■ 彼女の趣味

「おやエルネスタ、ビクトールたちなら奥だよ」
「えーっとね今日はなまえさんに伝言があるんだけど……ああ、いるみたいだね」
 昼間の酒場で熊と青いのと馬鹿騒ぎをしていたら、若き盟主殿がわざわざ伝令役として現れた。
 まったく、リーダーをこんな気軽に走らせるとは何を考えているのだろうねぇここの軍師殿ときたら。まあ、この子の可愛い顔が見れて私としては役得なんだけれども。


  ***

 コンコンコンッ

 ノックは軽快に高らかに弾みをつけて、あえての三回だ。
 城も寝静まろうかというこんな時間にこんな不躾なノックをするのは、もちろんただの嫌がらせである。なぜ、そんなことをするのかと言えば……特に理由はない。ただ、性分なのだ。
「……誰だ」
「なまえです。シュウ殿がお呼びだと伺いましたので……」
 せいぜい慇懃に聞こえるように声色を落としての名乗りは、もちろん無礼も兼ね揃えている。繰り返すがこれが性分なのだ。

 ややあって、扉が開かれた。ランプの光が照らし出すものは、期待通りの表情を浮かべた軍師殿である。ただ、多忙で有能な軍師殿なだけあってまだまだ寝る気はないらしく、寝巻き姿を拝むことが出来なかったのがほんの少しつまらないと言えばつまらない。
「これはこれは、なまえ殿。エルネスタからは昼に会ったと聞いていたが?」
「ええ。後で部屋に来るようにとのことでしたので、てっきり夜伽かと思いまして……って冗談ですよ。そんなに睨まないで下さいよ。ただ、誰も通りがかりもしない時間まで、と待っていたらこんな時間になってしまいまして」
 当然ながら納得はしていない様子だけれど、「入れ」と短い一言が投げられた。相変わらず、非常に不愉快そうで面白い。


 溜息一つを吐き出して、軍師は静かに目を閉じた。
 何も言わず、何も聞かず。どれくらい経っただろう、というほど実際には時間は経っていないのだけれど、息苦しさすら感じる時間の果てにやがて向けられた視線の鋭いことといったら。ああ、最高だ。ぞくぞくする。

「簡潔に問おう。なまえ・苗字、お前は何だ。何を目的にここにいる」

 正直もっと早く聞かれると思っていたんですけどねーと軽く返すと、「答えろ」と冷たい命令だけが飛んできた。それでも懲りずに軽く「はいはい」と肩を竦めると、今度もきちんと癪に触ったようでぎろりと睨み付けられる。

「でも、軍師様の優秀な部下たちから、ある程度は報告を受けていらっしゃるんでしょう?」
「ふん。やはり気が付いていたか。ならば、成果が表れていないことも承知だろう」
「ええ。でしたらつまりは……そういうことなんじゃないですか? 何も問題がなく、突出したところもない、盟主殿に傾倒した一人の新参者ってやつですよ」

 ああもう、我ながら……自分で言って笑い出したくなるくらいに嘘くさい。なぜこうも不要にことを荒立てるのかと問われれば、それは「趣味だから」としか答えようがない。まことに悪趣味なことではあるが、この手の聡明な青年をからかうのは非常に楽しいのだからやめられない。実のところ、このシュウという男は無愛想と呆れられることも多い軍師ではあるが、軍師なだけあって馬鹿や愚か者ではない。変わらない表情も心を読ませない振る舞いも全て軍師としての優秀さに由来する。そんな彼がこうも容易く顔を歪めてくれることが、私には楽しく思えて仕方ないのだ。ついつい、こうして遊んでやりたくなる。


