■ 人でなしの檻

 月明かりが差す部屋に、ひっくひっくとしゃくりあげる声が響いていた。

 外見からは想像が出来ないような幼い泣き方で声を漏らす女をベッドに転がして、男はそれはそれは愉快そうに目を細めた。
 嗚咽に混じる助けと許しを求める言葉。途切れ途切れに口から零れ落ちるそれを受けて男の笑みが深くなることに、けれども女は気が付かない。否、気が付けない。
 彼女の瞼は巻かれた布によってきつく閉ざされ、月明かりさえ感じることが出来ないのだ。視界を奪われた代償に鋭敏になりえた筈の聴覚は、しかし自身の鼓動と泣き声にばかり浪費されている。周囲を探る余裕など、とうに失っていた。

「……どう…して……なんで…っ…リヴァイ……もう嫌っ……」

 起き上がろうにも後ろ手に親指同士を縛られている。これでは反動をつけることも叶わない。
 不自由な姿勢でもぞもぞとくねる女の身体には、最低限の下着しか残されてはいなかった。空から降り注ぐ銀色の光の下で、光沢のある生地が女の動きに合わせてぬるぬると輝く。その輝きは、いっそ全裸でいるよりも艶めかしく淫らで、男を殊更に楽しませる。

 繰り広げられる醜態を恍惚とした表情で眺めていた男だったが、やがてもういいかと呟いてベッドへと近づいた。

 ぎしりとベッドが沈むのを感じた女が、息を呑む。それに合わせ嗚咽が数秒間だけ止まった。ひゅうひゅうと苦し気に息を漏らしながら、男の気配に寄り添おうと懸命に這う女の頬を、大きな手が包む。

「……可哀想に。吸い切れねぇ涙で、頬まで濡れちまってるじゃねぇか」
「……っく…リヴァ…ッ!?」

 優しい声に誘われるように開かれた口にすかさず男は乱暴に指をねじ込むと、狭い口内を蹂躙し始めた。
 咄嗟の事態に女はまた混乱する。首を振りなんとか逃れようとするのだが、強靭さを誇る男の力がそれを許さない。女が酸素を求めて喘ぐのも構わず、喉の奥から上顎、頬の裏まで思うままに撫で、擦り、引っ掻き執拗に嬲る。

「お前、自分がどんな顔してるかわかるか? ん?」
 女の耳元に寄せた唇から、吐息と共に発せられる声は、昂りと愉悦を隠しもしない。
「涙に、鼻水に、涎だ。すげぇぐちゃぐちゃだぞ。ほら、汚ぇ、酷ぇ面だ」
 口を内側から押さえられていては、顔を背けることも出来ない。耳を塞ぐ術すら持たない女は、ただびくりと身体を強張らせるだけだ。
「さて、で? お前は、何か俺に言いたい事があるんだったよなぁ。いいぜ、聞いてやるから、もう一遍言ってみろよ」
 ずるりと指を引き抜き、唾液にまみれた指で女の頭を鷲掴む。そのまま投げ捨てる様にベッドへと倒せば、憐れな身体は受け身も取れずに倒れ込んだ。
「おい、言ってみろよ」
「……ごめん、なさ、い」
「ん? 違ぇだろうが。お前はさっきなんて言った? もう一遍言ってみろって」
「ひぃっ……ごめ…なさい……もう、言わない…から許して……」
「つまり、さっきの言葉は丸ごと取り消すって言うんだな?」
「……はい……はいっ!」
 絶え絶えの懇願を受けて、男は満足そうに頷いた。

「ほら。これくらいで意志が揺らぐお前が、どうやったら俺と共に戦えるなんて、思い上がれるんだろうなぁ」

 言葉と共に優しく撫でていた手が、不意に無防備な腹をぎゅっと押す。突然の仕打ちに女は身体を折って咳き込んだ。
「まったく。あいつらにどうやって取り入ったかは知らねぇが……なあ? ちょっとばかり褒められたからって、意気揚々と俺の下に付きたいなんざぁ……おい、口開けろ。歯ぁ立てんじゃねぇぞ」
 返事も待たずに、今度は指の代わりに猛々しく主張するペニスを押し込んだ。女が嘔吐くのにも構わず、喉の奥まで突き立てる。
「俺と共に戦いたいだと。ふざけたこと、ぬかしてくれるじゃねぇか。俺がお前なんざぁ、使ってやるわけねぇだろうが」
 乱暴に腰を使いながら、より深く傷をつける様に男は言葉を重ねる。
「いいか。お前は俺の知らねぇとこで戦って、俺の知らねぇとこで勝手に死んで逝くんだよ。お前の最期なんて看取ってやらねぇし、お前にも、俺の最期なんざぁ絶対に見せてやらねぇさ」
 聞こえているのか。理解できているのか。女からの反応は無いが今更構いはしない。
「なぁなまえ、お前がどれだけ羨ましがろうとも、俺は、俺の部下にするように、お前に接することはねぇよ。いいか『絶対に』だ。あいつらに見せる顔は、『絶対に』お前には見せてやらねぇ」
 言葉に反応してびくりと四肢が痙攣したことだけが、女が今もまだ意識を保っていることを伝えるある。

「それともアレか。ミケやエルヴィンに、今度はてめぇで泣きつくか? 俺にこんな目にあされましたって訴えてみるか? 自分はただの慰み者でしたって、あいつらに語ってみるか? 目をかけた部下がこんな玩具扱いを受けていると知ったら、あいつらはどうするだろうなぁ」

 そうだ。こんなお前は、俺しか知らない。
 こんな俺を、お前しか知らないのと同様に。
 思えば思い知るほど、リヴァイの心は喜び昂ぶっていくのだ。

「……っ、そろそろか。……せいぜい奥で出してやるから、吐いてもいいぞ」


  ***


 心身ともにぼろぼろになった女が意識を手放したのを確認して、リヴァイは始末に移った。
 親指の拘束を解き、鬱血ばかりか擦れて血が滲んだ肌に唇を寄せれば、甘い血の香りが鼻腔をくすぐる。しっとりと重くなった目隠しを外してどろどろになった顔を拭いてやれば、込み上げてくるのは愛おしさだ。

「ああ、今ならば……優しくしてやれるのに」

 優しくしたい。笑わせたい。愛したい。酷くしたい。泣かせたい。虐げたい。

 許さないで欲しいと思う。
 どこまで許されるのか、試したいと思う。

 こんな自分など、早く見限ってくれればいいと願う。
 こんな自分でも、見捨てずに傍にいて欲しいと願う。

 次の編成でリヴァイ兵長の下に就けそうですと嬉しそうに告げる顔が、可愛くて、憎らしくて、無性に腹立たしくて。そうして行った今夜の仕打ちは、それでも日頃と比べて格別に酷いということは無かった。……そうだ。たまたま、今回はそれを理由にしたというだけだった。

 抱いても抱いても安心できなくて、どれだけ好意を告げられても安心できなくて。だからむしろ壊そうとするのに、それでも彼女は恋慕を取り消さない。
「他の誰にもしないような酷いことを、お前にだけはしたくなる」
 決死の思いでした迷惑極まりない告白さえ、目を見開き、少し困った顔をした後──仕方ないですねと許してしまうようななまえを前に、"たが"などとうに緩んでしまった。

 狂っているのは、男か、女か。
 捕えられているのは──



(2014.02.23)
(「飲め」とは言わない。飲みやすいように、角度とか深さとかの調整なんて当然してやらない。むしろあえて苦しいようにしてやるから、せいぜいお前は期待通りに苦しんでくれよ……という意味の「吐いてもいいぞ」)
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