■ 上手なスケルトンの求め方

 どこでボタンを掛け違えてしまったのか。ソファに背を預けながらぎゅっと目を瞑るが、たとえ答えが出たところで今更何の意味もない。つまりこれはただの現実逃避だ。

「へえ、ニンゲンってこうなってんのか」
 面白いなあと笑う男が続けて一言二言と口を開く度に、熱い息がかかって背筋がぞわぞわと泡立つ。
「すげえな。また溢れてきたぜ」
 何が、なんて確かめなくてもわかる。けれど言葉を発しなかった理由はそういうことではなかった。スカートの端を噛む口元により一層の力を込めれば、今すぐ崩れ落ちてしまいたいという惨めな思いは少しだけましになった。嘘だ。やっぱり今すぐ逃げてしまいたい。広がったスカートのおかげでそこで何が行われているのかは見えないけれど、伝わってくる異物感と、いちいち教えてくれる意地悪な声のおかげで知りたくないことまで理解できてしまう。
 自分はソファの下に座り、女の私に自分から足を大きく広げさせるという恥辱を強いただけでは飽き足らず、すっかり開かされた無防備な脚の間に陣取って今まさに奥の奥まで覗き込もうとしているこの男の名前はサンズという。
 私より幾らも小さいこの身体を力任せに押し退けることはそう難しいことではない筈だった。少なくとも、以前だったらそうしていた。けれど今となってはもう、とてもとても難しい行為に思えてしまう。

「なんだ、もう嫌がらないのか? それともニンゲンにとってはこの程度、大した行為じゃありませんってか? そうだよなあ、オイラがちょっと目を離した隙に余所で遊んでくるってんだから。まったく、とんだ好き者だ」

 内ももを這い上がるように囁かれる言葉はぞっとするほど暗い響きで身の内へと沁み込んでくる。いつもの、あの飄々とした気のいいスケルトンと同じ口から吐き出されたものだとは思えないが、現に目の前にいる彼は確かにサンズなのだから始末に負えない。そっと息を吸い込めば、すっかり湿った布地は音も立てずに落ちそのまま胸元に張り付いた。
「い、いつから、あなたの目はそんな節穴になったのかしら」
「いつからも何も、オイラの目はずっと穴だぜニンゲンちゃん」
「……うー……その……さっきから謝ってるんだけど」
 強気でいけば押し切れるかな、という期待は儚く散る。想定していたよりずっと冷たい声を返されて震え上がる私のケツイはさながらぺらっぺらの薄紙製だ。
「謝られたら許さなきゃいけないっていう決まりはねえよな」
「あうっ……それは。いや、でもパピルスなら許してくれ──」
「この状況でさらに他の男の話をしようってか?」
「ひゃぁん!」
 脚の付け根に置かれた手にぐっと力が込められ、その拍子に一本の指が敏感なところを掠めていく。たったそれだけの刺激に大げさなほどの反応を示せばサンズは弾かれたように手を離した。お互いに一言も発しないまま時間が経っていく。ああ、ギラついた瞳がこちらを見ている。

「なあ」
「…………」
「違ってたら言えよ。これがオイラの勘違いだったら、今回だけはおとなしく引いてやるからさ」
「…………」
「なあ、お前さんはひょっとして──まだ足りねえってのか?」
「……黙秘していい?」
「いいわけあるか」

