■ 彼女の秘密

 ふんふんふーん♪

 陽気な鼻歌で向かうはシエラ様のお部屋である。
 こんなに時間に?なんて心配は無用だ。なんといっても相手は夜の住人。こんな時間でも追い返されることはない。

「むう、なんじゃ。わらわは眠いのじゃ」
 ……あれ。ちょっと待って下さい、シエラ様ってばおちゃめな冗談を!
 月の紋章が戻った今、気だるさ解消ですっかり調子も万全だったはずなのでは…!?
「やれやれ、ここに慣れてしまっての。今ではすっかり夜は"眠る時間"になったのじゃ」
「ええぇぇぇ、寂しいですよぉ話しましょうよぉ話し聞いて下さいよぉぉぉ」
「五月蠅いのう。……まあよい。慈悲に満ちたわらわがお前の相手をしてやろうかえ」
 盛り上がった気分を握りしめながら畳み掛けると、やや鬱陶しそうにしながらも結局は招き入れてくれるから、シエラ様ってば本当に素敵だ。


「で、なんぞがあったのかえ」
 特に興味もなさそうに、けれどもちゃんと付き合って下さるシエラ様。
「えへへー。実はさっきシュウさんに呼び出されましてですね」
「ほう。こんな時間におんしなんぞを呼び込むとは。あれもなかなか……男ということかのう……」
「いやあ、まあどちらかと言うと私が押しかけただけなのですが」

「やれやれ、あやつに同情を禁じ得ぬのう」

 シュウとのやり取りを聞き終えたシエラ様の第一声がこれである。
「まさか……此度の狙いはあやつとは。全くおんしの好みはわからぬ。確かに見目はそれなりに良いがのう。どうせならもっと、こう……おんしに喰らわれても保つような、精気滾る者にすればよいものを……」
「とか言いつつ、シエラさまだってクラウスくんがお気に入りじゃないですかー」
 あの子だって血気盛んなようには到底思えない。実際、もっと精気も血も余っているような人間はここには沢山居るのに。
「ふん。わらわは、おんしのように精を吸いはせぬからな」
 愛でるだけじゃ、とシエラ様に開き直られてしまえば私にはもう左様ですかとしか返せない。あーあ、目を付けられたクラウスくんも大変だろうなぁ。

  ***

 ワインを空けつつぐだぐだと話すうちに、気が付けば夜も明けようという時間になっていた。礼を言って立ち上がり、そのまま部屋を後にしようとして、私はふと、扉の前で足を止める。

「ねえシエラさまー」
「なんじゃ」
「……ここって、いいところですねー」
「……そうじゃのぅ」

 振り向かなくても、シエラ様がどんな顔をしているかは想像がつく。
 それはとても柔らかで、愛に満ちた、始祖様の顔。かつて、愛しい子どもたちに囲まれて暮らしていた、あの小さく優しい里での彼女の顔。


 さて。城が賑やかになるまであと数時間。
 今日は何をしようかな。



(2013)
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