■ 2014年バレンタイン アルミン編

 "規律と兵務への影響を懸念して"兵団内での義理・儀礼的なチョコレートのやり取りは禁じられている。だが、若い男女を中心とした集団で、しかも娯楽の少ない集団ともなればこれは一年に一度の恰好のはしゃぎどころである。上層部としてもそんなことは当然承知しており、しかも全てを禁じることは出来ないこともあり、実質的には各々の裁量に任されるという形で落ち着いていた。
 よって二月十四日、及びその前後数日間は、常よりほんの少し兵団内は色めき立つ。
 たとえ義理でも……いや、ひょっとしたら本命を、仲のいいあの子から貰えるのでは!? そう浮足立つ男性陣に対して、この機会に気になるあの人に! と想いを込める女性陣。そして安定の立ち位置で至って平和にイベントを楽しむ恋人たちの姿が、兵団のあちらこちらで確認できるのだ。


  ***


「ってことで、はい、アルミンにはなまえさんの特製チョコだよー」

 週に三回程度、午後の訓練の後に設けられたアルミンだけに行われる特別授業。アルミンが尊敬してやまない師が──優秀なその頭脳を一切の迷い無く策略と愛と献身に費やす師が、ぽいと小さな包みを手渡してきた。
 ありがとうございますと感謝の言葉を紡ぎながらも、アルミンの頭は忙しなく回転を始めている。これは何か。目的は何だ。求められている反応はどれだ。どうすれば正解なのか。
 それは「全ての行動には相手の思惑がある。だからそれを踏まえて、己の利となるように考え行動しろ」という彼女の教えによるものである。だから今も当然のように、渡された包みの意図をなまえが仕掛けた"テスト"だと捉えた。普段の講義内容が内容のため無理もないことだが、今日に限ってなまえはそれを笑って遮った。「ふふふ、今日の君は考え過ぎだね。これは単純に、可愛い『生徒』への労いだって」ぴんと人差し指を立てて言う彼女は、なぜだろういつにも増してとても楽しそうだ。

「いやぁ、さすがに昨今ではこういうものを渡すような相手も居なくてねぇ。ほら、あの団長を筆頭に、幹部陣は大人気じゃない? 多ければ多いほど嬉しいなんて無邪気に喜んでくれるような可愛い性格でも無いし、処理に困られることがわかりきっているのに渡したところで……ねぇ」

 だから、今年のチョコレートは君が貰ってくれると、私はとても満足するよ。そう笑う上官に、アルミンは自然な流れで首を傾げた。さすがにここまで推測しろと言われるとは思えないので、浮かんだ疑問を遠慮なく口に出す。
「その……ならば、リヴァイ兵長にだけでいいんじゃないですか?」
「……いやぁ、まあ、そうなんだけどさぁ。材料揃えた後に、とっておきが手に入ってね。いくらイベントだからってぽいぽい量を増やしてもなんだかなぁ……って感じじゃない?」
 あの人ってば、別に甘党なわけでもないしねぇとぼやくなまえは暢気なものだったが、アルミンにとっては嫌な予感しかもたらさない。ああひょっとして僕が貰ったこれって、リヴァイ兵長用に用意してあった材料で作ったやつじゃ──思い当たってしまえば、背筋に冷やりと汗が流れる。

 たとえ自分用が別に用意されていたとしても、彼女曰く"もっといいもの"が用意されていたとしても、他の男にチョコレートが配られるなどあのリヴァイ兵長が気にしないことがあるのだろうか。
 以前からエレン関係で言葉を交わす機会はあったし、覚えてもらっているという自覚もあった。けれどここ暫く……つまりなまえによる"授業"が始まってからは、以前の比ではない程にリヴァイ兵長との接触が増えている。といっても声をかけられることは少なく、だいたいの場合はただ見られているだけだが、それでも──いや、それだからこそ、余計に恐ろしい。しかも最初のころは何を危惧されたのか、露骨な牽制といっても差し支えないような言葉までかけられた。

 思い起こせば思い起こすほど、当然ながらあのリヴァイ兵長がこの包みを快く思う筈がないと分かる。
 まして、これはただのチョコレートではない。彼の大事な大事ななまえの"お手製"だ。たとえ義理チョコだと弁解しても、ただでさえ気難しい彼の気分をそれはもう劇的に害することは避けられないだろう。
 ……うわぁ。どうしよう。僕、今からでも返した方がいいんだろうか。いや、でも、返すなんてさすがに失礼だし。
 喜びとは程遠い表情で手元を見つめてしまったアルミンに、それを渡した張本人はふふっと吹き出した。あははと、いっそ場違いな程に能天気な声が部屋に満ちる。

「ごめんごめん。そんな顔しないでも大丈夫だって。さすがに、こんなイベントで君に噛みついたりしないって」

 いや、あの彼だ。絶対に、凶悪な視線で凄まれるくらいはする。……確実に。
 そう確信はしたものの、けれどもケラケラと笑うこの上官には何を言っても無駄なのだろうという想像もついたので黙っていることにした。代わりに、この上官 がただ一人のことしか見ていないのは誰の目にも明らか過ぎる程に明らかなのに、一体何を心配することがあるのだろうかと、この場には居ない男のことを考える。
 なまえとの関係を通してリヴァイ兵長との接触が増えるにつれ、見えてくるようになった彼の余裕のなさには正直なところかなり驚かされた。もっと、冷静な、冷徹な人だと想像していたのに。否、なまえに関してだけ態度が変わりすぎるというべきか。

「よし、じゃあ休憩終わりってことで。さあ、今日の主題に入ろうか」

 なんだかとても楽しそうな上官の姿とは真逆に、苦労するであろう己の未来が想像できてしまうアルミンはそっと溜息を吐いた。尊敬する上官であり師であるこの人からの贈り物が、嬉しくない訳では勿論ないのだが……。

 ああ、ミカサといいこの人といい、どうして僕の周りは癖の強い女性が多いんだろう……。
 時にぞっとする程に献身的で、かと思えば妙に自由な彼女たちに、巻き込まれる少年の苦悩は尽きない。



(2014.03.09)
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