■ 6月某日

「ああー惜しかったね。もうちょっと待ってれば当たってたのに」
「でも、それじゃ飛ばないじゃない。ここまで来たらバーンと振ってバーンと飛ばしたいんだか……らッ!」

 はい、また空振った。
 今日も今日とて空振りを繰り返すなまえに声をかければ、何とも豪快な空振りがまたひとつ追加された。言っていることは偉そうだが、それがただの強がりであり誤魔化しであることはさすがに満善にも分かっている。最近はそれでも数日(数回ではなく数日である)に一回二回は当たるようになってきたが、そろそろ丸二年となるのにこの有様というのははっきり言って稀に見る残念さだ。
 この時間に訪れる客となれば顔ぶれも大体限られてくるもので、頻繁に現れてはヒールを履き替えてまで空振りを連発するなまえの存在は常連たちの間ではちょっとした名物になってしまっているのだが、それでも彼女に懲りる気配はない。
 ホームラン達成以外の方法でポイントを貯め続けるなまえがいい加減に不憫になって、つい「振るだけならそっちの端でどう?」と言ってしまったこともあるが、彼女はその哀れみを退けた。たとえ当たらなくても、ボールが飛んでくることに意味があるらしい。経営者としてはありがたいが友人としては複雑である。

 ──そう、"友人"。気が付けば、ふたりの仲はそう呼べるものになっていた。

 なまえの彼氏というのはそれなりに忙しい男らしく、大方の夜と休日を単身もしくは手頃な友人と過ごすという彼女は優山の恰好の遊び相手だった。ちなみに安藤はといえば、最初の内こそホールケーキを割る人員が増えたと喜んでいたが蓋を開けてみれば優山が張り切るため、用意されるケーキ自体が増える等なかなか気の毒なことになっているらしい。

 そんなこんなで昼は彼らから話を聞いて、夜は彼女が店に現れて、そしてたまの夜には四人で飲んで……なんてことを繰り返す内に、どんどんなまえの存在は満善にも馴染んでいった。満善が悪友たちに倣って「なまえさん」と呼び始める頃には彼女も彼らに倣って「満善さん」と呼ぶようになっていた。
 なにより、決して外されない銀の指輪が好ましかった。それに象徴される、どこまでいっても恋愛感情が割り込むことがない"男にも女にもならない関係"がひどく楽で心地いいと知ってしまった。独りきりの部屋で不意に感じるぽっかりとした穴は"女"で塞ぐことが出来るかもしれない。けれどハルが居なくなって数ヶ月経った今でも、そんな気にはなれずにいる。優山を構ったり、空いた穴ごと丁度いい温さで包み込んでくれるなまえの方が気楽でいい。

「……ああなるほど。だから猫カフェとかが流行るのか」
「何の話──ってああ、来るよ来るよ最後の球ァ!」

 最後の最後まで盛大に空振ったなまえは、今日もよく振ったー!と伸びながらボックスを後にする。繰り返すが、店長として友人として、この不毛さ漂う姿にいろいろと思うところが無い訳ではない。が、まあ誰に迷惑をかけているわけでもなく当人もそれでよしとしているなら今更何を言えるだろうか。

「それじゃ。今日もありがとね、おやすみなさい」

 またねと小さく手を振るなまえにひらひらと返せば、履き替えたヒールの足音が遠ざかる。
 次は明後日か、はたまた翌週か。約束など無いが、本来バッティングセンターのスタッフと客とはそういうものである。だからこの場合に問題なのは、本当にその気にさえなればメールでも電話でも"出来てしまえる"ということの方だ。手段がないのならば「仕方ない」で済む。けれど手段があったならば。それはつまり友人なんて呼んでみたところで、結局のところは大義名分が無ければささやかな遣り取りひとつままならない関係だということである。


 優山のように彼女を誘い出す口実はなく、安藤のように露骨な冗談で盛り上がることもない満善は、咥えていた煙草を深く深く味わうしかない。



(2017.05.05)
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