■ 死神と過ごす長い夜 1

「あーあ。正直、脈があるのかないのか怪しいものよねぇ」
 すっかり酔い潰れて寝てしまった男を横目に、今日も今日とて明らかに"女"として見られていない私は溜息を吐くしかできない。


 知り合ってそろそろ四カ月。
 なんだかんだと買い物に付き合ったり、付き合わせたり、なんだかんだと飲みに行ったり、遊びに行ったり。まあ、実際の所はその殆どが彼の大事な子供たちに関する用件であったり相談であったりして、いい年した男女のデートと言うにはあまりにも……他意の感じられない逢瀬だったのだけれど。

 今日も例のごとく「いい香りのするポプリとかアロマ……?を始めようかと思うんだけど、どうだろう?」と新企画の為のお誘いを受け街へと繰り出したのだった。とはいえ私だってそんなに詳しくはないから、とりあえず定番の雑貨店やや間口の広い専門店で香りを確かめたりグッズを見て回るという簡単なことしか出来なかったのだけれどそれでも随分と感謝された。確かにまあ、ああいう雰囲気のお店は男性一人では入り難いのかもしれない。
 ともかくこうして良くて付き合いのいい友人、悪くて友人未満というこの関係に相応しく今回も散策の後は適度にご飯を食べて軽く飲んで、あっさり解散の筈だった。

 そのつもりだった。


  ***

「そういえばね、みんなにどうかと思って新しいお茶を用意したんだ」

 今度のも"とっておき"なんだよと笑う青年に、本心を多分に含ませた"ありきたりな社交辞令"を投げ返す。
「へえ、また新作とは凄いね。派出須くんのおすすめかぁ私も飲んでみたいなぁ」
「ああ。そういえばなまえさんにはいつも話だけだったね。……そうだ! もしよかったら、これから飲みに来ないかい? ……まあ、何もない狭い部屋なんだけれど」

 至ってナチュラルに紡がれた言葉は予想外だったけれど、ある意味最初に予想していたものよりずっと残酷だった。"とっておき"のお茶に興味を持って貰えて嬉しいと笑う顔に他意が無いのは明らかだ。一瞬、こんな夜にうちに来ないかなんてどこまで直接的なお誘いなのあなた!とドキリとしかけた自分の馬鹿さが嫌になる。
 いや、まあ、とっくに分かっていましたけどね。君にそういう意識が少しでもあったのなら、そもそもこんな気軽に誘ったり出来ないだろうしね。気安いってことはそれだけ"女"扱いされていないってことだよね。
 一般的にどうであれ少なくともこの派出須くんの場合は下心なんてものは期待してはいけないのだと、私はもう嫌という程に理解していた。期待しかけたことなんて微塵も感じさせないように、酔っ払いのテンションで両手を挙げる私はきっとサバサバして見えるだろう。そうでなくては困る。

「わーい。じゃあせっかくだし、何か軽く食べる物も買って行っていい? 派出須くんの家って食べるものも飲むものも無さそうだし」


 遅くまでやっているスーパーって本当にありがたい。
 カゴを片手にお菓子やおつまみや食材を選び、ついでにお酒もぽいぽいと放り込んでいると派出須くんの手がひょいと伸びてカゴを取り上げた。
「かして。ふふ、なまえさんってば楽しそうだね」
「あらありがとう。だって宅飲みってどこまでも好きにできて楽しいじゃない。もちろんお店も楽しいけど──ああ、派出須くんは何が食べたいとか希望ある? 居酒屋風スピードメニューなら結構作れるけど」
「……うーん。僕はあまりこれが食べたいとかは……いや……待って。せっかくだし、何か……」
「無理しないでいいって。じゃあそうだね、お酒とか食材とか適当に見繕うから食べられないものがあったらその時に教えて」

