| ■ 男と女と一つのベッド 上 ここのところ野宿が続いていた。さすがにそろそろ柔らかなベッドで眠りたかった。 いや、多少固くてもいいから、狭い部屋でもいいから、とりあえずゆっくりとお風呂に入って、ベッドでぐっすりという贅沢がしたかった。 ……のだが、はて一体どういう事だろう。 割り当てられた部屋には、セミダブルとも言えないようなベッドが一つと、毛布が二組。 「じゃあ、俺は床で寝るから。お前は、遠慮なくそっちへ行け」 連れが顎で示すのは、どう見てもふかふかとは言い難いベッドである。 「いや、でもさ、ゼルもここんとこ休めてなかったじゃない。なんだかんだ言って、火の番だっていつも長くやってくれてたし。うん、絶対ゼルの方が寝不足だって」 「……別に、俺は今夜も野宿で構わなかったんだ。それを、お前の希望とお前の金で宿を取ったのだから……お前がそこで寝るべきだろう」 それを言われると、困ってしまう。まあ、実際、私のわがままだったのだ。 渋るゼルに駄々をこねて宿に泊まろうと街道沿いの町に入ったものの、たった一軒しかない宿は大変なものだった。結論から言えば、もともとそこまで大きくない建物の右半分は、無惨にも吹っ飛んでいたのだ。 なんでも、数日前に旅の魔道士が一悶着やらかしたらしい。誰かは知らないが、こんな町中で攻撃呪文をぶっ放すなど傍迷惑にも程がある。 キッチンと風呂と一部客室は使えるからこうして営業しているのだと、やたらテンション高く笑うおやじの顔にある、濃い隈が涙を誘った。しかし、本当に問題だったのはその客室だった。一番いい部屋を中心に爆発したので、開いているのは一人客用の狭い部屋ばかり。 しかも、あろうことか一部屋を除いてほぼ満室。最悪だ。……けれど、ここまで来て「じゃあ、やっぱり町の外で野宿にしよう」と戻るのも癪である。 ひっこみのつかなくなった私は、用舌先三寸で宿のおやじの同情を誘って、なんとか二人で一部屋、一人分の料金に負けて貰ったのだった。それにも関わらず、階段を上がる最中もずっと「俺は野宿でいい」と呟き続けるゼルガディスには何度眉間をひくつかせたことか。そんな男の首根っこを掴んで、せっかくのご厚意に甘えなきゃ損でしょうがと放り込んだのがこの部屋だった。 私の我侭によるものなのだから、当然ながらここの支払いも私持ちである。 そんな条件でも、こうして私が頑にゼルガディスを引き止めたのは、単純極まりない理由によるものだった。つまり……いくら図太さには定評のあるこの私だって、最低限の気遣いという常識は持ち合わせているわけだ。 いくら本人が平気だと言っても、連れを野外に放り出した上で自分一人だけぬくぬくとで寛げるほどに、傲岸不遜の極地には至れてはいない。 *** 「はーぁ、スッキリした! やっぱり、屋根付き風呂付きご飯付きっていうのはいいわねー」 「つーかお前、いくらなんでも羽を伸ばし過ぎじゃないのか。鼻歌がこっちの風呂にまで聞こえていたぞ。おまけに、長風呂し過ぎだろう……倒れているのかと思ったぞ」 先に部屋に戻っていたゼルからは、呆れ果てたと溜息付きの視線が向けられる。 「またまた。ゼルだってお風呂結構好きでしょうが。人目を避けたいとかなんとか言ってるのに、毎回お風呂だけはしっかり堪能してる癖にー」 特に、小屋を熱して楽しむサウナとか、風を感じながらの露天風呂がお気に入りなのだから意外である。青黒い肌を見られたくないと望むくせに、裸の空間が好きだなんて難儀な奴だ。 「さーて、ほかほかな内に寝ようかなぁ」 「はいはい。勝手にしてくれ」 適当な相づちを打ちながら、毛布を持って部屋の隅へと向かうゼルガディス。その姿を、私はじっと見つめる。 「……なんだ?」 「本当に、ベッドで寝なくていいの?」 「おいおい、しつこいぞ。まあ、なんだかんだ言ってみたものの、屋根のある場所で休めるだけで充分だ。お前のおかげだな。それに大体、ここで女を床で寝かせて自分がベッドを陣取るような真似、この俺がすると……ああ。なあ、お前、ひょっとして……」 悪戯を思いついたというように、その口元に意地の悪い笑みが浮かんだ。 「さてはお前、そんなに俺と寝たいのか」 にやにやと、露骨な視線が向けられる。 と言っても、それは本気でそう思っている類いのものではなく、からかいの意図を多分に含む視線である。 「そうかそうか、気が付かなくて悪かったな。まあ、据え膳食わぬはなんとやらと言うしなぁ……。お前がどうしてもと言うのなら、優しくしてやらんこともないが……」 意地悪く響くその声と、投げかけられる視線は、完全に冗談を冗談として楽しんでいる時のものだ。キレのいいつっこみか、もしくは慌てふためくような面白い反応を期待していることを隠しもしない。……けれど私だって、そうそう君の期待通りに反応するばかりではないのだよ。 狭い部屋だ。 三歩進めば、彼の前へと辿り着いてしまう。 立ったままのゼルガディスの真っ正面に立った私は、そのまま無言で少し高い所にある顔を見上げる。 「……おい、どうした?」 そんな私に投げかけられた声は、直前の意地の悪さなど微塵も無く、ただただ困惑を伝えてくる。私のこの予想外の反応に、「もしや怒らせてしまったか」と焦っているだろうことも、想像に難くない。 しかしながら、硬直する青年に視線を合わせてじっくり観察する余裕のある私に、そんな心配は無用の長物。 