| ■ 下 食べ物屋を厳選しているなまえを遠巻き見つめるリヴァイは、目の当たりにした祭の賑わいに改めて驚いていた。 例年、団長であるエルヴィンに連れられて一応顔を出しこそしていたものの内心は面倒くさくて仕方がなかった。割り振られた申し訳程度のスペースは常に閑散としていたし、調査兵団として華々しく発表することもなく、参加による収穫もなく、むしろ手間がかかるだけの無駄な行事としか思ってこなかった。 だが今年は違う。祭に積極的に関わることで、発散どころを求める若年者たちを中心に兵士たちのいい息抜きになったのは勿論だが、何より、金銭的に大きな収穫を得ることになった。なまえからの暫定報告を聞くまでもなく、この二日間での利益が例年のそれとは段違いなことは明らかだった。 なまえの他にも、市民に紛れて出店に並ぶ兵士の姿がちらほら見える。彼らの手にあるのは現金ではなく金券だ。思い思いに買い物を楽しむ兵士たちの姿を見て、リヴァイの頭に昨年の記憶が蘇る。 リヴァイの補佐官として同行したなまえは、閑古鳥の鳴く調査兵団のブースを見るなり盛大に嘆いた。誰が今更、こんなやる気の無い展示を喜ぶんですかと言われて、誰も喜ばねぇからこの有様なんだろう、と答えた時の彼女の顔は凄かった。そして、その誰も喜ばないようなやっつけの展示に割かれる時間と手間を計算したなまえは憤慨した。 「まったく、こんなにいい舞台を遊ばせておくなんて!」 その気合いのまま、エルヴィンとリヴァイ他数名にプレゼンを行ったなまえは、ほぼ気迫だけで祭団長的な立場への就任を納得させた。次いで、駐屯兵団とのパイプ役としていつの間にか基地司令に顔を売り、練り上げたプレゼンであちらの責任者たちを籠絡した。そう、あれはもう籠絡と言って相応しい。 そして、こうしてたったの一年で、この見事な舞台を作り上げた。巧みな誘導と立案で次々と希望通りの展開に収めるものの、決して自分の手柄だとは誇らない手腕は大したものだった。気が付かないものには、そのまま額面通り受け取られ、気が付いたものにも概ね好ましく受け取られたと、そうエルヴィンから聞かされている。 出店の係から皿をもらい、嬉しそうに歩く兵士がリヴァイの前を横切った。 そう、たとえばあの金券もその一環だ。以前から出店に並ぶ兵士も居たには居たが、一般人に混じって財布を出してというのが気になるのか全体で見ると少数だった。かといって、店の裏から馴染みの同僚に声をかける行為は並ぶ客から見れば決していい光景ではない。 その点、今回から採用された金券制度は、そういった心理を上手く酌んだものだった。前もって数枚ずつ配られた金券は「せっかくだし」と兵士たちが足を向けるきっかけになっただろう。その上、ポケットから券を出し、渡すだけでいい気楽さだ。これは説明の段階から大変喜ばれたと聞いている。 市民向けとして、祭の前に予め数日間を設けて特別に販売した売れ行きも好評だったと、向こうの祭責任者が嬉しそうに言った様子も記憶に新しい。確か、十一枚で十枚分だったか。当日の現金価格より多少お得な設定と、初の試みという物珍しさに娯楽を求める市民たちは目敏く反応した。この時点で既に、基地祭の常連たちは元より参加が確定していない層までが買いに来ていたというのだから呆れてしまう。 *** 「お待たせしましたー」 両手いっぱいに串や皿や菓子を持って戻って来たなまえに、リヴァイは溜息で答える。買い過ぎだろうと呆れた声を出してみれば、これも仕事の内ですと予想通りの返事があった。 「あの、緑のテントがうちですよ。みんな、兵長に食べてもらえるって、凄く喜んでいて」 言われてそれらしきテントに目をやると、なるほど。慌ただしく働いているのは、見知った顔たちだ。 「うちの主力はやっぱり物販とステージですけど、やっぱりお祭りと言えば食べ物屋ですよねー。有ると無いでは、大違いですよ」 そう言って差し出されたのは、粉を練って丸め、串に刺して炙っただけの簡単なものだ。確かに簡単なものなのだが、こうしてたれを絡めて食べると、その甘さが引き立つ。なるほど、悪くない。 「しかし、こうして見ると……他の店と比べると、いささか見劣りしないか」 「ま、うちは午後からが勝負です。なんたって、スープは座談会後に売る方が話題になりますからね。それまでは、この保存も量産も利く団子のみでいくというのは、調理班の英断でした」 褒めるなまえの表情は、勝利を確信している者の顔だ。エルヴィンと秋野菜スープという出落ち感が半端ない案は、どうやらただの酔狂で採用されたものではないらしい。 「で、そのスープ話はそろそろ始まる時間だろ。お前は行かなくてもいいのか」 「あの人の舞台で失敗も無いでしょうし、大丈夫ですよ。