 サンズの瞳がまたも凄みを増した。
 身構える隙もなく、閉じかけていた足をぐいと掴まれ開かれる。
 先ほどまでのじれったさが嘘のようにピンポイントで敏感な部分をグリグリとこねくり回されては、お預け続きの唇からひっきりなしに喜びが漏れてしまうのも仕方のないことだろう。とっさに閉じた瞼の奥にも逃げ場はなく直前に見た光景が、つまり白い指が肌を這う様子が、繰り返し繰り返し浮かんでくる。
「んっ、あの…ねっ……ゆび、とか…その、もっと奥、まで……」
「今でも充分よさそうだが?」
 ぷっくりと膨れ上がったそこを指先で弾かれて、また「ひぃん」と甘ったるい声が飛び出す。
「ほらやっぱり」
「……けど」
「けど足りねえんだな? さっきみたいに、こっちにぶち込んで欲しくて堪らないってわけだ」
 どうせそこはもう、とろとろにほぐれきっている。だから"こっち"がどこを差すのかなんて明らかなのに、それでもなおサンズの指は肝心な場所を避ける様にくるりくるりと円を描く。
「そんなに"ホネ"が好きか。ここを"ホネ"でめてほしいってのか」
 よくよく観察していれば、先ほど以上に剣呑な雰囲気だと気づけたかもしれない。けれどそれどころではなかった。ひとり遊びでつけたあの熱は、突然の来訪者によってすっかり冷やされる筈だった。それがなぜだか、こうもじわじわと中火で炙られ続けているだから──おかしくなる。とっくにオーバーヒートした頭でただただ助けを求めて頷けば、ぬぷりと湿った音を連れて待ちに待った感覚が与えられた。
「そんなにホネがお気に入りか。けど残念だったな、オレの指はあのホネほど太くはねえからよ」
 反射的に力を込めると内側はきゅうと窄まり、そうすると中にあるサンズの関節の場所や骨のでこぼこの感じまで伝わってくる。堪らず肩にしがみついたならば、フードの隙間が視界に迫った。そこにあるものは、あまり見せてもらえないサンズの身体だ。
 分厚い服に隠された、魔法で出来たふしぎなふしぎな骨の身体ととても綺麗なサンズのソウル。
 意識した瞬間、これまでよりずっと激しい波に襲われる。
「──んっ、やぁあっっ、ああッ!!」
 真っ白になった頭が再び動き出すのと同時にどくどくと煩い心臓の音が戻ってくる。身体は重く、手足には力が入らない。意識だけがやけに軽やかで、ふわふわと漂うようだった。今だったらあのオバケにも会いに行けそう、なんて。そんな私を呼び戻してくれたサンズの声は、揶揄の色を含みながらもどこか勢いがない。
「それとも腕の一本でもぶち込んでやれば満足か?──って言うつもりだったんだが、どうやらお前さんはこれだけでもいいらしいな」
 すっかり抱きついた体勢になっていた私は、そのまま重い瞼をゆっくりと動かした。こうしていると暗い場所で揺れるサンズのソウルがよく見える。そして、塵のように薄く積もり続けていた違和感にもようやく気がつけた。怒っているのとは少し違う。愉しんでいるだけでもない。ならばこの、ふるふると揺れるソウルに含まれているのは一体どんな感情だろう。……ここまでされるがまま受け身に徹してひんひんと喘いでいた私ではあるけれど、さすがにこの違和感を無視することはできなかった。脳裏で鳴り響く警鐘の正体もわからないまま、急かされるように行動を起こす。本当ならこのままずっと引っ付いていたい身体に力を込めて、なけなしの知恵を振り絞って言葉を紡ぐ。
 また遮られるかもしれない。けれどそれでも、今ここで伝えないと手遅れになってしまう気がしたから。

「……あのね、勝手にサンズをモデルにしたのはごめん……と言うしかないんだけど、けど別に絶対エッチがしたいってわけじゃないし、いや勿論したくないわけじゃないんだけど……」

 ただの人間の頭蓋骨なら絶対に動かない筈の空洞がぱちぱちと瞬きを繰り返す。いつもながら興味深い現象ではあるものの、今回に限っては居た堪れなさが勝ってまともに視線を向けられない。
 決して、サンズとの関係に不満があったわけではない。手をつないで肩を寄せ合って、同じものを見て同じものを食べられる範囲で食べて、そうしてのんびりと過ごす時間が嫌なわけでは絶対にない。ただ、それでもどうしようもなく足りなくなる夜があるのも本当だった。でも、そういうものは上手くやり過ごせば済むような些細なものだったから。自分一人でどうにかできる類のものだったから。
 つたない言葉で伝えるもののサンズの表情は今ひとつすっきりとしない。

「は? それは別にいいんだが。いや、待てよ。モデルだって?」
「……!? じゃあ、やっぱり! ごめんね、まさかどこの骨を使うかってことがそんなに重要だとは思わなくて!」

