無事テストも終了し、ひたすらに練習の日々がやってくる。
誠凛の練習は、とにかく基礎、基礎、基礎だ。
フットワーク、シュート練、パス練。基本の動きが大切になってくる。
強豪校レベルの時間と密度を費やす。当然、キツい。


「黒子寝んなぁ!! マネージャー!!」
「はい、兄さん引き取りますね」
「頼む!!」


キツすぎて倒れてしまった兄さんを、ずるずると壁際まで引っ張ってくる。
タオルを首に引っ掛けて、少し濃いめのドリンクを渡す。パタパタとバインダーで仰いでいれば、兄さんはぴくりと体を動かした。


「……みず……」
「スポドリにしておきましょう。これ飲んで、動けるようになったら汗拭きましょうね」
「はい……」
「あと着替え、おいておきます。汗が不快でしたら着替えてください」
「はい……」
「オマエ本当にオカンみたいだな」
「妹です」
「知ってるよ!」


足を痛めて見学中の火神君に突っ込まれる。なんだか前も同じことを言われたな。

休憩に入った皆にもドリンクとタオルを渡しつつ、気分不良な人がいないかどうかチェックする。
終わったらモップで床を拭く。この後全体練習なのだ。
誠凛は基本が中心だけど、使うボールはバスケットボールのみならず。サッカーボールやテニスボールなんかを使ったりもして、見ていると結構面白い。この辺りも監督の案なのだという。
ミニゲーム、ミーティングの後は個人練習。レギュラーの人ほど時間は長い。当然私も残って仕事だ。


「あ! 火神ィ、練習禁止っつたろーが!!」
「や。見てたらがまんできなくて」
「秀徳戦で痛めた足、まだ治ってねーんだろ」
「大丈夫だよっす、もう全然…っつ」
「ほら見ろバカ」
「休めって言われても練習するのは真面目とは言わないのよ。こーゆうのは繰り返すとクセになるからやめなさい!」
「いてっ!!」
「幸い今年は大会側の都合で、決勝リーグまで二週間あるわ。今週一杯は休養にあてるコト! 明日土曜日は来なくていいわ」


バスケが好きなんだろうな。ムリはよくないけど、思わず笑ってしまう。
昔はみんな、そうだったから。


「あと日向君! あとでメール回すけど、明日ウチ休館になったから、いつものやつ時間のばすわよっ」
「うっ!」


いつものやつ、という監督の言葉。
それはつまり。

















ピッ、ピッと笛の音が鳴る。
隣にいる監督は水着姿。監督だけじゃない、チームは全員水着でプール練習をしていた。


「ストレッチはいつも以上に入念にねー」


監督のお父さんが経営するスポーツジム。
そこで週に3回、早朝にフットワークと筋トレを行っているのだ。
これもすごくきつい、らしい。私はやっていないけど、見るだけで大変そうだ。


「黒子寝んなぁ!!つか浮くな!!」
「回収します」


兄さんに浮き輪をひっかけて、端の方に連れて行く。
私も水着は着ているけれど、監督と違ってその上から濡れてもいいジャージを着ている。兄さんに言われたからだ。
まあ、人前でさらすほどきれいな体でもないし。


「はい、一分休憩ー」
「あー、キッツイマジ!!」
「面白い練習してますねー」
「……?」


今、懐かしい声が聞こえたような。
振り返る。そこにいたのは、桃色の髪の美少女。


「!?」
「どうしたキャプ…っておお!?」
「誰!?」
「さつきちゃん!」
「桃井さん」
「あれ、黒子達知り合い!?」


知り合いも何も。この人は。


「えっ…と、どちら様?」
「え〜と…なんて言えばいいのかな〜? テツ君の彼女です、決勝リーグまで待てなくて来ちゃいました」
「テツ君?」
「黒子テツヤ君」
「えええええええ!!」


プールに悲鳴が反響する。
大きな声だ。すごくびっくりしたらしい。


「黒子ォ、オマエ彼女いたの!?」
「違います。中学時代マネージャーだった人です」
「帝光の…!?」
「テツ君!? ひさしぶり、会いたかったー!!」
「苦しいです、桃井さん」


ぎゅー、と勢いよくさつきちゃんが兄さんを抱きしめる。
なんだか懐かしい光景だ。昔はこんなこと、よくあったなあ。


「それに千瀬ちゃんも! 久しぶり〜!」
「お久しぶりです、元気でしたか」
「うん、すっごく元気だよ!」


ああ、本当に久しぶりだ。
変わってない。見た目の可愛さも、性格の明るさも。兄さんのことが好きっていうのも。


「ちょっ…いやいやいやでもなんで黒子!? さえねーしウスいしパッとしないし」
「え〜、そこがいいんですよ〜。でも試合になると別人みたく凛々しくなるとことかグッときません?」


