■ 終幕 パターンB

「……やられた。っていうか、何よあの恩知らず共が!」


 気が済むまで泣かせようと連れてきたら、寝ているうちに消えていた。


 寝息すら聞こえない妙に静かな階下にまさかと思って向かってみたら、誰の姿もなかった。嫌な予感をびしびし感じながらバインダーを確認すれば案の定だ。ああ、この予感は当たらないで欲しかったのに。三人の名前は揃いも揃って暗く沈んでいるじゃないか。
 その時の衝撃と、呑気に構えていた昨夜の自分への憤りと後悔と不愉快さといったら筆舌に尽くし難い。なにせ相手はあの仲良し三人組だ。こうなる展開は充分予想できた筈だった。ああ、対応できなかった自分が憎い。
 この状態でのせめてもの"幸運"は、状況的に《離脱》使用だということか。彼らがバッテラ氏が用意したという例の拠点に出たのなら、大陸中をあてもなく探すよりもずっと勝機が見えている。問題点を挙げるとするならば、困ったことに当然ながら私のハードはそこにはないし、っていうか拠点の場所も地域どころかどの国かすらも私は知らないということだ。この件についてあの依頼人は手広くやりすぎていたし、ゲームの希少性からしても極めて重要度の高い秘密だったのだから現実に帰ったところで目星をつけるのは一苦労だろう。

 同じ依頼人に雇われていたとはいえ、一番上が同じというだけでそもそも私と彼らは別の筋で雇用されたのだから現実での距離はこんなものである。この範囲・人口共に区切られた箱庭とは違い、現実世界であの三人を探すのはなかなかすんなりとはいかないだろう。だが……幸いなことに、それでも手段がないわけではない。そして、その手段を私は既に持っていた。

「……あーもう、腹立つ。絶対見つけ出してやる」

 せめて別れの言葉くらいかけて去りなさいよ。っていうか、こんないい女を放って出て行くとか馬鹿じゃないのか。あんなに抱いておいてなんですかこの仕打ちは。特にゲンスルー、あんたはとっとと私に落ちなさいよ。ったく、慰めついでに一気に畳みかけるつもりだったのに。
 ぶつぶつと呟きながらも、手は止めない。
 帰還ついでに報告出来るよう、優先度が低いながらも一応継続中の依頼と、仕事に繋がりそうな情報を何個か纏めて頭に叩き込みながら身支度を整える。
 ああそうだ。一応、絶対ないとは思うけど念の為に走り書きも残しておこう。ひょっとしたら戻って来るかもしれないし。ああもう本当にこんな状況でも気が利き過ぎて自分が嫌になりそうだ。私が男だったらこんないい女は絶対手放さない。大事にする。全財産捧げて崇め奉る。嘘だけど。


 しかし、それでも。こんな状態でも私が誇る"幸運"は、未だ私を見離してはいない。
「《交信》使用!ビスケット=クルーガー!」
 例えばそう、彼女がまだここに居ることとか。
「ビスケさん、すみません。ちょっとご協力願いたいのですが──」
 なにせ、つい昨日惚気たばかりだ。その舌も乾かぬ内の苦々しい惨状を伝えると、憐みたっぷりの声が返ってきた。さらに子供たちからの励ましの声も背後に聞こえ……ああ、屈辱だ。
 しかし、それでも、目的だったバッテラ氏の拠点の場所と最寄りの港の位置に加え、ツェズゲラ氏の番号とホームコードまでも得られたので恥をかいた分の収穫は得られたといえるだろう。

 あとは、面識もない、しかもかなり格下のハンターである私からの発信に、あの星付きハンター様が快く応じてくださることを願うことにしよう。


  ***


 そんなこんなで、出来る限り迅速に行動を開始したはずが、結局王手をかけるまでには数週間を要することになった。つまりは、肝心のバッテラ氏への嘆願が叶うまでの交渉期間が問題だったのである。

 成り行きで引き継いだとはいえ、私とて正式な契約により氏に雇われていた身だ。が、そう言って連絡してもまず中核に繋がらない。違約金の交渉担当者として末端が出て来るものの、幾ら説明しようともその上司の上司くらいで止まってしまうのだ。

 そこから氏どころか幹部クラスにも一向に繋がらない上に、他の雇われプレイヤーの情報も一切出せませんと門前払いである。っていうか、そもそもあんたたちの情報開示も受けながら、ああして帰還者を増やして空席を増やすなんて仕事をこなしてきたはずなのに。ちょっと幾らなんでも、この対応は今更すぎるだろう。いや、そもそも、いつのまにか私のところの担当部署が解散していたのがなにより不便で……。あの人たちに繋がったら早かったのに……。


