| ■ 溺れる二人とその周辺 「お前さぁ、ゲンのどこがそんなに好きなわけ」 高く昇った太陽の下、岩にもたれながらぜえはあと肩で息を繰り返していたところ突然こんな問いかけが降ってきた。 意味は分かるが、意図を計りかねる。なのでとりあえず、私とは違い余裕の顔で立つ長髪の男を見上げてみるしかできないが……同じだけ動いていながら、まったく乱れていない息に少しだけ腹が立つ。 「よく見ていますね。でも、おふたりのことも好きですよ」 でもよ、と笑いを噛み殺しながら男が──バラが隣に腰を下ろしてきた。 ちなみにここまで視線が絡んだことは、ない。 「そうは言うがなぁ、お前。あいつとオレらに対してじゃ、やっぱ反応が違ぇしなぁ」 見上げる空には、白い雲がいくつか流れている。 その内のひとつをぼんやりと目で追いながら、徐々に治まってきた動悸に合わせて言葉を紡ぐ。 「いやまあ、どこがって言われると微妙なんですけどー」 挙げれば無数にあるんですけど。 まあとりあえずは、あの人に限らず皆様、外道の癖にえらく仲間思いなのが狡いですよね。仲良しっぷりが羨ましくなっちゃいますもん。で、ああ、個人として好きなところですよね。うーん、まあなんだかんだ言っても、PKや強いモンスターに苦戦してたら助けてくれたり、たまにいいカードも分けてくれたり、打算があるとはいえご飯もお酒もよく付き合ってくれるし、あの人って口で言うほど、私に酷いことをしないじゃないですか。いつの間にか、居心地がどんどん良くなっちゃって……。それに、やっぱりあの頭が切れる所と、いっそ紙一重な振り切れの良さも単純に尊敬するし、そこを前提にした、あの温厚そうな外面と本性の落差もドキドキしますよね。そんでもって獲物をいたぶる時っていうのが、もう。見てるこっちが完璧に引いちゃうくらいに生き生きして輝いてますし。あの徹底した猫被りは見習いたいものですねぇ。で、まあ、そんな感じで意地悪で俺様と見せかけて、ふたりに対してとか私に対しての振る舞いに意外性があるところが……ああ、でも、下手にスイッチが入った時は非常に怖いんですけど、それはそれでゾクゾクしますよね、性的に。 「──でも、そうですねぇ。強いて言えば結局、悪巧みしている時の顔がいいのかなぁ」 途中までふんふんと聞いていたバラが、いつの間にか信じられないものを見る目でこちらを見つめていた。 「なまえ、ツレの立場で言うのも何だけどさ……男の趣味、悪いだろ」 「あはは、自覚しています」 例えば、この心底呆れた顔を向ける、同じく外道とはいえ意外と面倒見がいい──つまり、それなりに好意的かつ常識的な扱いを期待できるこの男を想えば、決して無下にはされないだろう。それなりの見返りも得られて、限られた逢瀬もそれなりに堪能できるだろう。G.I内での退屈を紛らわすには適度に刺激のある、総合的に見れば"それなり"以上の人選だ。 けれど、実際は相手にして一番激しく興が乗るのが……一癖も二癖もある、ロマンスの欠片も期待できず外道の所業を隠そうともしない最低なあの男なのだから仕方がない。 「息、落ち着いて来たな。よし、再会するか」 訊ねて来たくせにそれ以上は突っ込んでくれないバラに促されるまま腰を上げる。 「お願いします」 *** 真っ昼間の岩石地帯でふたりきり。けれども、今日の目的はモンスター狩りではない。 ある時、余裕があれば体術を教えてくれないかと頼んでみたのが始まりだ。以後、彼はわざわざその分の時間を組み込んだ滞在計画を立ててくれるようになった。しかも、体力に加え戦闘センスも良いだなんてお世辞にも言えない私に合わせて随分とレベルを落としながら、それでいてしっかり実戦向きに調整を加えたトレーニングメニューで根気強く相手をしてくれる。 おまけに全て無償で良いと言われ、それでは私の気が済まないからと無理やり酒瓶やカードをお礼として押し付けているほどの至れり尽くせりで……本当にこの男、外道のくせに面倒見が良いにも程がある。 「まあ、今日はこんなもんにしておくか。相変わらずタイミングが甘いのと一撃あたりの軽さが気になるが……そうだなぁ、さっきの、躱してからの反撃はなかなかいいんじゃないか」 加えて、褒めて伸ばすタイプという打たれ弱い私にとってはこれ以上ない人選だ。 