手に音を拾う。


「一人じゃ無理だって言ったのはおめーだろ。だったらいらねー心配すんな。…それに、」


静かに、風が吹いた。
靡いた髪を手で押さえる。


「いつも光と共にある。それが黒子のバスケだろ」


風がやんで。
兄さんが、軽く笑った。


「火神君もけっこう…言いますね」
「うるせーよっ」


なお、この後兄さんはきっちり、監督から逆エビの刑をくらっていた。










back


top
ALICE+