 何かあるかと聞いてはみたものの、この人があまり食に頓着しないことはここまでの付き合いで承知していた。特に嫌いなものは無いが、特に好きなものも無い。それは楽なようでありとても寂しい事のように思うけれど、まあ私が口を挟む事では無い。
 ……それに、派出須くんが頓着しないのは食に限っての事だけでは無いのだ。例えば対人関係も。つまり、こうして人と飲む事とか……いや、さすがにその辺まで突っ込んで考えるのは危険だ。頓着しない事柄の筆頭が自分だなんて気づいてしまったら、どうにもこうにも泣きたくなってしまう。今はもうこれ以上深くは考えないようにしよう。


  ***


 扉の前で部屋の用意が整うのを少し待ったり、出された面白い香りのお茶は味の方も面白くて反応に困ったり、予想通り道具もストックもほぼ無い殺風景な台所で簡単に火を通しただけみたいな肴を用意したり、気が付けばどんどん空き缶と空き瓶が増えていったり。宅飲みの醍醐味をこの上なく満喫しながら、そんなこんなで楽しい時間を過ごしていると……なんと、先に派出須くんが潰れてしまった。

「私帰っちゃうよー。ねえちょっと、聞いてる? 帰っちゃうよ? この惨状をどうするの? 誰が片づけるの? さすがにちょっとは置いてってもいーい?」
「んー……帰っちゃだめ……だよ……遅いし、危ないよぅ……ぐぅ……」

 声に反応してもぞもぞとは動くものの、起き上がることまでは出来なかったとみえる。せっかく頑張りかけた彼の意識がまたも睡魔に飲み込まれてゆく様子を観察しながら、はぁーと吐息を漏らす。しかたがないなぁ。ちゃっちゃと片付けて、こっそり帰るとしますか。
 けれど、立ち上がろうとして……服の裾が派出須くんに掴まれていることに気がついた。胸の内側がほわっと熱を持つ。ひと指ひと指と順に外していけば簡単に抜けられるような拘束ではあるけれど、居て欲しいと言われたようで悪い気はしない。むしろ、嬉しい。

「……いやまあ、いいけどさ。そんなこと言ったら、朝まで飲んじゃうわよ」

 年頃の男女が一夜を共に……なんて言ってみても、この状態では間違いなど起きようが無い。ただでさえ私の想いは分が悪いのだ。せっかくだし、今夜くらいはこうして派出須くんの寝顔を肴にゆっくり酒を飲むのもいいだろう。


「あーあ。正直、脈が有るのか無いのか怪しいものよねぇ」
 誘ってくれるからには嫌われてはいないだろうし、そこそこ頼りにもされているのだろう。だけれど、それが女性として見られているかとなれば別問題だ。見栄を張って疑問の体をとってみたところで、答えなんて充分見えている。

「なーんて……まあ脈なんてないか。実際こうまで女扱いされていないと、いっそ清々しいくらいかな」

 繰り返すが、こんな風に部屋に招くに至っても派出須くんには下心なんてものが無いのは百も承知だった。というかこの人は多分、恋愛経験が非常に少ない。そして私にとっては困った事に、恋愛に関しての欲求自体も非常に希薄なのだ。更に致命的なことは、自分が誰かの"恋愛対象"になるという想定自体を放棄している節があるところだ。
 それらは彼のこの外見や雰囲気によるものだったり、ぽつりぽつりと話してくれた彼の病魔の特性によるものだったりするのだろう。まあ、恋愛に限ったことでもないんだけど。
 一見素直で人懐こいように見えるけれど、実のところこの人は自分とそれ以外を明確に区切っているように思えてならない。なかなか内側に他人を踏み込ませないというか、そもそも中に入りたいと思っている他人がいるとすら思っていない気がする。正直なところ、今こうして一応は"友人"という枠組みの中で付き合えていること自体が称賛に値するのだと自分を讃えたくなる。それくらいに派出須くんのガードは固い。

 冷蔵庫を開け、まだあまり冷えていない缶に手を伸ばしながら呟く。
「言ったところで、びっくりして避けられるか、気を使われて終了だろうしなあ……」
「そう悲観したものでも無いぞ」
 慌てて振り向くと、いつの間にか派出須くんが目を覚ましていた。



(2014.03.19)
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