監督曰く。
先輩達の練習後、雨でびしょ濡れになったさつきちゃんが来たのだという。
タオルとシャツを貸してもらって着替えて、今に至ると。


「はい、どうぞ」
「ん、アリガト…」


兄さんが手渡した缶コーヒーを、さつきちゃんが受け取る。
大丈夫かな。さつきちゃんとは長い付き合いだけど、こんなのは初めて見た。
体が冷えないよう、ロッカーに入れていた洗濯済みのジャージを渡す。


「さつきちゃん、これ……その、サイズが合わないかも知れませんが、体が冷えると良くないので」
「え……いいの?」
「はい。また会うときに、返してくれれば」
「ありがとう」


身長が違うからサイズも違う。着ることはできないけれど肩にかけて、少しでも体温の低下を防ぐ。


「…それで、何があったんですか、桃井さん」
「…っ、どうしようテツ君…! 私…っ、青峰君に、嫌われちゃったかもしれない…!!」


青峰君に、嫌われた?
さつきちゃんと青峰君は幼なじみで、仲も良かったはずなのに。
一体どうして、そんなことに。


「青峰君は今年のインターハイ、準決勝・決勝と欠場しました」
「らしいな…でもいったいなんで…!?」
「故障です、主にヒジの…」
「ふうん…ま、なんとなく察しはついてたわ。原因は恐らく…黄瀬君とやった海常との準々決勝ね?」
「そうです。なんで…Bなのに!」
「ムネ関係あるんか小娘ェ!!」


監督のムネのサイズは、とりあえず置いておくとして。
確かに桐皇と海常の試合は過酷だった。選手への負担も、大変なことになるだろう。

キセキの世代の彼らは才能にあふれているけれど、弱点がある。それは才能が大きすぎること。
全員高校生とは思えない特技を持っているけれど、それを完璧に使いこなすには、高校生では体がまだできあがっていない。
だから無制限に力を全開にはできない。もしすれば、反動で確実に体を痛める。


「そしてそれは…青峰君も例外ではなく、黄瀬君とやった時、実はかなりムチャをしていたんです。それに気づいた私は、すぐに監督に試合に出さないように訴えました。青峰君はひどく荒れましたが監督は聞かず、半ばムリヤリスタメンから外しました。けど、それがさっきバレて…」


『さつきテメェ何勝手なことしてくれてんだよ! あんなもんケガのうちにも入んねーよ、よけいなお世話なんだよ!!』
『でも…赤司君相手ならまたムチャするでしょ!? もしそれで万が一…』
『だからそれがよけいなお世話だっつってんだよ、いつからオレの保護者になったんだ! もう二度と顔見せんなブス!!』
『もう知らない! 何よ青峰君のガングロ!!』


「…とゆうわけデス」


それが原因で、ケンカか。
さつきちゃんの言うことは間違ってない。私でも同じ事をするだろう。
けれどさつきちゃんはなんだかんだで青峰君と仲が良かったから、酷いことを言われて心に来たのだと思う。


「…つーかさ、お前黒子が好きなんじゃねーの? だったら青峰に嫌われよーが知ったこっちゃねーじゃん」
「か、火神く……」
「そうだけど…そーゆーことじゃないでしょお!? テツ君の好きとは違うってゆうか、危なっかしいってゆうか、どうしてもほっとけないんだもんアイツのこと」
「え!? あっ…その、スイマッ……」
「あーあ、泣ーかせた」
「イヤッそのっっ」
「火神君、デリカシーなさすぎです」


……これは、フォローできない。
女心がわからないにも程があるというか、なんというか。
救いを求める犬のような目が火神君から向けられる。何も言えなくて、そろりと目をそらした。


「大丈夫ですよ、桃井さん。青峰君もちょっとカッとなって言いすぎただけです。本当に嫌いになったりしませんよ」


兄さんがよしよしと、さつきちゃんの頭をなでる。


「帰りましょう。青峰君もきっと今ごろ、捜してますよ」
「…テツ君……テツ君〜〜!!」
「火神……アレだよアレ」
「うっさいなー、わかったよもう!! です!」


火神君はもう少し女子の扱い方を学んだ方がいいと思う。
はあ、と息を吐いて、私はさつきちゃんに近寄った。


「さつきちゃん、よければこれを……」
「タオル?」
「冷やしておいたので、使って下さい。目が腫れないように。返すのはいつでもいいので」
「ありがとう千瀬ちゃん〜〜!!」
「わ」


