■ 独り身の憂鬱 後日談

「なあ、本当に、本当にあいつらをやってくれたのか!」
「何度も言うように、証拠はこれくらいしかないけどね。あとは……いえ、どう判断するかはあなたにお任せする」

 三人組のPKに仲間を殺されたという青年は、泣き出す手前のように顔を歪めた。もう何日もまともに眠っていないだろう血走った瞳が確証を求めて揺れている。ああ、だからこういう依頼は苦手なのだ。

 悲しいかな、ここでは死体も残らない。バインダーの光が消えているでしょうと指摘したところで現実に戻っただけだろうと反論されればそれまでだ。相手の武器をカード化して見せてみても説得力には少々欠ける。ということは経験上わかっているので、開き直ってある程度の説明だけで済ますことにした。結局こういう時の人間ってのは信じたいものを選ぶのだから。実際、この青年はそうしてしばらく大鎌のカードとバインダーの名前を見つめ、やがて静かに座り込んで顔を伏せた。
 漏れ聞こえる嗚咽に慰めは不要だ。気にしない振りくらいはしてあげるけれど、それ以上は別料金をもらっても御免だ。本当に、こういう瞬間は何度経験しても慣れないし居心地が悪い。

「えーっと、じゃあ、これで心残りも無くなったってことで。約束通り《離脱》使って帰ってくれるわね?」
「……ああ。……俺はあいつらの兄弟に、伝えなきゃならねぇ」

 ありがとうと赤い目を向ける青年は、幾分かはましな顔付きになっている。
 気持ちの整理が多少でもついたとなれば、ここから先は時間との勝負だ。下手にあれこれ考え始める前に、可及的速やかにすべてを片付けて送り還さなくてはいけない。
「さて。じゃあ予定通り最後の旅へと参りましょうか。まずは、どこの町からにする?」
 一応聞いてみたものの、青年達の能力では向かう場所は限られている。マサドラを含めた初心者御用達の二、三の町を巡って終了となるだろう。


  ***


 最後の旅。それはつまりは、もう金輪際ここに戻る事が無いように未練を断つ為の後始末の旅である。
 まあ、未練ってのは身も蓋もないことを言ってしまえばマネーだ。まず、使えるカードは全て私のバインダーに移す。続いて不要なカードを全て売り、売上を私の名義でショップに預ける。さらに、青年が預けていたお金も全て回収してその場で私の名義で預け直す。つづけて、青年の所持品で換金できるものは全てカードにして以下略。ゲイン済みのものについては、《再生》とどちらが得かを考えて以下略。

「……なんか、身ぐるみ剥がれるってこういうことなんだなって実感するよ」

 最後の町を出たところで、青年が苦笑いで言った。
「でも、もうここには来ないんだからすっきりしていいでしょう? それに、こうやって貴方に貰ったもので私はまた他の誰かを帰還させてあげられる」
 にっこり笑って返せば、そうだなと青年も笑った。どこか寂しそうだと感じるのは私の身勝手な感傷だけではないだろう。実際、この人とご友人のグリード・アイランドはここで終わりなのだから。

「じゃあ、お元気で。近日中にバッテラ氏からの使いがくるから、くれぐれもよろしくお願いね。ああ、もし気が変わったとしても……選択を誤ると"死ぬ程"後悔しちゃうかも」

 バインダーを出し、とっておきのカードを起動させる。彼らが結局最後まで自力では一度も入手出来なかったという、現実への片道切符だ。

「《離脱》使用……」

 そして。
 青年の姿は掻き消え、門の前には私だけが残される。
 ……これが、私の飯の種であり、日常だ。


  ***


 一仕事終えてもまだやることがある。
 すっかり見慣れたブンゼンまで飛べば、目的地まではあと少し。大通りを抜けて、小道に入って三本目。階段を進めばそこには、誰にも内緒の私のお家──上機嫌で扉をくぐり、若干狭くはあるが使いやすい台所で紅茶を用意すれば準備は万端。
 後はひたすら部屋に籠って事務作業をこなすのみだ。報告書は勿論のこと、ざっとつけている出納記録も欠かせない。ともすれば現実感を上書きされてしまいそうなこのゲーム世界において、自分の足元を見失わないために必要な儀式である。

 ・クリアの意志のないプレイヤーをゲームから脱出させ、空き枠を増やすこと
 ・「G.I」をバッテラ氏のもとに集めるための情報収集&報告業務

 この依頼は、もともと師匠が受けたものだった。けれど、早々に飽きたあの人は別件で「G.I」に関わっていた私を呼び出し「お前の方が向いている」とそのまま引き継ぎを済ませてしまった。

