■ み(見つめないでください)

 人類でもなく、異界存在でもなく。
 道を行き交う人々の誰とも異なる姿形を憂い、溜息を吐くような……そんな自身の孤独を憐れみ慈しむような未熟な心は、今の僕には無い。無いと言い切れる。
 けれど今こうして街角のショーウインドウに映り込むのは僕という異形ともう一人で、こんな瞬間に覚える感情をなんと呼んでいいのか、それが僕にはわからない。新作を身に付け立つマネキンを見つめて「可愛い!」と歓声を上げるなまえさんに、僕はいつもと同じトーンで返せているだろうか。彼女から見て、変な表情をしていないだろうか。"ナマエ"さんの手を取ることに決めたのは他ならぬ自分の筈なのに、こうして何かに付け違いを自覚しては、一人気後れする自分自身が嫌で仕方がない。

 人と違うこと自体は、今更嘆くものではないことだ。
 口さがない人々の声だって、聞かないふりが出来る。

 けれど、愛おしいと思った存在と自分が遠いものであることを思い知らされる苦痛には、未だ慣れることが出来ない。
 例えば……すべすべと柔らかく暖かい肌を持つ人類女性には、この指先を飾る硬く分厚い爪は凶器でしかないだろう。

 勿論、なまえさんは優しい人だからそんな事は一言も口にはしない。ごく普通の恋人たちが腕を組み肌を密着させて歩くことが、腕から伸びるこの奇怪な鰭の為に出来ないと気付いた時だって「じゃあ私たちのベストポジションを見付けないとだね」と(何故か)照れたように笑ってくれた。絡められた指に同じ深さを返せない僕に顔をしかめることもなく、邪魔でしかないであろう水掻きを愛おしげに撫でてくれた。どちらの世界にも馴染めないこの存在がやがて彼女を傷付けるだろうとも予感しながら、それでも惹かれる心を抑えきれず手を伸ばしてしまったことを、責めないどころか……聖女のような眼差しで受け入れてくれるのだ。そう、彼女はいつだって、僕が僕であることを責めない。道行く人類たちと明らかに違う姿をしながら、典型的な人類であるなまえさんの横で恋人然と振る舞う姿は、この街に在っても奇妙に映らないわけがないだろうに。

 この身体を飾る硬く鋭い出っ張りが、彼女のお気に入りだったという服のレースを不意に引っ掛け……一瞬で駄目にした時でさえ。



(2015.07.19)
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