その陰に一目惚れ
「起きた?」
背後から聞こえた女の子の声。
彼女は身を起こして、じっとこちらを見つめている。
「凄い寝辛そうな体勢だったけど、身体は痛くない?」
まだ頭がぼんやりしている。覚醒しきってないのだ。
時期に日の出の刻を迎える空は明るくなり始めている。お陰で明かりをつけなくても彼女をしっかりと確認することが出来た。
黒く長い髪。優し気な印象の瞳。
白くて小さめの手。
その佇まいと纏う衣からして、彼女から血の匂いが漂ったなければ、何処か良いところの女の子だと思ったに違いない。俺の今までの知識が間違いじゃなければ、外套の中に着ていたスリットの入った着物の布地はそんなに安い代物ではないと思う。
「君の方こそ、平気なの?」
漸く返せたありきたりというか普通な言葉。別に何か気を利かした台詞を言おうとしたわけじゃないけど。
女の子はにっこり笑った。あ、プライベート(?)でこんな悪意の無い笑顔を女の子から貰ったのってめちゃくちゃ久し振りかも。
「君のお陰だよ。助かった。」
朝ご飯(アンパン)を食べた俺は潜入の準備をする。
勿論、彼女はここにいてもらう。最初は出て行くと言っていたが、『俺』が何故ここにいるかバラされると困るからと思いながら自分でも訳の分からない事を口走って引き止めると、全てを察したらしく、大人しく畳の上にちょこんと座った。
「私もある意味同業者みたいなものだからね。私は追っ手を回潜れるし、君は君で私が得た情報を貰える。利害関係が一致したということにしておこう。」
何やら自己完結した彼女は、ごそごそと袖の中やら帯の内側やら全身を弄り始めた。
その度に苦無やら毒針と思しきものやら袖箭やらと言った暗器の類がぼとぼと畳の上に転がって行く。つかどんだけ仕込んでんだ。お前の服は四次元ポケットか。只の殺人兵器ドラ○もんじゃねーか。
ちょっと引き気味の俺を他所に、気がすむまで出しきった彼女はさっきまで俺に掛かっていた外套の上に暗器を乗せて、俺に抱えさせた。
「何これ。」
「人質ならぬ物質。使ってもいいよ。」
更に、昨夜のうちに取り払っておいた刀も俺に持たせてきた。つまり、彼女は『俺を討ちません』という意思表示をしているらしい。真面目なのか何なのか。
「俺、これから潜入だからこんなに渡されても困るんだけど。というか使い方わからないし。」
「いいから。これを君に預けたということが大事なの。」
仕方なく受け取る体をとって、そのまま押し入れにしまった。彼女は満足そうである。
「じゃ、そろそろ行くよ。追っ手に気をつけてね。」
「うん。そっちも、バレないようにね。」
行ってきます。行ってらっしゃい。
声をかけあうと、何だかもう夫婦みたいだった。いや、恋人どころか会って24時間も経ってないんだけど。
でも、そうやって挨拶されたのがむず痒くて、らしくもなく俺は口を開いていた。
「あのさ、」
「何?」
「名前、教えてよ。俺は山崎退。君は?」
尋ねた途端、彼女の目が一瞬泳いだ。
俺は見逃さなかった。
「私は……保科風李。特別に教えてあげる。」
特別に?
尋ねようとして、やめた。
何でそんなに、哀しそうに笑っているんだろう。そんな顔されたら、聞くに聞けない。
俺も曖昧に笑って、部屋を出た。どうやって潜入先に着いたかあまり覚えていない。
ずっと、あの笑顔が離れなかった。
2/2
prev next△