合宿が始まる。
一回目は海の近くでの合宿だ。バスケ部の皆と一緒に電車を降りると、磯の香りがした。
「あー着いたー」
「磯の香りが…ハッ! いそがねば!」
「カントクは?」
「色々持ちこむ物があるから車だと。あと伊月だまれ」
「いい所っすねー」
「すぐ地獄に変わるけどね…」
よいしょ、と荷物を持ち直す。
ふわりと風が吹いてきた方向に目を向けると、綺麗なエメラルドグリーンが見えた。
「海だ!!」
「泳ごう!!」
「合宿だ!! ダアホ!!」
真っ青な海と空、そして砂浜。
ここで泳いだら気持ちいいだろうな。私はそんなに長くは泳げないけれど。
到着した民宿は、趣あるところだった。
「う〜ん…ビミョー…」
「つーかぼれぇ〜…」
「すみません、トイレは」
「うるっせーよオマエら!!」
「いやあ…いいじゃねーか。もしかしたらいるかもしんねーぜ、まっくろくろすけが…!」
「すげぇイラッとくるよ木吉。高校生なめんな!!」
騒がしい会話に苦笑が漏れる。
少し待っていると、見慣れない車が到着して、中から監督が下りてきた。
「うん、時間ピッタリ。みんないるわね?」
「じゃあリコ、あとこれをあそこに置いときゃいんだな」
「うん、ありがと…パパ」
監督のお父さんだ。初めて見た。
「おうガキ共、せいぜいがんばれよー」
「あざーすっ」
「あ…けどな。娘に手ェ出したら、殺すぞ」
「はいっっ!!」
「ほら、タラタラしない! 行くわよー」
物騒な人だな。監督のお父さん。
あの目は本気で言っていた。
歩き出す皆に、監督が声をかける。
「どこ行くのよ?」
「え…いや…体育館…」
「体育館借りるのもタダじゃないのよ、夕方から!」
「へ…じゃあ昼は…?」
「海よ!!」
海?
首をかしげながらついていくと、砂浜にゴールポストが二つ置いてあった。地面にはコートも書かれている。
「……!!?」
「カントク……まさかここで…」
「そ、バスケするの。前にも言ったけど、この合宿の目的は弱点克服よ」
「…弱点?」
「今、誠凛に必要なもの…それは、選手一人一人の個人能力の向上よ」
「…!!」
「けどカン違いしないでね。チーム力の向上がかけ算だとしても、5人の数値が低ければ大きな数値にはならないわ。個人技を主体としたチームにするわけじゃなく、あくまで束ねる力一つ一つを大きくすることよ。誠凛というチーム一丸で勝つために」
チーム一丸で。
兄さんだけじゃなく、皆の技術の向上を狙おうと。そういうことだ。
「そしてシュート・パス・ドリブル…一つ一つの動作の質を向上させるためにまず大切なのは、土台となる足腰よ。そのための砂浜練習。まずはここでいつものメニュー、の、3倍よ」
さんばい。
この歩きにくそうな砂浜の上で。
聞いただけで大変そうだ。ドリンクを多く作っておかなきゃ。
「さあ、始めるわよ、地獄の合宿!!」
そして練習が始まった。
燦燦と夏の鋭い日差しが照り付ける中、滑る砂浜を走るチームの皆。
いつもの体育館のようには動けないだろう。これも狙いなのだと思う。
「バウンズでパスしてどーすんだ黒子ォ!!」
いつものようにボールをはじいた兄さんに、日向先輩の叱咤が飛ぶ。
けれどこの地面ではとてもドリブルなんてできない。パスを組み立てるにも、先を読んで早く動く必要がある。
体だけでなく頭まで使わなくちゃならない。大変だ。
「っし、おおお!! おおっ!? …おぶっ」
ダンクしようとした火神君。が、ジャンプの高さが足りずに顔面から転ぶことになる。
「オマエの辞書にはまじダンクしかないんかダァホ!!」
「くっそっ…」
「黒子寝んなあ!!」
皆汗だくだ。さぞかしきついだろう。
倒れた兄さんを隅に引きずって、タオルで汗を拭きつつドリンクを渡す。
タオルもドリンクも普段の量じゃ足りない。休憩のたび、私も走り回って仕事をこなした。
日が傾いてくると、今度は体育館での練習だ。
「…っおお!? 動きやっすっ!!!」
「バッシュってすげぇな!」
「今ならいつもの倍速で動ける気がする!」
倍速で、はおいといて、確かにあの砂浜練習の後の体育館は動きやすかろうと思う。
走る時だけでなく、シュートを打つ時も。足に力がかかりやすいのだ。
砂浜練習の目的はおそらくそれ。このまま毎日この練習を続ければ、動きの質は確実に向上するだろう。
火神君がボールを持って跳ぶ。一瞬驚いた顔をして、ボールをゴールに投げた。
「火神、今のはダンクいけよフツーに!」
「タイミング合わなかったのか?」
どちらかと言えばぴったりだった。
砂浜練習の後で足に力が入りやすくなって、とび過ぎにためらったのかもしれない。
いいことだ。このまま行ければいい。けれど。
兄さんの表情は、あまり明るくはなかった。
多分、まだ新しい兄さんのバスケを作るためのヒントが足りないのだと思う。
私に何かできることはないだろうか。
→
back
top
ALICE+