■ アフター編

「おい、風呂に入るぞ」

 極上のお酒と菓子と、これまた極上の男と過ごすバレンタイン。
 そんな極上尽くしの十四日の夜を堪能しての翌朝のことである。心地よい気怠さに身を任せていると珍しい誘いがかけられた。応じて身を起こそうとはするものの、たっぷりと愛し愛された身体は、まだまだ横になっていたいと我儘を告げる。いっしょに入ることが嫌なのではない。むしろ好きだ。けれどどうせなら後にした方がもっと嬉しいというだけだ。

「えーっと、まだあんまり動きたくないですよー」
「んなこと言ったって、こっちの準備も出来ている……ほら、連れてってやるから」

 ですます口調で甘えてみても、今朝の彼は揺るがない。
 まあ、いつも揺るがないけど。

 力の入らない身体にばさりと大判のタオルがかけられ包むようにしてひょいと抱きかかえられて、そのままバスルームへと運ばれる。同じお姫様だっこの筈なのに、昨夜ほどのムードが感じられないのは窓から差し込む日差しのせいだろうか、などと暢気なことを考える余裕があったのはバスルームに着くまでだった。

「ええ、わぁ凄い! ありがとう!」

 浴槽を見るなり、歓声を上げたのにはもちろんそれ相応の理由がある。
 バスタブに浮いているのは一面の花びらだった。赤と白で埋め尽くされた水面は、それはそれは豪華で壮観だ。
 ああ準備が出来たとはこのことだったのかと、先ほどの言葉に合点がいく。

「ほら、前に言ってたからな……」

 自分で用意したくせに照れているらしい。早口になるリヴァイが愛おしくて堪らない。
 もちろん私には心当たりがあった。休憩中に同僚たちと、最近はやりのバラ風呂というものについて話が弾んだと口にしたのは少し前のことだ。その時はあっさり流されたのだけれど、まさか覚えてくれているとは。しかも、こんな風に用意までしてくれるだなんて、まったく思っていなかった。
「ありがとう。うわわ、凄く嬉しい。 早速入ろ!」
 全身を覆っていた疲労なんて、何のその。纏う布をばさりと落として、湧いた力でそのまま浴槽へと足を運ぶ。
「うわぁいい香り。リヴァイも、早く早く」
 深呼吸をすれば、瑞々しく豊かな香りが鼻腔を満たす。
 これだけの花を、あの仏頂面で用意してくれたのかとか、一輪ずつ花びらをとって散らしてくれたのかとか。このバスタブが完成するまでの過程に思いを馳せると、その光景の不釣り合いさが何とも言えず──愛おしさが込み上げてくる。

 他愛のない一言を覚えていてくれて、叶えようとしてくれたことが、嬉しくて堪らない。

 ああ、どうしよう。
 私は本当に、幸せ者だ。



(2014.03.09)(欧米では、男性が恋人に花を贈るということで)
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