それは、インターハイを見に行った後の練習日。
兄さんとともに、学校へ向かっている最中のことだった。

ちら、と視界の端によぎった、見慣れないもの。
目を向けた先に居たのは。


「……!」
「千瀬?」
「に、兄さん。あれ……!」
「!」


段ボール箱に入った、犬。


「捨て犬でしょうか」
「そうかもしれません」


あ。
目が、合った。


「兄さん、あの子……」
「わかりました」


兄さんが近づいて、箱ごと持ち上げる。
犬は逃げず、わん、と元気に鳴いた。








体育館に着くと、練習前なのに沢山の人が集まっていた。私たちで最後だ。


「あれ? 黒子とマネージャーはまだか!」
「あの…」
「お!! 来たな」
「拾いました」
「は?」
「犬。」


その言葉に、皆が固まった。


「いや…犬!? つか、ひろっ…拾うなー!!」
「え?」


体育館に、皆の絶叫がこだました。









「ふーん…通学路の公園か…」


段ボール箱から出して、腕に抱き上げてみる。
犬はへっへっと舌を出しながら、尻尾を振っていた。


「またずいぶん懐かれたな…」
「てゆーかどうすんだコレ…」
「今時まだいんだな、捨てるなんてひどい奴…」
「また捨てるなんて嫌すぎる…」


ふわふわの毛並み。愛らしい顔立ち。
何だかこの子、すごく可愛い。何でだろう。


「ところでコイツ…誰かに似てないか?」
「え?」


先輩達が犬を見る。可愛い。
先輩達が兄さんを見る。かっこいい。


「黒子だー!!」
「目が!!」
「やばい気がついたら愛着が…!」


そうか、兄さんだ!
可愛らしい印象の強い犬と、かっこいい印象の強い兄さんだから気付かなかったけど、言われてみればよく似てる。
愛しさがやまない。かわいすぎる。


「よーしお前の名前はテツヤ2号だ!」
「名づけんなー!! どんどん戻しづらくなんじゃねーか!!」
「あと…一つ気になるんだが…」


ふわふわの毛並みをなでていれば、木吉先輩がそう言って、体育館の隅に目を向けた。


「何してんの火神」


火神君が、頭を抱えて震えていた。


「いや…その…オレ、犬とかは、マジでダメなんだよ、です」
「なんでだー!!」
「おまっ…一番最初「虎っぽい」とまで言われてたじゃねーか! 虎が負けんな犬に!」
「トラじゃねーしそーゆー問題じゃねんスよ!」
「……」


火神君、犬苦手なんだ。こんなに可愛いのに。
見下ろせば、2号もこちらを見上げる。ぺろ、と舌で鼻をなめられた。
……こんなに可愛いのにねえ。


「千瀬、2号を」
「? はい」


兄さんに2号を渡す。すると兄さんは、火神君に近寄っていった。


「火神君…そんなこと言わないでください」
「黒子」
「かわいいですよ」
「やめろー! 黒子テメッ…やめっ…あとでマジ殺す!!」


わざとだ。兄さんが火神君をイジってる。楽しそう。


「はよー。何騒いでるの? って…犬ー!?」


皆より少し遅れてきた監督も、たちまち2号の虜だ。可愛いから仕方ない。


「…まあここまできて、元の場所に戻すわけにもいかないだろ。飼う方法はなんとかするとして…賛成の人」


皆が手を上げる。もちろん私も。


「反対の人」


火神君が手を上げた。一人だ。


「また捨てろと言うんですか?」
「うっ…つーかその目×2で見んなっっ! どんなに言われてもムリなもんはムリなんだよ!! ガキの頃アメリカですげーでけー犬に噛まれてからマジで…!」
「うーん…千瀬ちゃん、黒子君。かわいそうだけど…やっぱり」
「……そう、ですか」
「わかりました」


可愛いだけじゃ犬は飼えない。
それに火神君が怯えるほど犬が嫌いなのだとしたら、仕方がない。


「火神君を説得すればいいんですね?」
「え?」
「うーん…できるか!?」


そういう問題なのか。でも兄さんがなんとかしてくれるなら。


「じゃあ一日だけよ。いつまでも練習をおろそかにするわけにはいかないわ!」
「わかりました」
「よし、じゃあ始めるぞ! ロードワーク行くぞ!」
「あの…一緒に連れてっちゃダメですか?」
「は? 2号を?」
「ふれあう機会を増やせば火神君も慣れてくれるかと…」
「うーん…ま…一日ぐらいいいか! 行くぞ!」


その日一日、2号は練習に参加した。

ロードワーク、チーム練習、筋トレなど。兄さんが面白がっている気もしなくはないけど、楽しそうだ。

そして練習後。


「やっぱゼッテームリ!! 元に戻してきてほしいす!!」
「なんだいきなり」
「オレのバッシュにウンコしやがった!!」


……溝は深まる一方だ。

くーん、と鳴いた2号を抱き上げ、できるだけ遠くから火神君に声をかける。


「……火神君、あの……」
「おわ! マネージャー! それ以上近寄んなよ!」
「は、はい。……やっぱり、だめですか?」
「……マジでカンベンしてくれ。こえーんだよ、どうしても」


怖いか。そうだよね。
こんな可愛い子でも、噛まないとはいえない。その可能性がある以上、火神君に無理はさせられない。

肩を落としたとき、後ろから声がした。


「確かに…気性の荒い犬もいるかもしれません」
「兄さん」
「けど2号は、その時の犬とは違います」


……それも、確かにある。
今日一日この子を見てきて、人なつっこくしつけのされた犬だと思った。


「飼う飼わないは別にして、一度触れてあげてください。きっと誰かに引き取ってもらうなり、また捨てたりすることにはなりません。ただ、そんな恐ろしいものを見る目で見ないでほしいだけです」


頭をなでれば、うれしそうに尻尾を振る。
この子と火神君が、仲良くなる可能性があるなら。


「黒子ー、ちょっといいか?」
「はい」
「千瀬ちゃんも! ちょっとこっちお願い!」
「は、はい」
「ちょっ、置いてくなよ2号!」


監督に呼ばれ、その場を立ち去る。
少しだけ、触ってくれたら。怖さが軽減されるなら。
そうなってほしいと願う。
私にできることは、それだけだ。












翌日。
火神君は昨日のように、2号を怖がらなくなっていた。


「おお、ナイシュ」
「結局…いいのか」
「まあまだちょっとビビッてるけど…いっスよもう」


そう話す火神君は笑顔だ。良かった、慣れてくれたんだ。


「それはそうと、今のはパスもありだったわよ。まわり見てね」
「ウィース」


その火神君に、2号が尻尾を下げてため息をついた。火神君がびきっと顔に筋を浮かべる。
……この子、人の言葉わかるんだ。賢い。兄さんみたい。


「やっぱ戻せー!」
「火神君、男に二言は…」
「うるせー!!」


わん、と元気な2号の声が響いた。










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