ボールの弾む音、バッシュと床のこすれる音、野太い声援。
今までとは違う空気の会場に、私は辺りを見回した。
先日までの試合は、学校の体育館で開場されていた。だけど今回は観客までいる。
今までとはレベルが違うというのを、ひしひしと感じる。


「やっべえ〜。超びびってきた…」
「会場も今までの学校体育館じゃねーし」
「しかも二試合連戦で、相手は北と東の王者…連戦以前に、一つ勝てるかもキツいよ…」


甘い勝負ではないことは間違いない。
隣のスペースでは秀徳、つまり緑間君が準備をしていて。ふと見ると、火神君とバチバチにガンを飛ばしあっていた。
……やっぱり火神君、怖い。スポーツマンとしては悪いことではないんだけど。

そして、正邦高校もまた、準備運動をしていた。
正邦高校は全国クラスにしては小柄だ。一番大きくて、確か……キャプテンの、岩村さんだったはず。
それでも筋骨隆々というか、がっしりした人だ。高校生にしては体格がよすぎる。


「あー、君が火神君っしょ? うっわマジ髪赤ぇ〜! こぇえ〜!」
「あん?」


聞こえてきた声に、そっと目を向ける。そこにいたのは、坊主頭の男子生徒。
……この人、黄瀬君を止めた人だ。


「キャプテンー! こいつですよね、誠凛超弱いけど、一人すごいの入ったって」
「おーおー言ってくれるわね、クソガキ…」


す、すごい。めちゃくちゃケンカを売ってくる。
怖いもの知らずというか、なんというか。火神君のこと怖くないのかな。すごいな。


「チョロチョロすんなバカたれ」
「あいて」
「すまんな。コイツは空気読めないから、本音がすぐ出る」
「謝んなくていっスよ。勝たせてもらうんで。去年と同じように見下してたら泣くっスよ」
「それはない。…それに、見下してなどいない。オマエらが弱かった、それだけだ」


キャプテン同士もバチバチだ。スポーツマンはある程度野心というか、競争心がないとダメなのかな。
帝光の時は強すぎて、誰かから喧嘩を売られるなんてあんまり見たことがなかったから新鮮だ。
まあ、これから戦う相手と仲良くやれというのが無理な話か。













控室に向かい、準備を行う。
先ほどやりあったばかりだからか、これから試合だからか。おそらくはその両方だ。
皆の空気は、いつになく堅かった。


「全員ちょっと気負いすぎよ。元気でるように一つごほうび考えたわ!」
「……?」


ごほうび。何だろう。


「次の試合に勝ったら…みんなのホッペにチューしてあげる! 千瀬ちゃんからも! ウフッ! どーだ!!」
「へ!? わ、私も……!?」


ほっぺにちゅー。私が。私が……?
そんなものに何の価値があるんだろう。監督のチューならまだしも。恥ずかしいしいたたまれない。
震えていれば、目の前に兄さんが出てきて、私を隠してくれた。


「カントク、妹を変なことに巻き込まないでください」
「変なこと!?」
「ウフッてなんだよ…」
「………」
「バカヤロー、義理でもそこは喜べよ!」


あ、監督が倒れた。
……監督ほどの美人にチューされたら嬉しいものなんじゃないのかな。照れ隠しなのかな。
男子ってよくわからない。


「…フ、フフフ。ガタガタ言わんとシャキッとせんかボケー!! 去年の借り返すんだろがええおいっ!? 一年分利子ついてえらい額になってんぞコラー!!」


大声を上げる監督を、水戸部先輩がなだめている。
キャプテンもくっくっと笑いながら、「わかってるよ」と返した。


「おっしゃ!! …行く前に改めて言っとく。試合始まればすぐ体感するけど、一年はちゃんと腹くくっとけよ。正邦は強い! ぶっちゃけ去年の大敗でオレらはバスケが嫌いになって、もうちょいでバスケやめそうになった」


バスケをやめそうに。そこまでの精神的ダメージがあったということだ。
王者との対戦は、それだけ大変だということ。


「………」
「うわ! 暗くなんな! 立ち直ったし! 元気だし! むしろ喜んでんだよ! 去年と同じには絶対ならねー、それだけは確信できるくらい、強くなった自信があるからな!」


日向先輩の顔は、晴れやかだった。そこに嘘がないと確信できるくらい。


「あとは勝つだけだ! いくぞ!」
「オオウ!!」


皆がそろって、部屋を出て行く。
足取りは軽くはない。でも、先ほどまでの重たさはなかった。

バスケをやっている人は、多分ほとんどが、バスケを好きだからやっているのだと思う。違う人もいるけど。
そんな中、バスケを嫌いになるということは。好きなものを嫌いになるということは、きっとつらいことだ。
気持ちはわからないでもない。私が分かるなんて言ってしまうのは、過ぎた口かもしれないが。
だから、この試合はきっと、私たちにとっても、そして先輩たちにとっても、大事な試合になる。

よし、と私も意気込んで。
試合の会場へと、一歩踏み出した。







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