■ わたしの夜空

 星を見に行こうと誘われた時から何かがおかしいとは思っていた。
 けれどまさか、こういうことだとは思わなかった。

「どうだい綺麗だろ?」
 前を行くスケルトンは、今しがた私の唇から零れ落ちた吐息の理由など確かめなくてもわかっていると言わんばかりに鼻を鳴らして天井を指差す。
 期待通りの反応を返すのは癪ではあるけれど、実際にどうしようもなく"そのとおり"であるのだから仕方がない。
 指先に力を込めれば、前方のパーカーのフードがぴんと張る。すっかり指に馴染んだこの生地を最初に掴んだのがいつだったかは覚えていない。けれどきっと、この暗がりに足を踏み入れてそう間もない時のことだろう。だってほら、"彼ら"ほど夜目の効かない私にはこの洞窟を何の支えもなく進むことは難しすぎるから。ただしさすがに今の衝撃は堪えたらしく、はぁぁぁと深い溜息を連れてじろりと睨まれてしまった。
「おいおい、そんなに引っ張るなって。オイラの首がずれちまうだろ」
 こんな暗い場所で骸骨に迫られるなんてどう考えたって恐怖体験の筈なのに、目の前の彼があまりにも表情豊かだからちっとも怖くは感じない。いや、そもそも彼は"人間の死体の成れの果て"ではなく全く別種の"スケルトン"というモンスターなのだから当然か。
 ……そう、何度も言うけれど、彼は"スケルトン"だ。普通なら何もない筈の眼孔にはしっかりと意思の光が宿っていて、こうして服越しに感じる身体には仄かな温かさがあって、おまけに骨にはない筈の舌を使ってこんなに流暢に言葉を話すのだから、モンスターという種族は本当に不思議だ。けれど改めて伝えたところで、きっと彼はいつものように返すだけだろう。つまり「オイラからすりゃ、ニンゲンの方がよっぽど不思議だ」と。

「だったらもっとゆっくり歩いてよ。こっちはか弱い人間なんだから」
「はぁ? ニンゲンのどこがどう弱々しいってんだ。だいたい、あいつは最初からちゃんと歩いてたぞ」
 ほら、まただ。また"あいつ"って言った。
 この地底世界の住人たちは、誰も彼もみんなあの子を基準に私を見ようとするのだから困ってしまう。それは勿論この彼も例外ではない。むしろ筆頭と言っていい。彼の言うニンゲンってのは、いつだってたった一人の子供を指している。

「じゃあ、きっとその子は目が良かったか勘が優れていたんだね。ちなみに今の私は足元もまともに見えてないですよ」
「……はぁ?」
 知らぬ存ぜぬという調子で進みかけていた足が止まり、かくんとどこかの骨が音を立てた。小首を傾げたままギギギと鈍い動きで見上げてくるスケルトンの顔に浮かんでいる感情が何であるかは、さすがにこの暗さでも見誤りはしない。
「あー……まさかそこまでとは。じゃあもっと近くまで行っとくんだったな」
 舌打ちでも続きそうな口調と共に伸びてきた手が指に触れた。促されるままに力を抜けば、そのまますっぽりと骨だけの手のひらに包まれる。
「もうちょっと先に望遠鏡を用意してるからよ、そこまで一気に──」
「そこまで、手をつないで歩いてくれるの?」
「……それでいいのか?」
「それがいいの」
 私だってこれくらいの先回りなら出来るんだから。さりげなく胸を張り顔を上げれば相変わらず世界は薄暗く、道の先は見通せない。
 けれど、ただ暗いだけではないから恐ろしくはない。闇を歩く為の灯りとするには心許ないけれど星と呼ぶにはぴったりな輝きが幾つも幾つも瞬いているのだから。それも上だけではなく、横で、下で、あちらこちらで。
「──ああ、ねえ。こうして見るとサンズの目も星みたいだね」
「そりゃどうも。オイラにとっちゃ、お前さんの方が眩しくて敵わねぇがな」
「ふふっ、ありがとう。本当に綺麗だね、夜空を歩いてる気分」
「"空"ねぇ、また随分大げさなことを……やっぱりお前さん見えてんだろ。言っとくが、これ以上褒めても何もでねーからな」
「だから見えてないって。本当だって。ねえ、本当だから、離さないでね?」
 指先を揺らしてねだると、もう一度ぎゅっと握り返してくれた。
 実のところ視界は少しだけ冴え始めているのだけれど、うまく誤魔化せただろうか。いや、たとえ誤魔化せたところで時間の問題だ。だってサンズはきっと、ちょっとした足取りの変化にも気付いてしまうだろうから。

「ねえ」
「なんだ?」
「"帰りもこうして欲しい"ってなんて言ったらいいと思う?」
「さあな。けど少なくとも、言われるまでもなく相手の方はその気だろうから安心しとけ」
「それって脈ありってことかな」
「脈はねぇよな。骨だし」
「サンズって結構いじわるだよね」
「ハッ、どこが」

 知ったばかりの夜空を一歩一歩と進む私のケツイのすぐ横で、青白い星が愉快そうに瞬いた。



(2017.10.01)
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