| ■ 4(急発進はお手のもの) 女性陣とお子様たちがきゃっきゃとくつろぐ船室から離れた甲板では、男二人が静かな時間を過ごしていた。と言っても実際の所は単なる見張り番であり、消去法で組まされた二人組だ。 それが実はただの二人組では無く、なんだかんだと共闘したり攻撃したり攻撃されたりを繰り返す内に、妙な具合の距離感になってしまっていた二人であり、そんな二人が組まされたのには誰か──例えば一見飄々として軟派な言動を振りまきながら、その実は抜け目のない観察眼を誇る脱サラ青年や、寡黙で無干渉な様子を見せつつも実は情に厚く気配りの上手な隻眼の青年だったり──つまりはお節介な年長者の意志が全く働いていなかった、と言うのは無理があるだろう。 先に口を開いたのは、案内屋だった。 かつての師匠の姿に自身を重ね、記憶にある姿をなぞる内に見事に性格として確立された案内屋である。 今更心がけるまでもなく陽魂へ心を砕くことが自然になった男なら、折に触れ挨拶のように攻撃を仕掛けて来るこの不安定な魂相手にでも、使命感は発揮されるだろう。それは、その行動に一言くらい釘を刺さなくては……というものだろうが、今回の場合は、実のところそれだけでは無かった。 複雑な環境故に、世間の少年が当たり前にしてきたような経験をほんの幼少期しか得られなかった彼にとって、 このわがままでやっかいで繊細なハートを持つ癖の強い幽霊はある意味とても"特別"だった。 案内屋の胸にある、彼がその名を知らない感情によるものものが理由として大きかったのだが、当然ながら案内屋自身は気が付いていなかった。(それが世間一般では"友情"という対等の相手へと向ける感情の類だと、真っ当な青春を生きる姫乃なら気が付けただろうか) 「お前さぁ、さっきのアレどういうつもりだよ」 視線を、現れては消えていく白い波に固定したままでぼそりと案内屋が言う。 空というスクリーンに脳裏の光景を移し出して楽しみながら、ぼーっと視線を空に向けていた幽霊が眉間に皺を寄せて振り返る。 言われた言葉の内容よりも、楽しく浸っていたところを邪魔されたことで不機嫌になった幽霊だったが、それでも少し睨んだ後、一応は返事をすることにしたようだった。 「なんのことだ」 愛想も何も無い一言だった。 それでもむしろ、ひょっとしたら返事自体が返って来ないかもと思っていた程だ。 一応は返ってきた言葉に、それだけで満足したように案内屋の表情が弛む。だが、すぐにその表情は硬いものに変わり、続く言葉の調子も真面目なものになっていた。 *** 「……決まってんだろ。さっきの、結婚云々って話しだよ」 この幽霊が繰り出す挙動不審な視線と発言に関しては正直今更なものがある。 突然の求愛すら今更過ぎて、恒例行事と言っても良い程だ。勿論今日だって、明神にとっては予想の範囲内だった。だが、今回それに応えた彼女の反応は、完璧に予想外だった。 その後、とりあえず具体的にどうこうという面倒くさい話へ発展しなかったことを湟神から聞かされてほっとしたものの、それでもこの陽と陰を繊細に揺れ動く魂がその気になったままということは、それなりに気掛かりな事態だった。 「……お前には関係ないだろうが」 「こないだあんだけ『ひめのん一筋』って言ってた癖に」 ああそうだ、こいつは確かに言った。 湟神に揺らぎかけた理由である"触れられる"という事実以上に、大事なものが心の触れ合いだとわかったとも確かに言っていた。「触れられなくてもひめのんが好きだ」と言ったガクの言葉は、決して明神の聞き間違いでは無い。 ほらどうだ。身に覚えがあり過ぎるガラスハートなら、ぐっと言葉に詰まるだろう。 そう思い、明神はそっと視線を隣に滑らせた。 だが、意外なことに相手は迷いの無い瞳でまっすぐに前を見据えていた。 慌てるでも取り繕うでもなく、まっすぐに事態を見据えていた。 「ああ。ひめのんが大切なことに変わりはない。だが、お前も見ただろう、なまえが俺に向ける熱い視線を! 彼女が俺を見つめたあの瞬間、俺たちの心は確かに触れ合った! 彼女は間違いなく、俺に惚れている……!」 「……おいコラ。真面目なツラして何を言うかと思えば……くそ。期待して構えた分、損した気分だ」 盛大にずっこけたい気分でガシガシと頭を掻いた明神は、呆れたついでに一言二言続けようとしたが、直前でその言葉を飲み込んだ。 幽霊が、生者を相手にしてどうするんだ。 それは、わざわざ明神が言ってやるような言葉ではない。阿呆だが決して馬鹿ではないこの幽霊は、わざわざ言われるまでもなく自分でとうに理解しているだろう。 生者に恋する虚しさも、仮に叶ったところで行き着く展開がどれほど非生産的であるかも。 けれども、だからといって霊同士でくっつく相手を探せというのも、結局は先が無い事には違いが無い。仮にもしもそんな事が起こったとして、行き着く展開が有るとしたら……そんなのは「二人で仲良く成仏する」という展開ぐらいだろう。──いや、成仏は立派な結果なのだが。 