 再現度が低かったのも反省してる。そりゃあ自分の骨だもん、プライドってものがあるよね。でも、あんまりにも太いのはなんか怖いし、逆に細すぎると魔法がうまく循環しないって言われたから……いや、アルフィーのせいにするつもりはないんだ。彼女はただ、最近肩こりが気になるから気軽に使えるマッサージ機が欲しいなあという要望に応えてくれただけだし。形状から振動加減から何から何まで指定した私に多少思うところはあったのかもしれないけれど、それでも「これで楽になると思うわ」と笑って手渡してくれた彼女に対しては感謝してもしきれない。
 でも、結局のところ私はこだわったふりをしていただけだったんだね。"これがサンズの骨"だとさえ思えれば、形が多少雑だろうがどうでもよかったんだもん。確かに、腕と足の骨は全然違う。肋骨の一本一本まで瞬時に見分けられるサンズ達にしたら、何言ってんだって感じだよね。自分の骨を模していると言われたところで、怒りしか湧かないのも当然だと今ならわかるよ。

「本当にごめん! 今度はちゃんとサンズに納得してもらえるようクオリティにも気をくばるから!」

 だからどうかもう一度チャンスを、という切実な願いを言い切る前に後頭部に手を回された。ぐいっと引き寄せられ、あっという間に視界は青いジャケットでいっぱいになった。
「あーー……なるほどな、わかったぜ。ああ、まあ、こういうことなら……問題ないな。へえ、スイッチってのはこれか」
 パチンと小さな音に続いて、ぶーんぶーんという振動音がやけに近くで鳴り始める。とっくの昔に部屋の隅に向けて放り投げたそれが、なぜこの場所から一歩も動いていないサンズの手の中に戻っているのかという疑問は口にするだけ無駄だろう(サンズといると度々こういう辻褄の合わない出来事がある)。
「オレが気付かなかったら、ずっとこんなもんで我慢するつもりだったのか?」
「……だって」
「おいおい、そんな声出すなって。怒ってねえよ。むしろオレは自分に腹が立ってるくらいだ。まさかお前がそこまで欲しがってくれてた、なんてな」
 相変わらず視界は青に覆われているけれど、機嫌がいいということは伝わってくる。ぶーんぶーんという音はいつの間にか止んでいた。縋り付いていた手にサンズの手のひらが重ねられ、ゆっくりと自分の服から私の指を剥がしていく。やがて支えを失った手はそのままサンズに絡め取られてもっと低い位置へと誘導される。腰を抱かせたいのかと思ったけれど、実際に止まった場所はもう少し下だった。
「なあなまえ、実はこういうことも出来るんだが」
 不意に、硬いような柔らかいような不思議なものに手が触れる。
 慌てて指を広げれば、覚えのある布地がこすれる。けれど、それより手前にあるこの感触はなんだろう。もしかして、という都合のいい考えが浮かぶけれど、そんなわけがないという否定の言葉も喉を上がってくる。結局のところこの目で確かめるしかないのだ。ぐちゃぐちゃに混乱した頭のまま恐る恐る下を見たならば──人間のソレとはいくらか差異はあるものの、明らかに男性器としか思えないものがそこにあった。

「え、ええ? なんで? だってスケルトンって……?」
「日頃見えているだけがモンスターの"すべて"じゃないぜ。第一、オレは"できない"とはいっぺんも言ってない、よな」

 もう片方の手が私の腰へと回された。勢いをつけて身体を引かれ、肩をすくめた瞬間に私の腰を支えていたソファが消失する。けれど、崩れた体勢のまま地面に叩きつけられるようなことはなく、代わりに丈夫なベッドに受け止められた。ああそうか、移動したのは私たちの方だったのか。
 せめて一声かけてよねと文句の一つでも言ってやりたいところだけれど、にんまりと笑うスケルトンに先手を打たれてしまえばそこまでだ。

「このホネくらい、お前になら幾らでもうずめてやるがなあ」

 熱い視線に言葉を忘れる。私より幾らも小さいこの身体を力任せに押し退けることはそう難しいことではない、筈だ。けれどやっぱりそんな気になれないのだから仕方がない。寒いジョークだとあしらうどころか、爛々と輝く瞳を前にどうしようもなく胸が高鳴るのだから、仕方がない。

「せっかくなら、こっちの方も試してみる気はねえか?」

 ムードの欠片も見つけられない誘い文句だけれど、そんなのはとっくに今更でお互い様だ。今日初めての口づけを交わせば、そこからはもう何の言葉も必要ない。一度は確かに落ち着いたあの熱がたちまち全身を駆け巡る。

 ああもう、ほら、これだから。
 私の恋人はどこまでも素敵で、この世界はどこまでも刺激的だ。



(2017.10.01)(浮気だと思ったら玩具だった件)(骨をうずめる=一生を捧げる って言わせたかった)
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