「じゃ、オレはあいつらとの話もあるし宿に戻るわ。なまえも夜は来るんだよな?」 答える言葉は肯定と決まっていたが、頷きの代わりに浮かんだ疑問をぶつけてみる。 「そういえば最近、お風呂に行こうとかのお誘いがいただけませんよね」 意味的には無論、そういう宿でお風呂に入って"ご休憩"しませんかということだ。 前はちょくちょく、それこそ結構な頻度で時間を見つけては呼び出されていた。なのに今、こんなに汗と土にまみれているのにここでさよならとは妙ではないか。しかもその妙というのは今日だけのことでなく、思い返せばここのところずっとだ。他のふたりが席を外した時にそういうことになる……ということすらもない。いや、私だって別にないならないでいいのだけれど。でも、ひょっとして飽きられたのかとか、魅力が無いのかとか……まあ要は自尊心の問題に直結するわけですよ。 黙られたって引き下がらないぞと力を入れて見つめると、バラが気まずそうに視線を彷徨わせ始めた。 「あー……ほら、あれだろ。お前、ゲンの事好きだろうが」 「そうですけど。……って、え、ひょっとして気を回してもらってました? でも私、今更その辺は気にしないんですけど」 そもそも、始まりからしてアレだったのだったし。更に言えば、肝心のゲンスルーとの関係も相変わらずアレなままだし。 見ず知らずの不特定多数を相手にするのは断じて嫌だけど、この三人を相手にどうこうするのもされるのも、嫌がるには今更過ぎた。にもかかわらず、バラの視線はそれでも私からずれた場所を追いつづけている。 「気を回す……というかな、まあ、そのなんつーか、なあ」 なおも続く歯切れの悪い言葉にこくんと首を傾げて続きを待つ。 「お前がどうというか、要は、オレがその気になれねぇんだよなぁ。まあ……その、時々お前を見ていると、妹ってこんな感じなのかなぁとか思うこともあってだな……」 ぽりぽりと頬を掻きながら気まずさ最高潮という口調でされた告白は予想外のもので、さすがの私も反応が遅れた。というか、正直意味が解らない。 「……へ?」 「あー……つまり、やりてぇ、っつーより、なんかこう普通に可愛がりてぇわけだ」 頭へ伸びて来た手が、くしゃりと髪を撫でていく。砂埃のせいで艶なんて皆無だけれど、それでも彼には触るに値するらしい。 「じゃ、ま、そういうことで先に行くわ。また後でな」 そのまま《再来》で姿を消した男の後を茫然と見つめるしかできない私を、誰が責められるだろう。 最後のあれは、照れ隠しのつもりだろうか。私が何か言い出すよりもと、焦って去ったのが丸わかりだけれど、私の方もあまりの驚きに彼を笑うどころではなかった。 どうやら、最近やたらに感じていた好意的な態度自体は、気のせいでは無かったようだ。ただ、その方向性が予想外すぎたけれど。 「さすがは私の"幸運"。まさか、こういう誑し方が出来るとは思わなかったわね」 もっとも、その好意を言葉通りに受け止めることはしない。 確かに私は愛嬌を振りまいたし、好まれるような言動を意識していた。だが、彼のあれは恐らく私個人への親愛というより……彼の大切な悪友を主軸に置いた"ゲンスルーに好意を向ける女"に対しての変換だろう。 義理堅いというか、なんというか。 男同士は単純なようでややこしくて、よくわからない。別に女同士がややこしくないと言えばそれは嘘になるけれど、少なくとも彼らほど面倒なやつらを私は知らない。 「ま、いいか。甘やかされる理由があるのなら、それを享受しない手はないしなー」 誰に言うでもなく呟いて天を仰ぐ。 相変わらず白い雲は幾つか流れているし、その後ろの空は青く澄んでいる。ゲンスルーに言われた時間まで、あと数時間はある筈だ。 汗と砂で汚れた身体を綺麗にして、ついでに軽く何か食べていこう。 いつも通りの日々に戻るための手順を確かめながら、私はさっそく"いつものように"ブックを唱え見なれたカードを一枚取り出した。 (2014.04.13) [ 戻 / 一覧 / 次 ] top / 分岐 / 拍手 |