きゅ、きゅとバッシュがこすれる音。
ボールの弾む音。
いつもより温度の上がった気がする、体育館の中。

監督の提案で、2年生と1年生は5対5の勝負を行っていた。


「し、失礼します、監督」
「うわ! びっくりした。どうしたの?」
「ドリンクできました。ここに置いておいていいですか?」
「ありがと。タオルは……」
「準備してあります」
「あら。そしたらユニフォームの洗濯準備……」
「先ほど終えました」
「じゅ、準備がいいのね」


中学で三年間、マネージャーをやっていたので。
そう答えると、監督は納得したようだった。
とはいえ、私は旧友のように特殊な能力でチームに貢献できるわけではない。あくまで一般的なマネージャー業務だけだ。


「じゃあ試合見てよっか。今一年が押してるとこ」
「はい。……火神君ですか?」
「そ。一人でばんばんやってるわ。すごいわね」
「そうですね」


ジャンプも高い。足も速い。ダンクだってできる。
確かに彼はすごい。でも。


「そろそろ大人しくしてもらおうか!」
「!」


誠凛は、去年1年生だけで決勝リーグまでいった強豪だ。
火神君がいくら強くても、一人だけ。
三人もマークがついてしまえば、彼はうまく動くことができない。
みるみるうちに点差がついて、1年チームは2年生に二倍以上の差をつけられてしまった。


「あらま。1年生ファイト―!」
「先輩方、すごいですね」
「ふふん」
「もういいって…なんだそれオイ!!」
「?」


火神君の大声に目をやると、彼はチームメイトの胸倉をつかんでいた。
喧嘩っ早そうだと思った印象は間違っていなかったらしい。こわい。


「ひえ……」
「あ、ちょっと火神……」
「落ち着いてください」


かっくんと。
火神君の膝が曲がる。ひざかっくんだ。久しぶり見た。
兄さんがやってる。あおってるようにしか見えない。殴り合いにならないといいんだけど。


「黒子君いたの忘れてた……あれ? マジでいつからいた?」


監督がぼそりと呟いた声に、一人そっと笑う。
兄は存在感がない。でもそれは、ことバスケにおいては長所となる。


「……え、あっ」


ゴール付近にいた選手に、パスが渡って。ゴールが決まる。
けれどそれは、ただのパスではない。


「入っ…ええ!? 今どーやってパス通った!?」
「わかんねえ見逃した!!」


混乱する声。無理もない。あんなプレイスタイル、誰も見たことがないだろうから。
兄の得意とするプレイスタイルは、影の薄さを利用したパスの中継役だ。
ボールに視線を集めることで、自分の存在感を極限まで薄くする。
いわゆる、ミスディレクションである。

キセキの世代、幻の6人目。それが兄さんだ。


「やっぱり兄さん、すごいなあ……」


ダンクだってスリーポイントだって、もちろんかっこいい。
でもあの特殊なスタイルが、影に徹するプレーが、私は一番かっこいいと思うのだ。

とは、いえ。


「うおお!! 行けえ黒子!!」
「あ」
「勝っ……」


走る兄さん。投げるボール。
がこん、とゴールのふちにボールがはじかれる。
兄さんはちょっぴり、シュートが苦手なのだが。


「だから弱え奴はムカツクんだよ。ちゃんと決めろタコ!!!」


それもまあ、火神君が得意らしいので問題はないだろう。
はじかれたボールは、火神君の手によって無事シュートとなった。


「うわあああ!! 一年チームが勝ったあ!?」


とりあえずお祝いに、帰りにバニラシェイクをおごってあげようと思う。
兄さんはいつでもすごいけど、バスケで活躍しているときの兄さんが一番すごい。






「…なんでまたいんだよ…」
「すみません……」
「ボクたちが座ってる所にキミが来るんです」
「どっか違う所行けよ」
「いやです」
「仲いいと思われんだろが…」
「だって先座ってたのボクたちですもん」


再び、マジバーガーでの再会である。
火神君は私たちがいるところによく来る、気がする。


「…ホラよ」
「?」
「一個やる。バスケ弱いやつに興味はねー、が、オマエのことそれ一個分くらいは認めてやる」
「…どうも」


バーガーを兄さんに一つなげる火神君。
認めてくれたのは好ましい。よかったですね、と告げると兄さんは微妙な顔をした。


「でも兄さん、今食べないでくださいね。ごはん入らなくなるので」
「はい」
「オカンかよ」
「違います、妹です」
「わかっとるわ!!」
「ひえ」
「火神君。千瀬が怖がるのでやめてください」
「オマエもオカンかよ」


オカンじゃない。兄さんだ。

マジバーガーを出ると、涼しい夜の風が首を撫でた。


「「キセキの世代」ってのは、どんぐらい強えーんだよ? オレが今やったらどうなる?」
「瞬殺されます」
「もっと違う言い方ねーのかよ」
「ただでさえ天才の5人が、今年それぞれ違う強豪校に進学しました。まず間違いなくその中のどこかが頂点に立ちます」


兄さんの言葉で、ふとかつての同級生を思い出す。
才能にあふれた、それぞれの顔。思い出すだけで、少し寂しくなる。苦しくなる。
あの人たちはいま、何をしているのだろう。


「決めた! そいつら全員ぶっ倒して、日本一になってやる」
「ムリだと思います」
「うおいっ!!!」
「潜在能力だけならわかりません。でも今の完成度では彼らの足元にも及ばない。一人ではムリです」


一人では。
そう、もしかしたら。影として、兄がいたら。


「ボクも決めました。ボクは影だ。でも影は光が強いほど濃くなり、光の白さを際立たせる。光の影として、ボクもキミを日本一にする」
「兄さん……」
「…ハッ、言うね。勝手にしろよ」
「頑張ります」


とてつもない目標だ。
キセキの世代を知る人ならば、夢物語だと笑うだろう。
それでも兄さんなら、できると思うのは。
ただの希望では、ないかもしれない。






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