| ■ 基地祭 上 恒例の基地祭は今回も盛況で、駐屯兵団基地内は老若男女の笑顔で溢れていた。各基地別に開催される地域住民に向けてのこの祭は、長ったらしい正式名称は置いて単に「基地祭」と呼ばれもうずっと人々の楽しみになっている。 都市部の基地などでは、目の肥えた市民を相手にするからと、数々の催しを用意するところもあるほどだった。そして……そこまでの余裕はなく、かといって何はなくとも祭というだけで一定の来客を見込めるような地方ほど娯楽が無いわけでもない、そんな中途半端な場所にあるこの駐屯兵団による基地祭の最大の売りは、なんといっても「あの」調査兵団と合同で行われるというところにこそあった。 だが、もともと調査兵団の拠点の幾つかが近くにあったという理由だけで例外的に企画され、それがそのまま続いている合同祭である。最初のうちこそ大所帯での合同実施と浮かれまわったものの、蓋を開けてみれば規模も人数もあまりにも異なっている上に、日頃の距離感からしてどうしようもなく遠かった。結果、年を追うごとに資金・人員共に余裕のない調査兵団の担う範囲は縮小し、投げやりな展示や出店のみの協力でお茶を濁すような近年ではもう最初の盛り上がりなど誰も覚えていないほど、両兵団にとっては頭の痛い問題と成り果ててしまっていた。 *** 調査兵団用の休憩室として割り当てられた一室で、リヴァイはただ座っていた。 午後一番のステージで立体機動で動き回る曲芸を披露して以降、休憩室に引きこもっている兵士長の機嫌は誰がどう見ても決していいものではない。それでも、そんな兵士長と、距離をとりつつも各自思い思いに休憩する兵士たちが共存する休憩室はそれなりに平和だった。 その女が現れるまでは。 「あらー、兵長ってばまだここに居たんですね。ステージお疲れ様でしたー。やっぱり、立体機動は曲芸にして正解でしたねぇ。はでだと客受けが違いますよねー!」 黄色い声援、聞こえていましたかー?と能天気に放たれる声に、リヴァイの機嫌に波が立つのを察知した兵士が数名、そそくさと移動を始めた。 「なまえ……何の用だ」 幾分低めにかけられた声に、臆することもなく飄々と、なまえと呼ばれた女がやはり能天気を体現するように答える。 「あーもう。そんなだから、兵長には曲芸くらいしか頼めないんですよー。兵長が愛想良くしてくれればいくらでも客寄せになったのに。こういうところ、エルヴィン団長はさすがですよねぇ」 よりにもよって、露骨に機嫌を悪くしている兵長になんという暴言を吐くのだ。頼むから、止めてくれ。逃げ遅れた兵士が、巻き込まれないように下を向いてぷるぷると震えているが、なまえは気にしない。 「次の『エルヴィン団長と作る秋野菜のスープ』の観覧チケットも、立見席まで完売なんですよ! 明日の講演の方も整理券の捌け具合は上々で……この分だと、その後の握手会の方も期待できますね。ああでも、ここまで人気だとダフ屋に警戒すべき?」 「……何の用だと聞いている」 苛立を隠さない低い声に、哀れな兵士たちはぶるりと震え上がる。 「だから『報告』ですよ。ずっとここに居たら、情報なんて入ってこないでしょ」 「フン。ここは休憩室だぞ。次から次へと出入りはある」 言外にお前が来なくてもいいと笑うリヴァイを軽々と無視してなまえは報告を続ける。 「出店の方も順調で、本日分もいくつか完売しちゃいまして。一応ものによっては在庫もあると言えばあるのですが……。つまり、兵団内への頒布分として取り置いていた分も一旦は販売に回して、それでも足りないなら予約として注文を取ろうかなと思うのですが、どうでしょう」 グッズの全てを販売に回すのではなく、一定数を身内用に確保した上での陳列だったのだがそれが徒となったわけだ。正直、身内相手に格安で売るよりも、この機に乗じて一般市民相手に売れるだけ売ってしまいたい。その考えは、リヴァイにも理解出来た。 「……まあ妥当じゃないか。しかし、兵団内だけでなく市民相手に予約扱いまでして追加を作る必要があるのか? 祭気分が冷めてから品物が来たところで、どれだけの人間が嬉しいと感じるかって話だろう。高揚感ってのは人の判断力を鈍らせるからな……」 なんだかんだ言ってもちゃんと相手をしてやる兵士長の姿に、居合わせた兵士たちは密かにきゅんと胸を高鳴らせる。 「そうなんですよね。なので、その辺は販売担当がしっかり吟味した上で数商品に絞りました。あ、『リヴァイ兵長のミニポスター』もその一つですよ。これは駐屯兵団はもちろん、調査兵団内でも需要有と見込みますから。帰ったら早々に予約受付開始です」 二人の会話に耳を向ける兵士たちが、買わなきゃ!と一斉に心に誓ったことに当のリヴァイは気が付かない。ただ、面白くなさそうにフンと相槌を打つ。 「照れなくていいですよ。兵長のポスターって本当に大人気で、かなり刷ったんですけどあっという間に残少ですよー。どうも、都市からの旅行客にまとめ買いが目立ちましてね。あれですかねー、ダーツの的にでもするんですかねー」 兵長ってあっちこっちで恨みを買ってそうですしねーと暢気に笑うなまえと対照的に、ようやく雰囲気に慣れ始めていた兵士たちは顔を青くし息を詰めていた。震えている者もいる。 「あーもう、そんな怖い顔しちゃ他の人に迷惑ですよ! みんな休憩しに来てるんですから」 お前のせいだお前の!という突っ込みを口に出せるような勇者はさすがに居ない。リヴァイの「俺の脚は、お前を蹴り倒すためにあるつもりはないんだが……」との不穏な発言にすら、我が意を得たりと頷くなまえを相手に口で勝てるわけなどないのだ。 「そう。兵長の脚は、私と一緒に基地祭を巡回するためにあるのです。さあ、いつまでもだらだらしてないで、くるっと一周行きますよ。ついでに、ない愛想を振り絞って売上アップに貢献して下さい」 「結局客寄せに使う気じゃねぇか」 クソが。言い捨てながらも意外とあっさりと立ち上がった兵士長に、成り行きを見守っていた者達はそっと胸を撫で下ろした。ああ、とにかくこれで平和が訪れるならもうそれだけで充分だ。 「愛想よくったって、出来ねぇぞ」 「わかってますよ。だから目立たず、さりげなく食べ歩いたりしてみんなの働きぶりを見て回ればいいんですよ」 「おいコラ。言ってることが、さっきと全く違うじゃねぇか」 説明しろというリヴァイの視線に、なまえは苦笑する。 「考えてもみて下さいよ。曲芸は、なんたってあの速さですよ? 普通の人は、演者の顔なんて見分けられません。グッズの方も、そりゃあもう修正・補正をかけ放題で、一般受けはしますけど……実物の印象とは大分違いますからね。あの『リヴァイ兵長』グッズは面影すらあるか怪しいレベルの、元を知っている人が見たら爆笑って類の出来ですから」 だから、大多数の人は貴方が本人だとは気が付きませんよ。さらりと続けられた言葉にリヴァイは眉を顰め……やがて緩めた。 「お前なぁ。一緒に回りたいなら、そう言えばいいだろう」 「だから今、言ってるじゃないですか」 (2013) [ 戻 / 一覧 / 次 ] top / 分岐 / 拍手 |