■ 我慢できないムリムリムリ

 なまえがこの地下世界での生活にも幾らか慣れ始めた頃、女王トリエルから新たな仕事の相談があった。時折でいいから、学校に来て子供たちに話をしてあげてほしい。一応は打倒バリアの研究に協力しているとはいえ、衣食住を世話してもらってただごろごろと過ごすに近い現状を善しとしないなまえは二つ返事でこれを受けた。

「……うっ、いたたたた」
「情けねえなあ。追いかけっこくらいで、いくらなんでもなまり過ぎじゃないか?」
「ひっどーい! サンズは子供の体力ってのを知らないから」
「へーえ。"大人の体力"にならついていけるとでも?」
 揶揄う声になまえが顔を上げると、彼女を見下ろすサンズは何やら意味深な笑みを浮かべていた。ストレッチを中断し、捻っていた上半身と開いていた足を戻して彼女は彼へと向き直る。
「なに? ニヤニヤしちゃって……言いたいことがあるならはっきりどうぞ?」
「別に大したことじゃねえさ。ただ単に、一昨日の夜もその前の夜も、お前さんは途中でねをあげてたなあって思ってるだけで」
「へーえへーえ、ふーん。そういうこと言っちゃうんだ。私にはむしろ、『もう限界』って言う恋人を優しく気遣うでもなく、まだまだ夜はこれからだぜーとかはしゃいじゃう誰かさんが"子供"に思えて仕方ないって感じなんだけどー」
「へーえならお前さんは"子供"のオイラにひぃひぃ言わされるのが好きな変態ちゃんってことか?」
「じゃああなたはそんな変態おねーさんが大好きな矯正不可能な性癖を持ったお子様ってわけね、なるほどね。へーえ」
「開き直るってわけだ? へーえ?」
「へーえ」「へーえ」「へーえ」「へーえ、ふーん?」「ふーん、へーえ」剣呑な笑みを浮かべながら睨み合っていたふたりはやがて同じタイミングで沈黙し、揃って吹き出した。
 数秒前まで挑発し合っていたことが嘘のような気軽さでサンズが手を差し伸べれば、張り合っていたとは思えないような素直さでなまえが応じる。向かう先が何処かなんて、言葉にしなくてもお互いわかっている。
「あのね、身体が痛いって言ってるんだけどー」
「要はほぐせばいいんだろう。オイラに任せてろって」
「やらしいことしない?」
「それはお前さん次第だな」
 サンズとしてはまた怒られるかなと思いながらの言葉だったが、予想に反してなまえは何も言わなかった。ただ、焦るでもなく茶化すでもなく、まんざらでもなさそうな笑みを浮かべてぎゅうっと繋げた手に力を込めるのだから堪らない。端的に言って煽られている気がするし、先ほどの彼女が言った通りの"やらしいこと"を求められている気しかしない。

 しかしサンズは知っている。
 これが彼女の単純さ故の行動だと知っている。
 こういう時のなまえはそこまで考えていないのだと知っている。
 なまえがただ、その気になるまでは手を出さないと言ったサンズの言葉をそのまま真に受けて喜んでいるだけだと知っている。


「だからなぁなまえ、お前さんのそういうところがなぁ……!」
 だが、しかし。いくら知っていたところで、一事が万事この調子のなまえを前にそういつまでも理性が持つ筈もない。
 結局マッサージは途中から"やらしいこと"に切り替わったし、もう無理だめこれ以上はおかしくなると涙を浮かべながら夢中でしがみついてくるなまえの懇願は逆効果にしかならなかったし、ぐじゃぐじゃになった彼女を「辛いならオレの身体でも噛んでろ。なぁに、オレはほら、お前さんと違って骨だからな」と宥めすかしてむき出しの肩や頭蓋に歯を立てるよう仕向けた結果は完璧に"そういうプレイ"だった。興奮した。
 すやすやと眠る横顔に残る涙の跡をなぞりながら反省したところで何にもならないことはサンズにもわかっているけれど、それでも口にせずにはいられない。
「悪い。一応な、我慢しようとはしたんだぜ?」
「……んっ」
 目元に触れ、頬を撫で、髪も梳こうかというところでなまえがもぞもぞと動いた。びくりと固まったサンズの緊張を笑うように、今もまだ夢の中にいるなまえの手が男のあばらを捕まえる。無意識そのものの動きで懐いてくるなまえを前にして、今度こそサンズの口からは溜息がこぼれた。
「……あーもう……頼むから、少しは懲りてくれよ」



(2018.01.28)(タイトル:インスタントカフェ)(お互いに否定はしない方向の挑発合戦)
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