  ***


「すいません。もう止めます。ちゃんとします」
 その後も悪趣味を重ねた続けたところ、軍師殿の視線もそれに合わせてぐんぐんと鋭さを増した。いやあ、軍師殿がここまで付き合いのいい男だとはさすがに気がつかなかった。ついついやり過ぎのラインを飛び越えてしまい、そして、立てかけられた剣にいよいよその手が伸ばされ……という段階になりさすがの私も観念することにした。そろそろ飽きたとも言う。
「シエラ様とジーンさんの知り合いってだけじゃ、だめなのかしら」
 見たところ、この城には本当にただの成り行きで参加しているような人も多いみたいだし。
 生きる為に選んだ者もいれば、気紛れのようにやってきた者もいる。それらが共に戦うこの軍では、理由自体はそこまで重要視されないと認識していたのだけれど違ったのだろうか。
「ところが、あの二人もお前に対しては中身のあることを話さないからな。そのくせ、探らせても『何も不自然なところはない』という報告しか来ない。あの二人の知り合いなのに、だ。それこそ不自然極まりないだろう?」
 あー、まあ、そんな風に尋ねたら彼女達はそうするだろう。納得の展開だ。あの二人に、他人のこと……特に私のことをベラベラと話すような口の軽さはないだろうけど、うまい具合に取り繕ってくれるような気の利かせ方は望めない。あれ、けれど、ちょっと待って。軍師殿のその理屈でいくと『あの二人の知り合いだと問題があって当然』って言っているように聞こえるんだけど……?
「当たりを付けて吸血鬼の仲間かと聞いたら、似て非なる者だとだけ言われてな。まあ、お前は何だとは聞いてみたが、実際この城を見ればわかるだろう。今更、加わった者が人であろうが人外であろうがそれ自身はさほど問題ではない。問題なのは、お前がエルネスタに……我らにとって、敵となるか味方となるかだ」

 …………うーん、真剣に見つめられるとわくわくしちゃう。
 胸は高鳴るけれど、さてさてどう行動したものだろう。さすがにこれ以上、無闇矢鱈に不謹慎な振舞いを重ねても面倒なことになるだけだろうし、引き際も肝心か。そうだね、それがいい。多少は真剣さも出していこうか。
「訳ありってことに了承してもらえるなら、話は早いのだけれど……まあ、お察しの通り私もれっきとした『人外』なのでね。正直今回の戦に関してだって、よくあることだと思うしさ。国がどうとか、国境の変動がどうとかは、別にそんなに重要じゃないのよ」
 人間の国なんてだいたいいつもそんなことを繰り返している。統合したり崩壊したり、どうせ数十年も経ったら別物にしちゃうくせに。
「だから、ただもっと、ずっと単純に。私は私の喜怒哀楽に則って行動するの。このあたりは、わかるでしょ? その点ここは魅力的よね。盟主は可愛いし、ご飯は美味しいし、素敵な人間が多いし、"おなか"も満たされそうだから気に入ってるの。でもって、わざわざ選んで居るからには、せめて宿代分は役に立とうかなーと思っただけよ。ここ最近は暇してたってこともあったし」
 一息に話してシュウを見る。いつの間にか二つの瞳には険の代わりに困惑が宿っていた。


「ふむ。結局、わかったようなわからないような話だな」
 むう。まあ、煙に巻いた感は否めない。
 けれど、政治的な狙いも無く、あくまで成り行き任せで行き当たりばったりなのが私だ。こんな人外に"好奇心"以上にぴったりと嵌まる理由を求められても正直困る。ちなみに、今までの経歴やシエラ様とのあれこれまで全て洗いざらい話して、仲間にして下さいと膝を折るようなつもりなどは毛頭ない。
「ま、私の気が向いているうちは、取るに足りない駒として使ってくださって結構ですよってことね。安心していいわよ、当分気が変わる予定は無いから。ああ……ただ、上手く使ってくれないと我儘は言うけどね」
 笑いかけると、眉をしかめられた。
「このままこの城に居ても良いとは、告げていない筈だが?」
「ふふん、盟主殿は居てもいいって言ったもの」
 その辺りは抜かりない。おまけに近日中に部屋まで用意してくれるそうだから、本当に盟主殿は愛らしい。そしてこの軍師殿にとってはリーダーの意向にわざわざ異を唱えなければならない程に、盟主と軍師の諍いの元にしなければならない程に、私の存在は重要ではない筈だ。
 はあ……とまた一つ大きな溜息が聞こえる。溜息で幸運が逃げるという言葉を知らないのかいと言ってやりたいのを我慢して、次の言葉を待つ。

「あまりうちのリーダーを誑かさないでいただきたいものだが」
「まあ、誑かすとは失礼な言い方ね」

 けれど、そうね、だったら──

「だったらシュウ、軍師である貴方が……自ら私を誑かせばいいわ。上手く誑かせたら、とっておきの懐刀になってあげる……かもね」

 言うだけ言って、今度こそ私は扉へと足を踏み出した。
 後に残されるのは、今度こそ声も出せないであろう、軍師様。

 さて、明日も楽しくなりそうだ。



(2013)
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