■ 終幕 パターンA

 おはよう。
 テーブルに伏せる三人に声をかければ、男たちはゆっくりと身体を起こした。
 続けて各々、休むには無理のある姿勢により痛めた肩や首を動かし、痛ててと唇を歪めて凝りをほぐし始める。客間なんていう余分なものは存在しない家なので、こうなる結果は昨夜の時点で予想済みだ。

 私だって一応、疲れた心と肉体の休息には大きなベッドこそが相応しいと思っている。例えば四人でも遊べてしまうほどの特大ベッドがある"いつもの部屋"だとか。それを敢えてこちらに連れて来たというのは当然狙いがあってのことだった。慣れた部屋で慣れた女を相手にしていてはただの逃避になってしまう。
 不安や衝撃や悲しみを安易に性欲に転化されても面倒だから……などという身も蓋もない腹積もりは口が裂けても当人たちには言えないが、純粋にこの夜を三人だけにしてあげたかったのも本当だ。それにきっと、どうしたって私は彼らの一員ではないから。私というお邪魔が混ざっていては、この人たちは泣けない。

 遅めの朝食を取りながら、昨日より幾分か気力を取り戻した男たちからの言葉を待つ。

「……終わっちまったんだよな」
「情けねぇよな。あんだけやって、結局負けちまった」
「なまえにも、本当に色々……。すまなかったな……」

 やっぱり一夜くらいでは足りなかったか。繰り返される溜息に乗せて、次から次から後ろ向きな言葉が溢れて零れて滲みをつけていく。
 ああ、ねえちょっとサブ、気遣いは確かに嬉しいけど別に私のことまで気にしなくていいから。すまなかったなんて言わないで。そんな顔で首を落とさないで。このなまえさんが今あなた達に求めているのは、そういう態度ではないのですよ。

「で、この後どうするかってことですけれど、その分だとまだ決まってないでしょう?」

 ゲンスルーがこくりと頷いた。裸眼に加えその仕草とあっては、なんだか普段より幼く見える。くそ、可愛いな。押し倒した……いや、我慢我慢。沈まれ衝動。今はそういう流れじゃない。

「はーい、じゃあスペシャルな情報を提供したいと思うのですが、よろしいですかな? そうですねぇ、見返りは各々に貸し二つってことでいかがかでしょうか。お得ですよ」
「つーか、お前がそう言う時って拒否権ねーだろ。オレらが断ってもお構いなしで捲し立てては情報料だなんだとせびるんだからよォ」

 過ごす月日の中ですっかり定番となった私の口上にバラがやっと笑った。苦笑混じりのサブからも聞かせてくれと声がかかった。最後にゲンスルーはと覗き込めば、言葉の代わりに視線で答えてくれる。ああもう、妙に素直で可愛いな。

 さあ始めましょう、スペシャルな情報は二つですよ。
 一つ目は、バッテラ氏の依頼取り消しについてと、違約金については各自交渉の余地が残されていること。ちなみに私の件は依頼の早期終了という形だと帰還時に確認済みである。
 二つ目は、クリア者の出たG.Iは数日間のメンテナンスの後に再始動するのだという"二周目"の存在。加えて、イベントやカードの変更もあるらしいということ。特にこちらに関してはまだ公式発表がされていない分不確定だけれど"支配者"であるゲームマスターから直々に語られたとあれば実装の可能性はかなり高い。
 
 それぞれ情報元は私自身とビスケさんという、実のところ《交信》以外の手間はかかっていないというタダ同然の情報なのだけれど、その威力は強烈だ。
 聞き終えた彼らにはまたまた沈黙が訪れる。けれど重苦しいほどの辛気臭さは薄れている。やがてうーんと唸ってサブが口を開いた。

「つまり、違約金のはなしをするには早めに帰ったほうが良いってことだよな」
「ああ……。放っておくと他の奴らが殺到するだろうからな。後になればなるほど金払いも悪くなるだろう。それに、このままここに居てもなぁ。リスタートと洒落込むにはオレたちは分が悪すぎる」

 ゲンスルーは己の手を見て溜息を吐く。何を言いたいのかはわざわざ確認するまでもない。今回の一件で悪名高い"爆弾魔"が彼らだとかなりのプレイヤーの知るところとなったし、不意討ちで効力を発揮する武器はネタが知られたら終わりだ。彼らが"爆弾魔"として活動するために用意した手法は効果的に使う為の舞台装置が欠かせない。この世界でプレイを続けるには、必然的に戦略自体に大きな転換が必要となる。

「そうですか。じゃあ、お気を付けて。ここだけのはなしバッテラさんの方は言ったもん勝ちみたいなところがあるから、他に証言が集まらない内に吹っ掛けないと損ですよ。ま、交渉はお得意だろうけど」

 現実への帰還を決めた彼らにおせっかいながらも最後のアドバイスを告げたならば、ゆっくりと顔を上げたゲンスルーがぱちぱちと瞬いた。薄い瞼が動くたびに短い睫毛が静かに揺れる。

「お前は、その……どうするつもりだ」
「うん? まあ私もあなた達と似たような感じかなーと。一応、まだ契約終了の手続きも残っているし。うーん、あとこっちは円満解雇でない分、多少の交渉も必要かなぁ」