 だがしかし!
 勿論、そんなこんなで遅々として進展のない窓口と並行して、コネに頼ることも忘れはしなかった。

 一瞬期待したものの、ちゃらんぽらんが座右の銘になりつつあるような師匠は、やはりさっぱり当てにはならなかった。というわけで、頼るは他だ。これも悲しいことにやはりというか……入れ続けた着信を清々しい程の勢いで黙殺して下さっていたツェズゲラ御大に対してホームコードとビスケさんからの直接連絡という二段構えでなんとか連絡が付いたのが五日前。
 山吹色の饅頭を高く掲げ、辞を低く低くして頼み込んだ末にどうにかバッテラ氏まではなしを通してもらい、例外として便宜を計らっていただけることになったのがつい昨日。
 その足で古城へ赴き、あらかたの帰還が済み閑散としたゲーム部屋で管理者立会いの下ゲンスルーのメモリーカードがないこと等の幾つかのことを確認し、最終の列車に飛び乗りこの街に着いたのが今日の早朝。

 結構時間はかかってしまったものの、これでも、可能な限りに急いだのだ。


 そして、今。

 真上に昇った太陽の下、私が尾行しているのは追い求めた三人組だ。
 いや、まあ、実は電脳ページのおかげで数日前にはそれらしき三人組の居所そのものは判明していたのだ。……けれどもここはあのゲームの世界とは違うのだから。今更なんの前触れもないまま、ふらりとこの身一つで出て行ってなにをしに来たのだと困惑されても分が悪い。

 追い求めているのは確かに私なのだけれど、追いかけられていると自覚されては勝利条件から大きく逸れてしまう。

 ここに至るまでに入念な準備を重ねてきた。バッテラ氏への連絡と並行しながら、せこせこと情報を仕入れて再会にふさわしい効果的な瞬間を虎視眈々と仕組んできた私の本気を甘く見ないでいただきたい。

 最後の確認まで念入りに、失敗のないように……。

 早朝からの尾行にも彼らは気が付いていない。
 露店の鏡を覗き込めば、寝不足など感じさせない程に血色がよく、服も髪も化粧も絶好調の淑女が映っている。臨戦態勢としては充分。コンディションは極めて優秀。総じて言えば上出来だ。
 再会の台詞に表情、その後のやり取り、加えてこの町に居ることが不自然でない状況までも、全て用意は出来ている。後は、この道の先の眼鏡店に入った彼らが出て来るタイミングを狙い、それとなくすれ違い、驚いた顔で振り向けばいい……。


 さあ、覚悟なさいゲンスルー。





■おまけ ある日の通話■

『ちょっとナマエ。ハンター板に『恩人を探しています』ってバレバレの嘘広告だしたのあんたでしょ』
「金に糸目さえつけなければ手っ取り早くていい方法ですからね。実際、いかにも訳アリで自分の手でけり付けたがってる感じが滲んでて好感触でした」
『あたしやツェズゲラへの借りといい、彼方此方でこんなに散財してるなんて、守銭奴が売りのあんたにしちゃ珍しいじゃないのさ。……本当に、あの男のどこがそんなにいいわけ?』
「……逃がしてあげるのと、逃げられるのは天と地ほどの差ですもん。振るならまだしも、振られるなんて沽券に関わるじゃないですかぁ」
『ふふっ、まあ、わからないでもないけどねぇ。意地っ張りなのは相変わらずだわさ。……にしても、あんたって本当に……いや、つくづく難儀な奴だわねぇ』
「まあ、その話はいいじゃないですか。って、あぁ、笑わないで下さいよ! ……で、ですね、ビスケさんは『二周目』って興味あります?」
『あー、アレね。……うーん、今のところ、暫くはいいかなぁとは思ってるのよ。プラネちゃんみたいな素敵な宝石があるかもわかんないし。それに、あの手のゲームに第一陣で参加しても、手探り過ぎていいことがあるとは思えないんだわさ』
「おー。ビスケさんってばゲームのコツをよくご存知で。まあ、そうですよね。カードもほとんど変わっちゃうみたいですし、ノウハウもまた一から積み上げないとですもんねー」
『そうそう。割に合わないわさ。で? そう言うあんたの方は?』
「あの人たちがやるなら、混じろうかなぁとは思っていますよ。あと、状況次第ではまた人探しとか帰還依頼で稼げたらなーとも思っていたりなんて」
『へぇ……あんたも相当に、もの好きだわねぇ』
「えへへ。実は、バッテラさんからの報酬として、うちにあるソフトとかそのまま貰えることになったんですよ」
『はぁ!? そんな交渉ありなわけ!? あたしたちでさえ、四人で四十億よ!?』
「え……いや、確かにびっくりして欲しかったんですけど、そこまで驚かれると正直困るっていうか。ほら、私は一応ずっとやってましたし……あはは。ま、そういうことなんで、気が向いたらビスケさんも、うちから入って下さい。──ってわけで、この情報と条件で、今回のご迷惑全般チャラになります?」
『……本当に、あんたって妙に要領良いっていうか、目聡いっていうか、そういうとこはアイツの弟子なだけあるわよね。ま、いいわさ。今回は特別にそれで貸し分チャラにしてあげようじゃないの』



(2014.01.27)
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