ぎゅ、と強い力で抱きしめられる。
ちょっと苦しかったけれど、今の彼女のことを思えば何も言えない。
抱きしめ返して、とんとんと背中をなでた。


「兄さん、さつきちゃんを送っていってください」
「えっ、千瀬ちゃんは?」
「私は今日は一人で帰ります。二人きりのほうがいいでしょう?」


さつきちゃんの兄さんへの思いを知っている以上、あまり邪魔はしたくない。
こそっと耳打ちすれば、さつきちゃんは眉根を寄せた。


「でも暗くなってきてるのに、一人で帰るのは危ないよ」
「いえ、あの……私を狙う人は居ないと思うので……影も薄いし」
「そんなことないよ! 千瀬ちゃんだって可愛い女の子なんだから! 一緒に帰ろ、ね?」
「うーん……」


困ったな。
さつきちゃんの気遣いは嬉しいけれど、二人の間に割って入るのは忍びない。
どうしよう、と思っていれば、火神君がのし、と私の頭に手を乗せた。


「んじゃ、オレがこいつ送ってくわ」
「え、火神君……?」
「……よくわかんねーけど、女への気遣いってこういうことなんだろ?」
「!」


せ、成長している。この短時間で。
すごい。


「そうです……! 流石です火神君、すごい……! 学びが早いですね……!!」
「お、おう……そこまで褒められると照れるぜ」
「火神君」
「ん? なんだよ黒子」
「千瀬に手を出したら火神君でもぶっ飛ばしますからね。見て下さいこの力こぶ」
「だからねーし!! てかこいつに手なんかださねーし!!」
「こいつにとはなんですか。千瀬の何が不満なんですか」
「お前めんどくせえ!!」


ということで、火神君と家路につく。
さつきちゃんは最後まで渋っていたけれど、背中を押して帰らせた。物理的に。


「何気にお前と二人で帰るの初めてだよな」
「そうですね。いつも兄さんと帰るので」
「……過保護だよなあいつ」
「昔からそうでしたから、習慣かもしれません」


火神君と並んで帰るのに、兄さんが居ないなんて変な気分。
いつものマジバを通り過ぎ、公園を通り過ぎ。途中でブブブと携帯が震えた。


「電話か?」
「いえ、メールです。さつきちゃんから、兄さんと無事に別れたと」
「ふうん」
「兄さんもこちらに向かっているようなので、道順からしてじきに合流できると思います」
「んじゃそれまで待つか。黒子に今の場所メールしとけ」
「はい」


兄さんにメールを送り、携帯をしまう。
さあ、と夏の生ぬるい風が吹いた。


「なあ、マネージャー」
「はい、なんでしょう」
「オマエ、ぶっちゃけどう思ってんの」
「どう、とは?」
「黒子の目標に対してだよ」


兄さんの、目標。
それはキセキの世代を倒して、日本一になること。


「……何故、そんなことを?」
「オマエキセキの世代の奴らと会うと、微妙な顔すんじゃねーか。嬉しそーな、悲しそーな、よくわかんねー顔」
「そう、ですか?」
「黒子も気づいてると思うぜ」


頬に手を当てる。自覚はなかったけど、そう言われるのならそうかもしれない。


「いやなのか? キセキの世代の奴らと戦うの」
「……私は、兄さんを応援するだけです」
「いや、そりゃそーだろーけど……」
「……まあ、正直、あまり戦いたくはないですね。私は彼らが好きだったので」


言葉にすると、じんわりと自覚する。
あの三年間が、皆でバスケをしていたあの時間が、私は好きだった。
側から見ているだけだったけど、それでも。この上なく好きだったのだ。
今はもう、昔の話。


「でも、兄さんが戦うと決めたのなら。私はそれを応援します」
「……ふーん」
「それに、今は誠凛の皆さんを応援していますから。火神君もですよ」
「……そっか」
「はい」


私がどう思うかなんて、関係ない。
兄さんのことは心から応援しているし、誠凛のマネージャーとしての自覚もある。
それに、今まで戦ったキセキの世代の彼らが、負けたことによっていい影響を受けているような気もするし。
大分離れている時間が長いから、確信は持てないけど。


「火神君、頑張って下さいね」
「あ?」
「兄さんの夢は、火神君がいないと成りたたないので」
「……たりめーだろ。黒子だけで何ができんだよ」
「! そんなことはないですよ。最近兄さんなりにドリブルを磨いているようですし、パスだって……」
「あーわかったわかった。ったくお前らやっぱ双子だな、めんどくせー同士似てるわ」


めんどくさい。そんな自覚はないんだけどな。
ぺしぺしと話を切られてしまった。首をかしげてもよくわからない。

それでも、頑張ってほしいのは本音だ。
兄さんの夢の先に何があるのか、私も見てみたいから。
できるなら、誠凛の皆と一緒に。










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