 まあ、若干無理矢理だったことを横に置けばその判断自体に意を唱える気はない。きっと誰の目にだって、あのちゃらんぽらんで飽き性で力押しが得意のハリケーンのような師匠よりも私の方が適任だと映っただろう。
 仕事は単純かつ美味しい。送還を報告すれば報酬が入り、今回のように依頼人の管轄外の人物が相手の場合は本体の情報を提供すればさらに増額される。
 後を絶たない帰還切望者たちからは感謝されるし、彼らのカードも現金も残らず引き継げば意外といい稼ぎになる。おまけに、現実世界での人探しや救出依頼とも重なることは稀ではなく、こちら方面でも随分と稼げる。というか、きっかけとなった最初の依頼もこの手の内容だった。上手くやれば、人ひとりをどうこうするだけで何重にも報酬が受け取れる。
 確かに長期的な仕事の上に手間も掛かるが、性には合っているので苦痛ではない。このゲームワールドも慣れたらなかなか生きやすい場所だから正直なところ今の気分はすこぶるいい。競合相手がいない分、自由に動けて稼げて……最高だ。

「ああ、ついでにあのPKたちも報告に含めちゃおうかな」

 PKが狙うのは基本的に弱者なので、氏が期待している"クリアを狙える"レベルの猛者たちにはさほどの害はないだろう。だが、弱者の送還を生業にする私にとってはある意味で商売敵だ。出来るだけ排除したい存在である。

 なにより許せないのが、奴らは大体の場合において対象を殺すだけだというところだ。ショップに預けてあるお金やレアカードが消滅することなんて気にもしていない。奴らにふいにされた"私の物になる筈だった"財産と、彼らを排除することによって発生する"私の物になるであろう"未来への期待を考えると、到底無視できない存在だ。

 けれど、排除したいと思った所でそうそう上手くもいかないわけで。
 この場合でなにより問題なのは、そもそも私が奴ら相手に圧勝できるような実力を持ち合わせていないというところである。

 しかし、私はやはりここでも"幸運"だった。
 自力で敵わないのなら誰かに排除してもらえばいいじゃない、と閃いたのだ。つまり魅力的な餌を垂らして釣り上げるまでが私の仕事で、あとは高みの見物に徹して美味しいご飯が出来上がるのを待てばいい。本当にゲンスルーが居てくれてよかった。万一あの外道に蹴られても、お人好しのニッケスさんあたりに泣きつけばいいだろうと気楽に考えていたけれど……ゼロ距離で触れた圧倒的な暴力による完璧な制圧は予想以上に魅力的で、正直かなり興奮した。臨時収入を全部渡しても十分元が取れたくらいには手応えがあった。あそこまで期待通りに動いてくれるとは思わなかったからとてもとても感動したし、せっかくなのでこれっきりにせず怪しまれない程度に使い続けたい。


  ***


 ひととおり纏め終わって、ついでに次の案件に当たりもつけた。ううんと唸って硬くなった肩を伸ばすと夜の空気が肺へと落ちる。いくつかの小規模な町と一面に広がる大自然のみで形成されたこの世界はある意味なんでもあるがある意味なんにもない。満天の星空も澄んだ空気も一時のフィクションとしてなら歓迎だが、ずっとそればかりでは飽きてしまう。まして、一生ここから出られないなんて考えただけで死にたくなる。

 実のところ、あまり期待されていないことには早々に気づいていた。というかこの仕事自体がそもそも優先度が低い。依頼人様が求めているものはあくまでクリアとそれによって得られる奇跡なのだから当たり前である。
 けれどバッテラ氏がそこらの"金持ちの依頼人"以上に素晴らしい点は、どうでもいい仕事内容だからといって支払いを渋ったりはしないところだ。極端な話、詳細を省いて「今月は二人帰還成功です」とか伝えるだけでそれなりの額が振り込まれる。実際に師匠も担当者への口頭報告だけで済ませていた。
 じゃあ今はなぜこんな面倒な資料を揃えているのかとなると、まあ、それはそれ。提示される報酬という名の信頼に応えようとする私の実直さと言っておこう。ああ、親愛なるバッテラ様と担当部署の皆様、好条件での契約更新ありがとうございます。ぜひこのまま気持ちよく、少しでも長く多くお金を落としてください。

 とまあ、このとおり帰還に関しては杜撰とも言える放任ぶりだけれど、ソフトが絡むと事情ががらりと変わってくる。昼間の彼のことを担当者に伝えれば、きっと大陸中のどこだろうと三日と置かずに氏の使いが動くだろう。彼と彼の友人分となると私的にも結構な実績だ。振込額を想像するだけで胸が高鳴る。

「さあ、いつ帰ろうかな。あー……一応ゲンスルーにも言っといた方がいいだろうしなぁ。でもこのタイミングで帰るって言って、それで変に勘ぐられても面倒だしなぁ……」

 プライドの高い男だから、便利に使われたことが知れたら今度こそ見限られるだろう。殺す勢いで来られるとさすがに太刀打ちできない。お金は大事だけれど、この命と身体はもっと大事だ。それに、まあ、有り得ないとは思うが、万一にも……拗ねられたりなどしては非常にやり辛い。でも、所有者くんの気が変わる前に報告しないと意味がない。
 さて、どうしたものかな。



(2014.01.25)
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