 とぼけた答えを返すとゲンスルーがじれったそうに視線を彷徨わせる。さあ、言いたいことがあるのなら遠慮なく言うがいいさ。

「そうか。……って、そうじゃなくてだな」
「なまえさえよければ、向こうでも連絡取り合わないか?」

 柄にもなく歯切れの悪いことしか言えない友人を見かね、意外な早さでサブが助け舟を出してきた。ああもう、言わせたかったのに惜しいなぁ。

「え、当然じゃないですか。この情報の貸しも返して貰わないと……って、ああ、そっか。そういえば、連絡先の交換って今までしてこなかったですもんね。危ない危ない。ここならカードさえあれば事足りましたし……えーっとですね、私の番号は」

 狙い通りの展開に内心ほくそ笑みながら、さりげなくスタンバイしておいた棚のメモ帳を千切り、番号を書き写す。
「せっかくだし三人のもこっちにお願いしますね。って、まあ、書いてはみたものの、このメモも持ち出せるかはわからないし、結局は記憶しなきゃなんだけど。まあ、もし忘れちゃったらそれまででいいですよ。これでも記憶力だけは自信あるんで、ちゃーんと覚えてこちらから連絡しますから」

 三人分の番号が書かれたメモを受け取り、ついでを装ってゲーム機の場所や、最寄りの港や彼らの居住地区まで話題を広げていく。そして……頃合いを見計らって、さりげなく。極々自然な流れのまま、ある提案を持ち掛けた。

「──あ、滞在しながら交渉するんだったら、私もそっちの町に行こうかなぁ。ほら、私のとこから飛行船使ったらすぐだし。こっちとしても窓口経由とはいえ電話よりも出向いて直接のが早くて確実そうなので」

 昨夜のうちに考えていた段取りをさも今思いついたように告げる私を疑うものはいない。
 もっとも、普段のゲンスルーが相手ならちょっと危ういラインだけれど。


  ***


「おう。じゃあ先に出てるから、町で落ち合おうぜ」
「旨い店があるから、連れてってやるよ」

 サブとバラの申し出に笑顔で了解を告げ、一人微妙な間合いで立つのゲンスルーの手を取る。そして、出来る限りにさりげなく、でもちゃんと意味深にも感じられるように、握る。がっついてはいけないが、意識されないのはもっとまずい。この力加減がなかなか難しいのだ。

「じゃあ、また、近いうちに」

 視線を合わせて言い含めると、ようやくその瞳がこちらを向く……が、うーん。やっぱり違和感が拭えない。いつもの鋭さが皆無だ。どうか、次に合う時は私の気に入った彼であるといいんだけれど。
 身勝手な思いを秘めながら、そうっと手を伸ばす。避けられないのをいいことに柔らかな髪に触れ、するりとこめかみを撫でてみる。

「とりあえず、ゲンスルーは早くメガネを作ってもらわなきゃ、ね」

 これはこれで可愛くて好きだけれど、やっぱり見慣れない分しっくりこない。

「ああ。まあ、そうだな。……つーか、お前って本当にあのメガネが好きだよなぁ……」
「あらー。だってあんなフレームがこれほど似合う人なんてなかなかお目に掛かれないですもん。ああ、本当に、失くしちゃったのは勿体ないですよねぇ」

 次もあのフレームにしたらいいと思うわ、なんてくすくすと笑いながら、彼らを玄関へと──現実へと、送り出す。

「私はもうちょっと整理してから戻ります。……じゃあね、また。お気を付けて」
「おう、早く来いよ」
「なまえも気ぃつけてな」
「……ありがとな」
「こちらこそ、ありがとうございました。なんだかんだで、おかげさまで色々楽しかったですし」

 同時に唱えられた《離脱》によって掻き消えた彼らを見送って、私は一旦家の中へと戻る。



 さて、とりあえずこの建物はそのままでいいとして、持って帰る情報だけはさっさと頭に入れなければ。
 積み上げた書類から該当のものを探し出して、上から順に目を通していく。行方不明者一覧に、死亡者一覧に、この中で見かけた犯罪者についてと、それから色々。撤退を決めてから今までの間に優先度の高いものはほとんど持ち出したけれど、それでもまだ結構もろもろの書類が残っている。すぐに使わないとしても情報はどこで結びつくかわからない。せっかく集めたネタたちなのだからみすみす捨て置くのは勿体ない。
 そして、覚えた端から破棄していく。
 確率的にもシステム的にも、一般プレイヤーがこの家に立ち入る可能性は限りなく低いけれど、やはり念には念を入れたいものだ。

 さあ、さっさと済ましてさっさと帰ろう。
 そして、会いに行かなければ。

 どうせなら、そうだな。此処では滅多にしなかったような、綺麗目な格好でもして会いに行こうか。
 ゲームの中とは一風変わった私を演出して、驚いてもらって、惚れ直させて、より一層の興味と注目を向けて貰わなくては面白くない。

 気がつけば、あの日からもう二年以上が過ぎている。
 それでもまだまだ、飽きることがない。
 それどころか、なお、欲しくて欲しくて仕方がない。
 このまま逃がしてなんて、あげられない。

「待っていなさいな、ゲンスルー」

 集めるのも、掴むのも、捕えるのも、追うのも、面白いのも、大好き。
 こんなプロハンターになんて好かれたのが、貴方の運の尽きに違いない。


 そして、貴方に目を付けられたことこそが、私にとって最大の"幸運"だ。



(2014.01.27)
[ / 一覧 / ] 

top / 分岐 / 拍手