しかし当事者であるガクは当然としても、その自明の理を彼女だって勿論、理解していないわけが無いのに。 売り言葉に買い言葉、もしくは軽いジョークとしても、霊に何かを誓うのは危険だ。 勿論、誰だって約束を破られるのはいい気がしないものだが、霊にとっては言質を翻される衝撃は大きく、場合よっては容易に箍を外す理由に成り得てしまう。 つまり霊の本質に近いものなら近い分だけ、戯れの言葉でも陽魂を陰魄に変えるきっかけになるということを、霊能力者が知らないわけが無い。だというのに、よりによって、結婚だなんて。その後すぐに否定や訂正を加えたのだとしても、さすがに先ほどのやりとりは刺激が強すぎる。 わからずにやったのなら、阿呆だ馬鹿だと言う前に霊能力者としてどうかしているし、わかってやったのならそれはそれで胡散臭い。そもそも、彼女が何者なのか、自分は全く知らないのだ。 どの系統の案内屋なのかも……いや、そもそも"案内屋"であるとすら、誰の口からも聞いていないことで……。 *** 眉間に皺を寄せて黙ってしまった案内屋を、ガクは静かに見つめていた。 だが、どれほど見つめようとも一向に明神に気が付く様子はみられないので、飽きてしまってまた一人そっと空へと視線を移した。 どうせまた、この根本的にどうにかした方がいいレベルの、いっそ不幸なほどに底なしにお人好しな男のことだから、勝手に気を回して心労を抱えていることは想像に難くない。 生者の癖に亡者に入れ込む姿は、時に滑稽を通り越して腹立たしく感じもしたが、それでもこんな調子で絡む相手は生きていた時も死んでからも初めてで……本当に腹が立つし面白くないし認めたくも無いのだが、こうして一切の"愛"が絡まない明神との関係も、最近では不思議と悪い気がしなくなっている。 だからつい……とガクは胸中で呟く。 こいつがあんまりに馬鹿で、愚かだから。あんまりに、お人好しだから。 だからつい、口が緩んだのだ。そういうことで、いいじゃないか。 「オレに、選べと言ったんだ。愛を捧げる相手として、相応しいかどうかしっかり見て、選んで、それからでないと意味が無いって」 *** ぼそぼそと聞こえた声が自分へ話しかけているものだと、気が付いた明神は慌ててガクを見た。 「そりゃまた、お前に対しては随分な正論じゃないか」 「……そんなことを言われたのは、初めてだった」 それはそれでどうだろう。とガクの極端さを思い困惑しかけた明神だったが、そもそも今までの相手というのは一般人だと思い直す。幽霊の求愛になどこれっぽっちも気付いていないのだから、当然ながらそんな言葉を受ける機会も無かったのだろうと思えば、ガクの言葉は不思議でも何でも無い。 実際のところは、ガクは生前もあの調子で暴走を繰り返していたし、日々愛の受け手を求めて見境なく声をかける男子を相手に、まともに相手をする女子は居なかったのだが。ただ、そんな事実に自力で辿り着けと言うのは、さすがの明神にも難易度の高い注文である。 「オレは別に、気にしないのに。相応しいとか相応しくないとか、そんなのはとっくに終わってるんだ。でなければ、『愛を捧げたい』なんて思うわけがない。愛を捧げたいと思った時点で、オレは充分選び終えている」 小さく開く口元から淡々と吐き出される言葉に、無視できないひっかかりを感じて明神は首を傾げた。 今までの様子を思えば、どう贔屓目に見たってガクが重要視しているラインは性別ぐらいで、後はせいぜいアズミを弾く分別がある程度だ。なのに、それで十分だと言い切るガクは……やはり、どこか……。 「おい、お前……」 「なのに、なまえはそれでは足りないと言う! 彼女の求める愛に、オレの愛は届いていないと!」 ガクの上げた嬉々とした声は、明神の言葉を容易く掻き消してしまう。 「オレはようやく気が付いた! 彼女を、彼女が満足する程の……いや、それ以上の愛で満たすことが、オレの使命だと!!」 最早、これは会話では無く独白だった。それも、とても熱の入ったものだった。 カッと目を見開き拳を握る幽霊が、自分を見ていないことに気が付いて明神はそっと息を吐く。 彼女を良く知るという湟神からは、まあ問題ないだろうと言われたものの、やはり色々不安だったのだ。だから、確かめるべくこうしてガクに尋ねてみたのだが……元々あった不安は、ここ数分のガクとのやり取りで更に増し、今では途方も無く大きくなっていた。 「……まあ、さすがに向こうも大人だしな、上手くやるよな……?」 ただでさえ手一杯なのだ。 変わり者の幽霊と、本心の読めない霊能力者のやり取りくらいは当事者たちに任せてもいいだろう。さすがに一般人では無いのだから、自分の尻くらい自分でふける筈だ。そうだ、わざわざ俺が気を回す必要など、端から無いじゃないか。 船内で散々に湟神に窘められたことを、今更ながら実感した明神は、今後は傍観に徹しようと固く誓った。 (2014.08.09) [ 戻 / 一覧 / 次 ] top / 分岐 / 拍手 |