■ 独り身の憂鬱 続

 スタート地点から随分と離れたブンゼンの酒場ともなれば、客層はここまで辿り着ける実力者かNPCに限られてくる。必然的に顔見知りに会う頻度も増すわけで。
 かくしてゲンスルーは始終、外面用の笑顔を貼り付けなければいけなかった。とはいえ、幹部同士の酒の席ですら完璧に猫を被り通している男である。加えて言えば、誰かと共に酒場や食堂に行くことなど特に珍しいことでもないし、顔見知りとの遭遇も日常茶飯事のことである。ならば今回のことは彼にとって特筆に値することもない、はずである。にもかかわらず彼は今、いつもにこにこ穏やかで物腰柔らか……でも少し気弱で押しに弱い人の良いおにーさんという外面を保ち続ける事に疲弊し始めていた。
 それというのも、目の前で嬉しそうに酒を飲むこの女のせいだとゲンスルーは本日何度目かの溜息を吐く。

「あー美味しい! 美味しいご飯と美味しいお酒! ああ本当にこのお店はいいお店ですねぇ。聞けば聞くほど夜のメニューの評判が良くて、興味あったんですよねー」
「それはよかった。でも、少しピッチが速くはないかい?」

 優しい口調の裏にある、いい加減にしろこのボケがという本心は充分に伝わっているはずなのだが、なまえは臆する様子も見せない。
「だって、せっかくゲンスルーさんが付き合ってくれるんですよぅ。それに、こういうお店ってソロプレイヤーには縁遠いんですよねー」
 こういう時しか思いっきり楽しめないんですもん。
 などとご機嫌な様子でさあゲンスルーさんもどうぞどうぞと酒と料理を進めて来る女を、今すぐ殴って連れ出したい衝動に駆られるが耐える。耐えて、飲む。
「わぁ、いい飲みっぷりですね。じゃあ次はどうしましょうかー」
 この女……!
 見咎められない程度に舌打ちをして、もう一杯と店主を振り返れば……二人をちらちらと窺っていた視線の幾つかと正面からぶつかることになった。

 自分たちが注目の的になっていることにも、その理由にも、さすがにゲンスルーはとうに検討が付いていた。なまえはぼかしたが、考えるまでもないことである。「ソロプレイヤーだから」縁遠いのは不正解ではないが満点でもない。ソロな上に「女だから」縁遠いのだ。

「なまえさん、いくらなんでも少し羽目を外し過ぎじゃないかな」

 その男たちを刺激しないように無難な声をかけながら、ゲンスルーは改めて目の前の女に視線を向けた。赤く染まった頬でキャッキャとはしゃぐ姿は確かにそう悪いものでもない。だが、悪くはないが、格段に美しいわけでも色気が有るわけでもなく、特筆する程の女ではない。
 だが、そもそも、ただでさえ圧倒的な男女比の世界だ。そこそこ見られる外見と愛嬌さえあれば、男どもの注目を集めるなど容易い。事実そうしてオレたちに目を付けられたわけだし、と自分たちが彼女にしてきた行為を思い出せば自然とゲンスルーの口元は笑みを形作ることになる。この女も、指をくわえてこいつを見るだけの男共も、哀れを通り越して愉快にすらなるな。ああ、弱い奴らは可哀想に。
 好青年の外見とは真逆の思考に歪む口元を隠すように長い指でぐいとグラスを傾ける。確かに、旨い。


 テーブルの広さが戻った頃、ようやくなまえは決めの一声を発した。

「本当に、今日は助かりましたぁ。もう本当に怖くて怖くて。助けに来てもらえて、命拾いしました」
「いやぁ、なに、困ったときはお互い様だよ。……なんてね。実際の所、オレも不意打ちの後は逃げることしかできなかったわけだし、まるで格好が付かないんだけどね……ハハハ」
「いえいえ、とんでもない! あのままだったら私……本当に、感謝しています!」
「まあまあ、そんなに気にしないで。それにもう彼らも居ないようだし……。ただ、やっぱり危ないから。今後はあまり無茶はしないようにね」