「……食べて、くれる?」 私で遊ぼうとした報いは、しっかり受けてもらわないとね。そう思いつつ、せいぜいあどけなく言ってみたならば……途端に、肩を掴まれててくるりと反転される。 ぱちりと瞬いた視線の先には、一瞬前まで背にしていた筈のベッド見える。 「ああもう、悪かった。俺の負けだ。すまない悪ふざけが過ぎた。頼むから、お前はベッドで寝てくれ」 後ろのゼルガディスがどんな顔をしているのかは、勿論全く見えないのだが、聞こえる声と掴まれた肩に感じる力だけで充分笑えるからよしとしよう。 思っていたよりも真剣に困っている反応に、もういいかなという気がしてくる。 ……でもやはり、もう少しだけ虐めてみよう。 「あれぇ、据え膳は食わないんじゃなかったっけ。それとも、あれかなぁ。私では対象にすらならない……ということかしらぁ?」 「……だから、俺が悪かったって……おい、お前わざとやってるだろう」 私の声に含まれる響きに気がついたゼルガディスの、ああようやく冗談が冗談になった、とでも言うようにあからさまに安堵する気配が鬱陶しい。せっかく治まりかけていた悪戯心に加えて、今度は苛立までもがむくむくと沸き上がる。 「言っちゃ悪いけど、そういう反応って結構気に障るんだけど。若い男と二人旅で、ここまで全くこれっぽっちも手を出されないって、それはそれで屈辱よね。水浴びだって覗きに来ないしさぁ」 「……前に、お前らの水浴びを覗いた奴がいたが……俺らが可哀想に思っちまうくらい、散々に痛めつけられていたよな」 あれを見て、まだそんなスケベ心を出せるわけが無いだろうがと、ゼルガディスがぼそりと呟いた。 「あ、ほら、あれはリナとアメリアが勢いついちゃって……。それに、まさかあんな大技まで使うなんて……って、あれはいいのよ。そう、正当防衛ってやつよ! 覗き野郎への報復を終えて初めて、乙女の自尊心ってやつは充足するのよ!」 なんの話をしているのかなんて、確かめなくてもわかっている。通りすがりの旅人が、かすかに聞こえる少女たちの笑い声につられて、ふらふら水辺にまでやって来てしまったのがまずかった。 正当防衛が駄目なら、不幸な事故と言い換えよう。あの件について突っ込まれると分が悪いのは明らかなので、無理やり話を終わらせる。 「で、それはそうと、よ。滞在先の領主には求婚され、盗賊にはかしずかれ、依頼人には別れを嘆かれ、時に竜族の視線すら集めるこの私が、隣を歩く『狂戦士』サマすら誑かせないわけを教えてくださいますかね? ゼルったって若い男なんだから、そういう欲求が無いとは言わせないわよ」 「お前なぁ……そういう発言がぽんぽんと出る辺り、あいつの影響を受け過ぎだぞ」 あいつというのは無論、先日まで一緒に旅をしていた……向かう所敵無しの自称"美少女天才魔道士"な彼女のことだ。もっとも、その卓越した魔術センスとキャパシティに関しては、実際のところ確かに"天才"の称号が相応しい人物ではあるのだが……。 「ただ……まあなぁ……。この際だから言うとだな、俺だって実際……お前の容姿が武器になる程のものなことも、わかっているさ。で、まあ、そんな極上品と旅をしてるっていう自覚も無いわけじゃ無いし、そんな相手に全く反応しないかというと……なぁ。ただ……手を出して気まずくなるような女には、最初から手を出さないことにしているんでな。その上お前相手じゃ、旅に支障が出るのも明らかだ……って、悪い。つられて喋り過ぎた。今のは聞かなかったことにしてくれ」 ……聞かなかったこと? そんなの、出来るわけがないじゃないか。 珍しく吐露されたゼルガディスの"本音"は、余裕で覆われた私の心を掻き乱すには、充分すぎる程の威力を持った爆弾だった。男からの、賞賛を含めた不愉快な評価に腹が立つと同時に、いくつもの感情と言葉が胸の内から溢れ出す。 「『手を出して気まずくなるような女』なんて酷いなぁ。私のことをそんな風に思ってたんだぁ」 「あ、違うぞ! 面倒とか鬱陶しいとかじゃなくて、旅の相方としていい関係をという意味でだな……」 「あのさぁ。前から鈍い鈍いと思ってたけど……ゼルってば、なんだかんだで一番大事な所をわかってないよね。そもそも、そもそも、よ? "この私"が、仮に道中で"そういうこと"になったとして……それを間違いにしたくなるような相手となんて、最初から旅をするわけがないでしょうが。あんたと二人旅って現状でわかりなさいよね。あの日あんたの誘いの手を取った時点で、こっち方面の覚悟はとっくに出来ているのよ」 「……おい、なまえ?」 背後のゼルガディスへと手を伸ばし、隙を突いて回り込むと、そのまま勢いを付けてベッドへと押し倒す。 「うわっ、おい、何をする!」 非難の声を無視して、私もベッドへ飛び乗り、起き上がろうとする意外と細い腰に馬乗りになった。 そのまま羽織っていた上着をばさりと脱げば……申し訳程度の薄布に秘所と胸を包まれただけの、風呂上がりの柔肌があらわれる。その自慢の身体をゼルガディスに見せつけながら、私はとっておきの声で囁いた。 「……ねえ、ゼル? 一緒に、寝よう?」 この角度なら、豊満かつ形まで良いこの胸がよく見えるだろうことも、もちろん狙いの内だ。 (2014.03.29) [ 戻 / 一覧 / 次 ] top / 分岐 / 拍手 |