■ 3(一旦停止で巻き戻し)

「うわっ!アニキ大丈夫か!?」
 なまえの言葉に無言のままぶわっと涙を溢れさせるガクに、ツキタケが慌てて駆け寄る。

「ちょっとなまえ、あんた何を気楽に了解してるんだ!! もっと慎重に生きろ!!」

 反射的に華麗な突っ込みを脳天に叩き込んだ澪は、そのままなまえの肩を掴みがくがくと揺さぶる。
 揺さぶられる方のなまえは、笑みの形で表情を固め、すっかり澪にされるがままだ。あまりに抵抗が無いので、その内ぐらりと首が落ちてしまうのでは、とアズミが興味津々で見上げたものの、どうやら期待に反してなかなか首は落ちないようで。

「え、え、え?? ええええ???」

 当初から薄かったシリアスは今や完璧に崩壊し、辺りはおかしなムードに包まれている。
 展開に置いて行かれた姫乃が助けを求める視線を投げかけると、展開に付いていくことを諦めた明神が優しく頭を撫でた。
「……よくわからないけれど……あとは当事者同士に任せて、俺たちは少し休もうか」
 清々しいほどに「どうでもいい」という内心も明らかに姫乃を船内へと誘導する明神は、なにやら楽しそうな大人たちに視線を向けて突っ立っているアズミとエージを来い来いと手招きで呼んだ。


  ***


 かくして甲板には、片や興味津々、片や無感動に成り行きを見守る成人男性二人と、右往左往する成人女性と少年に囲まれる形で、相変わらず濁流にのまれるような幽霊と、楽しそうに笑う霊能力者という癖のあり過ぎる当事者二名が立っていた。

「いやぁ、だってさぁ澪ちゃん、幽霊と結婚なんて面白そうじゃないの」
 がくがくと揺さぶられながら、ケラケラと話す女の口調には屈託がない。
「だぁかぁらぁ! なんでも面白そうで済ますのやめなさいよ! だいたい、こいつはこー見えて……いや、見たまんまに独特の思考回路なんだから、真に受けちゃ駄目! 」
 誰にでもこうなの!と澪が口にした途端に、ぴたりと笑い声が止んだ。彼女を取り巻く温度が確実に数度下がる。
「……あ、そうなの? 本気じゃないの?」

 そのままくるりと澪の腕を抜け出たなまえは、次の瞬間にはガクだけを見ていた。
 自分の世界で感動を噛み締めていたガクも、至近距離で見上げられて一瞬で現実へと帰って来るが、当然ながら直前のやり取りは耳には入っていなかった。

「マイスウィート! 俺が、君を守る!」
「うん、そっか有難う」

 二言目にして、例によって例のごとく斜め向こうを突き抜ける発言を繰り出すガクだったが、対するなまえの反応はあっさりとしたものだ。けれど、ガクは気にしない。上げられた口角を確認するだけで、感極まったように身悶えする。

「ああ、なんて美しい、花が咲き乱れる様な眩しい笑顔! 前世で恋人だった君を、俺はずっと探していたに違いない!」

 前のめりで差し出された腕は、そのままなまえの身体をすり抜けた。その様子になまえを知る澪たちはぴくりと眉を上げたのだが、ガクには気にする余裕も情報も無い。ただ喜びのままに、最大限に見開いた目をギラギラと輝かせて興奮顕わに言葉を続けた。

「さあマイスウィート、結婚式はいつにしよう!?」

 差し出される男の腕が自身をずぼずぼとすり抜ける様を見て、なまえは相変わらず形だけの笑みを浮かべていた。そして、何でもない様に、表情を変えずに言うのだった。

「あら、しないわよ」
「……へ?」

 突然の切り返しに呆然とするガクを見つめる眼差しは、柔らかいようでもあり、なのにどこか冷えているようでもあった。

「いい『けど』って言ったでしょ? その後には私からの条件が続くんだから。……最後まで聞かず、結論を急いじゃぁいけないわね」
「わかった。言ってくれれば、なんでも叶えよう!」

 真顔でこくこくと頷くガクを尻目に、やれやれと年長の案内屋たちは甲板から立ち去るために足を動かす。タイミングを逃したツキタケが周囲の反応に戸惑っていると、不安げな視線に気づいた澪がお前も来いと軽く手を動かした。
 それにほっと息を吐いた少年は、招かれるままに彼らに倣ってゆっくりとガクたちから距離を取った。先ほどの光景に何か見逃せない違和感を覚えてはいたものの、今の少年にはその理由まではわからなかった。


  ***


「見初めてくれるのは嬉しいけど、貴方って私のことを知らないでしょう? それに生憎、私って博愛主義じゃないのよね。全ての愛を向けろとは言わないけれど……特別でないものなど要らないわ。貴方も、自分の愛を捧げる相手はしっかり吟味した方がいいんじゃない?」
「気遣ってくれるなんて、なんて優しいんだ……! でも安心してくれマイスウィート。君の視線はまっすぐオレを射抜いてしまった。もう迷わない! オレの愛は、君の為にあ──」
「ストップ。本当に面白くて失礼な人ね。……言い方を変えましょうか。今の貴方の目に映っているのはただの"霊能力者の女"でしょう? 相手を知るのに、時間は関係ないって考えにも一理あるとは思うけど……でもそうねぇ、せめて四十九日は欲しいものよねぇ」
「五十日後に結婚式か! 素敵だ!」
「違うわよ。私の条件を話すには、せめてそれくらいの時間は必要ねってことよ」

 噛み合っていないながらも会話が続くそのわけは、軌道修正を繰り返す側に「この相手と会話を続ける」という意志があるからに他ならない。打って変わって饒舌になった幽霊と、曖昧な笑みを浮かべる霊能力者は、こうしてしばらくの時間を過ごした。


  ***


「……あ」
 大人たちに混じって歩きながら、ツキタケはようやく違和感の正体に思い至ったと声を上げた。気が付いてしまえば、なんてことない。
「なぁ、あのねーちゃん、アズミのこと触ってたよな?」
 ツキタケの言いたい事はわかっているという顔で、澪がそうだなと短く答える。
「でも、アニキの腕はすり抜けてたよな?」
「……ああ。まあ、そこがどうなるかは……あいつの今後の頑張り次第だなぁ」
 その言葉はどういう意味だと、あいつとはガクとなまえのどちらを差すのだろうかと、疑問符だらけで首を傾げたツキタケに答える声はもうなかった。



(2014.08.09)
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