警護もサポートも当人も優秀ですし、今更私が行って確認することはありません」 自然な流れにも関わらず、他の男を褒められたという行為にむっとしてしまう己の狭量さには見ない振りをする。 「まあ、そんなこと言ったら、兵長たちの曲芸もそうなんですけどね。あれは楽しみだったので、盛大な公私混同により結構いい場所から堪能させていただきました」 そんなあからさまなご機嫌取りであっさり機嫌が直る自分も、見ない振りをする。 *** エルヴィンのイベントが開始されたことにより、明らかに人の数が減った頃。物販まで足を運んだリヴァイは、いよいよ予約販売のみとなった自身のポスターを奇妙なものを見る目で見ていた。 「なるほど、ここまで別人だといっそ清々しいな……」 「え、でもなかなか雰囲気が出てますよ!」 販売係が慌ててフォローらしき言葉を放つのを、大丈夫だからと笑って制したなまえはそのまま各商品の在庫の確認に入っていった。リヴァイはといえば、並べられた物品を物珍しげに眺めるくらいしかすることがない。ステージに合わせて多めに用意したというエルヴィンのポスターは、にこやかな笑顔が爽やかそのものという正面顔と、物憂げに視線を外した二枚だった。同じように大変爽やかに描かれた自分ほどの落差では無いとはいえ、かなり美化されたものである。実物を知る身としては、なんとも薄気味悪いものを感じずにはいられない。 「これ、誰が買うんだ」 「ご婦人方には好評ですよ。先ほどなどは、可愛らしいお嬢さんが祖母らしき方にねだって、六枚も買って行かれましたね」 ぼそりと呟けば近くに居た販売係が愛想よく答えてくれた。見ればなかなか愛嬌のある青年で、彼が販売係なのも売上重視の配置だと容易に想像がつく。 気が付くなりそっと視界から排除した団長と兵士長や、団長と副団長という組み合わせのポスターの意味ありげな美化具合といい、本当に清々しいほどあざとい攻めの姿勢である。 「……本当に、誰かこれを止める奴は居なかったのか」 今度は曖昧に笑った青年は、よく売れていますよとだけ答えた。 「あれを、身内相手に売るのか……」 さすがに身内で買う奴なんていねぇだろというコメントは、なまえにより一蹴された。 「一応、それぞれ最低限の特徴は捉えていますからね。ほら、爽やか兵長だってちゃんと髪型はそれっぽいし、欲しがる子は多いんですよ」 それに兵長は特に、男性陣相手にも結構需要があるみたいですし……と付け足された一言は流すことにする。きっと、ダーツの的とかそんなだろうと思うことにする。深くは考えないことにする。 それよりも気になるのは、聞きたいのは。 「お前も、頼むのか」 逸らせていた視線をそれとなく戻せば、なまえは照れるでもなくきょとんとした顔をしていた。てっきり恥ずかしがったり、開き直ったり、軽い反応が返って来るものと予想していたのだが。自意識過剰な己が無性に恥ずかしくなって、リヴァイは狼狽した。もっともその狼狽は、傍からは不機嫌が増したようにしか見えないのだけれど。 けれどそんな読み取りにくいリヴァイの表情を、わりと的確に読み取ってしまうのがなまえという女なのだから、堪らない。気にしていたことも、装ったさり気のなさも、今の狼狽も、すべて伝わってしまったリヴァイにはもう立つ瀬がない。 そんなリヴァイを繁々と見つめた挙句、なまえは無言のまま半歩身体をずらした。たった半歩ではあるが、その半歩により二人の肘は触れ合う。誰かに見咎められても言いわけの効く、ギリギリの距離である。 「まったく、突然そんな可愛いことを言わないで下さいよ。今すぐ物陰に連れ込んで、その口塞いでやりたくなっちゃうでしょうが」 いつの間にか赤く染まった頬でそんなことを言われ、思わず可愛いのはお前だと言いそうになる。しかしそれはいただけない。なけなしの理性でうっかり出そうになった言葉をギリギリのところで押しとどめ、代わりに「そういうのは俺の台詞だろう」とだけ口にした。 *** 「で、結局お前もあれを頼むのか」 宿舎でようやく二人きりになれた際、うやむやに終わった件を蒸し返したリヴァイへの、なまえの答えは実に彼女らしいものであった。 「レアものですからね。今後の交渉用として、何枚かは頼むつもりですよ」 こういう女だった……と脱力しつつも、しかしせっかくなので食い下がってみたところなんと期待以上の答えが飛び出てきた。わかりにくい彼女は、時折ひどくわかり易く甘えてくるから気が抜けない。 「制作に携わった身ですからね。自分用は勿論、試作段階ですでにキープ済みですよ。他にも、あれよりずっと本物に似せたのとか、数パターンは所持してますから」 色々役得狙っているんですよとまで言われてしまえばもう言葉は必要ない。今度こそ、可愛い恋人の口を塞いでやるのみだ。 (2013) [ 戻 / 一覧 / 次 ] top / 分岐 / 拍手 |