 三文芝居にも程があるが、多少の仰々しさと説明くささは酔いのテンションで済ませてしまえるだろう。
 ある程度の声量で続けられる会話に、状況を想像した男たちが露骨に安堵するのが伝わって来る。彼らの愚かさにゲンスルーは苦笑を禁じ得ない。今夜のコレがただの成り行きで、オレたちが"そういう"関係ではないと理解したところでお前たちに何が出来るというわけでもないくせに。


  ***


 そんなこんなで上辺だけの中身のない、一見和やかそのものな会話を続けながら、タイミングを見計らうことしばらく。いい加減に頃合いだろうと見切りをつけ、ゲンスルーは行動を起こした。

「さあ、さすがにそろそろ遅くなる。これくらいにして、帰るべきじゃないのかな」

 その言葉に反応して、後方のテーブルの男たちがぴくりと震えたのが彼にはわかった。
 自分が送り狼になる事態を懸念されているのか、それとも、女の独り歩きに期待しているのか……どちらも、ゲスなことこの上ない。このまま店を出れば、一体何人の男が追って来るだろうか。浮かんだ事態を面白くないと感じれば、つい、彼の意地の悪さが疼き始める。

「さあ、立って。送るよ……さすがにこんなところで放り出すわけにもいかないからね。やれやれ、《同行》を多めに入れていてよかったよ」

 予想より随分としっかりとしているなまえの足取りには気付かぬ振りをして、無理やり抱き支える様に腕を回して扉へと向かえばさすがに後に続く者は居なかった。

「おい」
 なぁに、と振り向くなまえのとろんとした目の前にゲンスルーはずいと手を出した。
「勘定分、今返せ」
「あ……奢ってくれるわけじゃなかったんですね」
「当たり前だ。大体、あの店内でお前に払わせられるか。オレの体面に関わるだろうが」
 なまえの体に手を回しながら、素早く支払ってみせたのはただのポーズだった。そもそも、とゲンスルーは続ける。
「それなりの状況だったらともかく、あの場でオレはなにひとつ得られなかったからな。まったく、煩いわ不愉快だわ……確かに味はまずまずだが、あんなに疲れるメシはもうごめんだな」

 お前が楽しかっただけじゃないかと言われて、さすがのなまえも笑顔を消してしょげかえる。
 実のところ、酒場の空気も自分への視線も、それどころかゲンスルーへの嫉妬と疑惑の視線にすらも気が付いていた身としては反論などあるはずもない。おまけに、その状況でもゲンスルーが上手くあしらってくれることに甘えて自分だけたっぷり食事と酒を楽しんだとあっては。

 しかし今は、とりあえずお金だ。
 ブックと唱えようとしたなまえの口は、しかし払えと言った張本人に制された。

「いや、気が変わった。あれくらいオレが持ってやろう」

 打って変わっての言葉に目をぱちくりとしてなまえが見上げれば、にやりと見下ろす男と視線が絡む。この男のこんな、人前では滅多に見せない表情がなまえは嫌いではなかった。それどころか、むしろ。

「だからな、お前はこのまま、オレと来い」

 そう言ってすっと男の手に腰を撫でられれば、ぞくりと疼きが生まれる。
「そ、それは、よくある『カラダで払え』ってやつですか……?」
 酔いの為、街灯でもわかる程に赤く染まった頬と潤んだ目を向けてなまえは尋ねる。
「まさか。金の問題じゃないだろう、こういうのは」
 それに愉快そうに目を細め、上機嫌で答えるゲンスルーはすっかり猫を脱ぎ捨てていた。表情も口調も、性根の悪さを隠そうともしていない。

「昼間のことに、今夜の食事の同伴に、食事代まである。ああ、移動に使ったカードも貸しがあるなぁ。で、お前はオレに"礼"がしたくてたまらないんだろう? なら、心優しいオレはその気持ちを無下にも出来ないからなぁ」

 いたぶるように話すものの、その口調はどこか柔らかく甘い。

「なに……金はいいさ。代わりに『誠意』を見せて貰おうじゃないか」

 ゲンスルーが口にするのは、戯れだ。別に逃げ道を塞がなくても、女は逃げないという自信がある。だから、申し訳程度の名目ときっかけのための戯言だ。

「……そういうの、チンピラっぽいですよぅ」

 困ったような呆れたようなそんな口調とは逆に、甘えるように一歩二歩と寄って来るなまえに手を伸ばし、ゲンスルーは素早く《同行》を起動させた。



(2014.01.25)
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