■ 貴方の墓前にリンドウを 上

「なまえちゃん」
「なんですか」
「来月、どっか空いてる日、無いかな」
「えーと、今だったらまあ、八日以降だったらどこでも調整できますよ」

 どうしたんですかと尋ねるなまえの前に立つ笹塚は、自ら言い出したくせに大して休暇をありがたがっているようには見えなかった。あくまで極々普通で、至って平常運転である。実のところはこれでも本人としてはかなり喜んでおり、誘う言葉をどう続けようかと悩んだりもしているのだが。そんな葛藤はきっと誰にも伝わらない。

「笛吹がさ、来月は好きなところで連休を取っていいと言ってくれてて……。まあ、実際どうなるかは、その時の案件次第なんだけど。でもとにかく、どうせならなまえちゃんの予定に合わせて希望を出そうかな、とね」
「あら珍しい。まあ、笹塚さんってば、先月からずっと働き詰めですもんねぇ。じゃあ、どっか行くか、お家でまったりか、どっちがお好みですか?」
 お好みに応じて万事抜かりなく用意を致しましょう!と輝く瞳でなまえが宣言する。
「いや、そんな張り切ってくれなくてもいいって。なまえちゃんこそ、なんか行きたいとことかしたい事とか、あったら教えてよ」
「うーん、まあ、そりゃあ無いわけじゃないですけど、せっかくのお誕生日ですしね。笹塚さんのお望みのままに、舞台を整える所存でございますよ」

 芝居がかった口振りでにやりと笑われ、笹塚の口からポロリと煙草がこぼれ落ちた。

「……なんだ、知ってたの」
「酷いなぁ、私が笹塚さんの誕生日を忘れるなんて無いでしょう?」
「いや、まあ……だろうね。有難いことに」
「ちなみに、働き詰めの刑事さんに、せっかく誕生月なんだしちょっとしたお祝いも込めてのお休みを──ってことで、その話しが出たことも聞いていました」
「……なんで……って、ああ。石垣か」

 一瞬不審に思うものの、すぐに相手に辿り着く。けれどそんな笹塚に大してなまえはまたにやりと笑った。
「惜しい。石垣くんと、笛吹さんに筑紫さん、それからヒグチくんです」
 列挙された名前を聞き、さすがに笹塚も目を見開く。
「皆さん心配してましたよー。せっかくの休暇なのに私に言わないんじゃないかとか、一人で部屋でぼーっとして終えるんじゃないかとか。そうそう、笹塚さんが言わないなら聞いてあげてとか、なんなら後でこっそり予定を教えるからとかも言われまして。いやぁ、笹塚さんって本当に愛されていますねぇ。もちろん、そんなことも知ってましたけどー」
「……待ってなまえちゃん、いつの間にあいつらと仲良くなったの」
「それは秘密」
 くすくすと笑うなまえは無邪気で、笹塚としては頭を抱えたくなる。確かに、見せびらかしたいほど愛おしく思ってはいるがそれはあくまで自分の目の届く範囲においてだ。頻繁に会うことすらままならない状況にあるだけでも不満なのに、加えて自分が与り知らないところで彼らと彼女が親しくしているなんて面白いとは思えない。もっとも、こんな心の狭いことは絶対に口に出せないが。

「──なんて、大丈夫ですよ。あの人たちは、笹塚さんの恋人として気にかけてくれているだけですから。私としてもあくまで今回が例外で、日頃からあれこれ笹塚さんの動向を聞き出そうなんて思ってませんし、笹塚さんの仕事関係に踏み込む気もありませんので」

 笹塚の溜息をどうとらえたのか、パタパタと手を振ってなまえが弁明する。
 ……俺が気にしているのは、そういう意味では無いんだけどなぁ。
 ややこしい方向に勘違いしたらしい彼女の誤解は解いておきたいが、しかしではこの燻る嫉妬心をわざわざ伝えるのかといえば、そうもいかない……。

「なまえちゃんに対して、そんな心配はしていないさ」

 それだけ言って笹塚は華奢な身体を抱きしめた。
 こんなへたな手にすら苦笑一つでごまかされてくれる彼女には、本当に頭が上がらない。



(2014.03.25)
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