わかる。


「あと…アイスくれたんです」
「はあ!?」


中学時代、部活終わりのコンビニで。
兄さんがさつきちゃんに渡したアイスの棒が、当たり付きだったと。
そう話すさつきちゃんは、幸せそうだった。


「だからホントはテツ君や千瀬ちゃんと同じ学校行きたかったのー!! けど…けど…」
「桃井さん…プール内はひびくんで大声ひかえてください」


兄さんはドライだ。あんなにかわいいのに。


「ていうかマネージャー! ブラコン妹的にいいのあれ!?」
「ブラコンじゃないです。兄さんはすごい人なので、世界中の女の子が好きになっても当たり前だと思います」
「いや立派なブラコンじゃねえか!!」


ごく当たり前のことを言っただけなのに。なんでだろう。
兄さんのことは好きだけど、別に彼女ができてもなんとも思わない。
兄さんが選んだ人なら素敵な人に決まっているからだ。


「なっ…ななな、いったいなんなのあの子!? そもそもちょっと胸大っきくて可愛いぐらいでみんなあわてすぎよもう! ねえ日向君?」
「…うん、そだね…」
「チラ見してんじゃねぇよー!!」
「日向さん死んじゃいますよー」
「えっ、なんでオレの名前を…」


ぼご、と監督に殴られた日向先輩に、さつきちゃんが声をかける。
本来なら初対面。知るはずのない相手。
けれど、彼女は別だ。


「知ってますよー。誠凛バスケ部キャプテンでクラッチシューター、日向さん。イーグルアイを持つPG、伊月さん。無口な仕事人でフックシューター、水戸部さん。小金井さん、と土田さん」
「あれっ!? そんだけ!?」
「ギリギリBのカントク、リコさん」
「ふざけんなぁ!!」


赤裸々だ。
彼女の情報収集力は、今なお衰えていないらしい。


「桃井さん…やっぱり青峰君の学校行ったんですか」
「…うん。テツ君達と一緒の学校に行きたかったのは本当だよ? …けど、アイツほっとくと、何しでかすか分かんないからさ…」


アイツ。
彼女のいうその人は、かつて兄さんの相棒だったチームメイトだ。
青峰君。まだ、乾いた眼でバスケをしているのかな。


「監督」
「! なあに?」
「お取込み中なのですが、そろそろ時間が……」
「あ! ホントだ。みんな急いでシャワー浴びてきて!」


監督の号令で、シャワー室へと散っていく面々。
兄さんは、さつきちゃんの隣でベンチに座っていた。

決勝リーグまで待てなくて、とさつきちゃんは言っていた。
つまり青峰君達の行った高校、桐皇学園も、決勝リーグに進出したということだ。
次に会う時、さつきちゃんと青峰君とは、違うベンチになる。


「ビデオでミドリンとの試合見たよ。すごい良い試合だったし、火神君だっけ。彼…昔のアイツにそっくりだね」
「……はい」


片づけをしている最中、聞こえてきた言葉。
やっぱりさつきちゃんもそう思うんだ。彼女がそういうなら間違いない。
火神君は、かつて兄さんと一緒にバスケをしていた青峰君と、同じ目をしている。


「二人のプレーを見てたら、昔思い出しちゃってさ。「キセキの世代」の中でも一番息が合ってたアイツとテツ君…。青峰君の、テツ君と一緒にやってた頃のプレーの方が、好きだったんだけどなぁ…」


私もそうだった。
青峰君だけじゃない。キセキの世代は皆、最初は楽しそうに、イキイキしながらプレイしていたのに。


「バスケを一人でするようになって…チーム内で孤立して。それでも試合に負ければ変わってくれると思ってた…。けどアイツは負けない。一人になっても…誰も止められないのよ…」


さつきちゃんと青峰君は幼馴染だ。当然、昔からバスケをする彼を見てきたことだろう。
そんな中、彼が変わってしまったことは、誰よりさつきちゃんが痛感している。


「あっ、ごめんねっ。どーも昔の話になると暗くなっちゃって…」
「…変わりますか」
「え?」
「青峰君を止めたら」
「えっ…!? でも?」
「青峰君の強さは知ってます。けど、ボク一人で戦うわけじゃないですから」


そう。今の兄さんの相棒は、火神君だ。
もし、兄さんたちが青峰君に勝てたなら。
黄瀬君や緑間君のように。変わってくれるんじゃないかと、信じている。

片づけを終えて、着替えを済ませて。
外に出たころには、随分日も高くなっていた。


「じゃ、テツ君と話もできたし、私帰りますねー」
「またね、さつきちゃん」
「うん、また」
「桃井さん」
「?」
「約束します。青峰君に勝つと」
「…うん」


ちらりと、横の兄さんを見る。
兄さんは決意を秘めた、熱い目をしていた。








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