「ではカントク、そろそろ…いいかな?」
「まかせて!」
日向先輩が提案したのは、合宿メニュー試食会という名の料理練習だった。
とんとん、と軽快に鳴る包丁の音。カントクに料理を作ってもらい、それを食べてからアドバイスして、上手くなってもらおうという計画だ。
「ちなみに先輩達料理できるんですか?」
「そこそこ」
「だいたいなんでもー」
「できん!!」
「一番はたぶん水戸部かな。黒子は?」
「ゆで玉子なら負けません」
兄さんのゆで卵は完ぺきだ。固ゆでから半熟まで自由自在。美味しいんだよなあ、あれ。
「何ヒソヒソ話してるの? できたわよ! 一品目は…カレーよ!!」
ごと、とおかれた皿。そこにあったのは。
「なんで!!?」
まるごとの人参、玉ねぎ、じゃがいも、ネギなどが入った、カレー…? だった。
「いや…え? まるごと!? さっきのトントントンはなんだったの!?」
「え? あ、ちょっと食べにくかった?」
「てゆうかなんでカレー? …カレーだよね? これ…」
「定番でしょ? まあ見た目はともかく味は大丈夫よ! ただのカレーだし!」
「じゃあ…いただきまーす…」
手を合わせて、おそるおそるスプーンを口に運ぶ。
こ、これは……。
おかゆのように柔らかい米、火の通っていない野菜、と肉。ルーは謎の苦みと酸味。
控えめに言っても、美味し……くは、ない。
……これ、本当にカレーなんだろうか。
「おかわりジャンジャン言ってね」
ず、寸胴鍋。
何これ、ヤバくね、飲み込めねぇなどのヒソヒソ声が聞こえてくる。
「………。やっぱりあんまり…おいしくない…っかな…」
「………」
監督の声に元気がない。……きっと、頑張って作ったのは間違いないんだろう。
その時、日向先輩がいきなり、勢いよくがつがつと食べ始めた。
監督の目に、光が宿る。
「ごっそさん。うまかったけど、ちょっと辛かったから、飲み物買ってくるわ」
「味は個性的だけどイケるよ。料理に一番大事なもんは入ってる。愛情がな。けどもしかしたら作り方がどっか間違ってるかもな、もう一回作ってみないか?」
「…うん」
流石先輩方。対応が素晴らしい。
うまかったと言ってくれる日向先輩も、フォローしつつ修正の方向にもっていく木吉先輩も。
愛されてるんだな、監督は。
「…つーわけで、誰かリコに作り方教えられねーか?」
「じゃあ水戸…」
「てゆうか木吉変な汗超出てるよ!?」
「おかわりはやりすぎたぜ」
「水戸…気ィ失ってる!!?」
「マネージャー! ヘルプ!」
「は、はい」
とは、いえ。
寸胴鍋を前にして考え込む。これをリメイクすることはできるだろうか。
もういっそ、一から作り直したほうが……。
そう思って、残っている材料に手を伸ばす。すると同じタイミングで、ごつごつした男の人の手が伸びてきた。
「! 火神君」
「ちょっとそこら辺の残りモンでメシ作っていいすか? マネージャー、どれ使う?」
「え、あ……じゃ、じゃあここら辺のを……」
「火神!? 料理できんの!?」
「できるっつーか…ハラへって…こんなもんかな」
「えええ!? なんかすげぇうまそう!!」
火神君がぱぱっと作った野菜炒めは、すごくおいしそうだった。
私も材料を切りつつ、一口もらう。
「うめぇぇ!!」
「! 美味しい…!」
「火神お前…なんで!?」
「いや…オレ一人暮らしだし」
「そういや、マネージャーは何作ってるん?」
「私はカレーを……手順を確認しようと思いまして」
「火神君、千瀬ちゃん!」
「はい?」
くる、と振り返る。
監督が、覚悟を決めた顔でそこにいた。
「カレーの作り方を教えて…! 千瀬ちゃんに頼りきりになるわけにはいかないし」
「はい、私でよろしければ」
「いっすけど、オレちょっと厳しいっすよ!」
そうして始まった、カレー作り。
「材料はもう少し切ったほうがいいですね」
「これくらい?」
「大きさ揃えねーと火通んないすよ」
「お米は水を図って入れましょう。本当は少し水を吸わせた方がいいんですけど、今日は省略で。あ、洗うのは控えめに」
「無洗米使えば?」
「費用は抑えたくて……」
「む、無洗米? 何ソレ?」
火神君と私で監督にあれこれ口を出しつつ、完成したカレー。
見た目はオッケーだ。作り方も見ていたし、大丈夫……だと思う。
監督と手分けしてよそって、皆に配って。
「いい! いいようまそう!!」
「カレーだよカンペキ!」
「こんどはバッチリよ! さ、どーぞ!」
「いただきまーす」
スプーンを先輩方が口に運ぶ。瞬間、動きが止まった。
けれどそれは美味しいからではないと言うことは、表情からして解る。
「ウソっっ!? なんで!? また失敗!?」
「火神、マネージャー、一緒に作ったんじゃないの!?」
「つ、作りました。変なことはしてなかったと思いますけど……」
「そっすよ! 味見もしたし!」
「じゃ、なんで!?」
「もうオレに言えることは、カントクの料理の下手さは、人智を超えてる…」
「逆にすごいななんか!!」
恐る恐る自分の分もよそって、食べてみる。
……?
「そうですか? おいしいですよ」
「…!? 黒子もういい! ムチャするな!」
「いえ、本当に…」
「オレもうまいと思うけど……」
「オレも……」
「え……?」
別段変わったところもない、普通のカレーだ。
……私の味覚が変なのかな? でも美味しいって言ってる人もいるしなあ。
「……! もしかして美味いって言ってるやつら、マネージャーによそってもらったんじゃないのか?」
「そういえば……」
「はい」
「オレも」
……と、いうことは。
「リコ、もう一度よそってくれないか?」
「? いいけど…まずゴハンでしょ、で、ルーをかける前に…」
「あ! チーズかかってたんだ…凝って…」
カントクがぱらぱらと、ご飯の上に何かをかける。
それはチーズ、ではなく。
「いや…!? 何それ!!?」
「何って…プロテインとか、ビタミンc粉末とか…」
「それだー!!」
「カレーだけじゃバランス悪いでしょ?」
「だったらサラダとか、てかコワイよ!! とにかくサプリメントやめて!!」
なるほど。これが原因だったわけである。
「もう全部マネージャーに作ってもらうか……」
「は、はい。頑張ります」
「ちょっと! 原因は分かったんだから大丈夫よ! 千瀬ちゃんだけに負担かけられないでしょ!」
こうして、監督の料理は上達したかに見えたが。
二品目として出された寄せ鍋は、またもまるごとの魚や野菜が大量に入っていたため、私はもう諦めたことは秘密である。
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