傷痕に恋をした
黒い噂のところに忍ぶこと。
それが、真選組監察としての山崎退の使命である。
時にそれは命がけではあるけれど、自分が1人危ない思いをするだけで作戦の成功率が上がり怪我人も減る。真選組が名を上げる助けになるなら己が負う傷も悪くはない。
……どっちかっていうと、名誉を挽回という方が正しい気もするけど。



新年早々24時間営業の店でたらふく食べた牛丼に満足しつつ、店を出てからコンビニに寄り、数日分のアンパンと牛乳を購入する。
今日からの任務はただの潜入だけではなく、近くのアパートから対象を張り込むという任務もついている。潜入の時は流石に普通の飯を食うが、張り込みの時は決まってこの二つ。成功への願掛けを兼ねたマイスタイル。
街は三連休ということもあって華やいでいて、ちらほら家族連れやカップル達が家路を辿っている。全く、何が楽しくてぼっちで牛丼屋とコンビニ梯子してるんだか。ファミレス行かなくてよかった。余計に悲しくなる。
とは言え、自分はそんな花のある生活とは縁遠いと自覚している。神様がそんなものを自分に寄越してくれるわけがない。休日だろうが平凡な日であろうが、影に溶け込み、それが行き過ぎて気づけば認識されない、それが自分にお似合いの日々であろう。
白い溜息を一つ大きくつきながら昼間のうちに荷物が運び込まれた部屋に向かうべく人気のない夜の通りを歩く。
空家となった襤褸屋敷がちらほらと見受けられるほど寂れたそこは、正に何か怪しいものを孕んでいそうだ。こんな態々人目を避けるようなところを選ぶあたり、臭う。
そう、きな臭い、そして鉄臭い……。


「ん、鉄臭い?」


待て待て待て、鉄臭いのはリアルな話だ。間違いない、これは血の匂い。
何かあったのだろうか。下手をすれば、見てはいけないものを見てしまって粛清なんていうシャレにならない展開が待ち受けているが、しかし本当に何か関係ないところで血生臭い事案が発生していたとしたら警察として関わらずにはいられない。
そっと、血の匂いを頼りに歩く。少し入り込んだ路地の、ゴミ捨て場の影。どうやら、匂いの出元はここらしい。
辺りを見回し、ほかの人影がないことを確認する。念の為隠し持った小刀をいつでも抜けるようにしながら、その人のところへ、一歩一歩進んでいく。
そこで力なく倒れている匂いの元であろうその人。だらりと力なく垂れた腕、閉じられた瞳。
黒い外套のようなものを着ているので傷口は見えないが、間違いない。
外套から綺麗な長い黒髪が覗いている。女の子……だろうか。
周りに気配がないのを確認して、意を決して背負う。残念ながらお姫様抱っこを出来るようなガラではない。見ず知らずのイケメンでもない男にそんなことされるこの子が可哀想だ。
背丈は恐らく自分より少し小さいくらいだろうか。だが、とても軽い。ちらりと外套の中に見えた顔は、まだ何処かあどけなさを感じさせる。
とにかく急ごう。足音を忍ばせて、人気のないところを走り抜けた。




部屋の隅に畳まれた布団を脚で開げ、彼女を寝かせる。
傷の観察をしようと外套を取り払い……そしてそこで気づく。
待って、これ誘拐みたいになってない?そして傷の処置って言って着物脱がせたら完璧にセクハラじゃん?
それって、かなりヤバくないか?
もう朝刊の一面に載りそうだ。沖田隊長の破壊事件に負けない事案になってしまう。それだけは避けたい。
とにかく、脱がせない方向で傷を看よう。つかその前に起こすか。
そう思って揺するなり軽く叩くなりしてみるが、一向に起きる気配がない。
仕方なく、セクハラにならない範囲でやろうと試みる。

1時間くらい経ったのだろうか。
傷の処置を終えた俺は、座布団の上で座布団を抱きしめながら窓から外を見ていた。
彼女の傷は刃物による切り傷が殆どだった。どれもこれも浅いとはいえ、流石に一般人が負うものじゃない。俺的に幸いなことに、傷を負っていたのは腕や脚と言った露出している(若しくはしやすい)場所ばかりで着物には殆ど切られた跡が無かったので悶々とせずに済んだ。
とはいえ、『何かあった』のは明白で。まあ腰に刀ぶら下げている時点で予測はしていた。血の匂いも大方は返り血のようだった。
一番気になる点は、彼女の首筋にあった内出血の跡……恐らく、注射を打たれた。なかなか目覚めない点から、睡眠薬とかその類だろう。
今回張り込むところと近いこともあって、関連があるかもしれないと疑う。先ずは彼女の目覚めを待とう。
刀はこちらの目の届くところに置いてある。寝首を掻かれることはあるまい……と思いたい。
俺は長いこと動く気配どころか従業員がみんな帰って人の気配すらない対象を見つめていた。






彼女が起きるまで起きていよう。……そう思っていたのだが。
ハッ、と目覚めた午前5時。
座布団の上で座布団を抱いたまま眠りについた俺の身体の上には、やや血生臭い外套が乗っかっていた。
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