■ けったいな二人組

「……お腹、空いた」
「食ったばかりだろうが」

 確かに、森に入る前にしっかり食堂に寄っていたさ。
 しかも、メインが二品という食堂の名物であるS定食を平らげてきたさ。それで空腹なんて訴えた日には、そりゃあこんな風に呆れられるのも無理もない。けれど、そんな事実など忘れたかのように、今現在ぺこぺこにお腹が空いているのもまた紛れも無い事実なのですよ。

「あ、ひょっとしてさっきの不思議缶の効果かも! 本当に急にお腹空いてきたもん」

 はぁ?と訝しげな視線を送るゲンスルーは、そんな状態異常なんてありかよと呆れた眼差しを向けて来た。
 そして、散々馬鹿にしだして……それでも、なんだかんだと気が済むまで貶めた後には結局、しかたねえなと<同行>を取り出してバインダーにセットするという、付き合いの良さを見せつけてくれるのであった。

「またさっきの店に戻るのも面倒だからな。ソウフラビの屋台にでも行くか?」
 その提案に上機嫌で返事をしたのは、口よりずっと下だった。
「くくっ、なんだ今の音……お前、腹に何を飼っているんだ」

 一瞬口を覆って肩を震わせた後、耐えきれないと馬鹿笑いに転じたゲンスルーをなじるように見つめるも、一向に気にされる様子はなかった。それどころか、長身を折り曲げてひぃひぃと荒い息になる程に笑い倒して、果てはうっすら目じりには涙まで見えているんじゃないかこの男、と呆れを通り越してうっすらと引く程に、笑い続けていた。

「あの、さ。間抜けな私が悪いんだけどさ。でも、そんなにツボにはまるようなことあったかな……?」

 最早、湧き上がる笑いはとっくに度を越している。
 どう見ても「楽しい」より「苦しい」の方が多く占めているであろうゲンスルーを静かに見下ろして尋ねてみる。
 恥ずかしいとかへこむとか、それとも珍しい男の姿を観察するとか、状況を気味悪く思うとか楽しむとか。そういうことよりもっと大きい感情が、私の中を暴れまわっていた。

 「とにかく、いい加減に何か食べに行こうよ。もう本当にギリギリなんだから。お腹ぺこぺこなんだから」

 ねえ!と声を荒げた拍子に、またぐううと大きな音がこぼれる。ああ、せっかく落ち着けるかと思ったのに……。再び盛大に噴き出したゲンスルーを見ながら、長くなりそうだと溜息を吐いた。

 とりあえず、増し続ける空腹を誤魔化すために、何か腹抑えをしないと堪らない。
 思った私はさりげなくバインダーを出しページをめくり、目当てのカードを探し出した。一本で満足と名高い携帯食料を齧る姿が、さらに彼から笑いを引き出し、さらに出発が遅れることになるなどとは、勿論思いつきもせずに。

 ……そういえば、この男が開けた缶の中身は何だったのだろう。



「で? 今度こそ、さすがに腹は満たされたか」
「……あれ、そういえば。さっきまでお腹いっぱいだった筈なんだけど……おかしいな、またなんか減ってきた気がしますよ? あれー。ごめん、もう一軒付き合って」
「やはりか。先ほどから思っていたんだがな、その空腹が缶のせいだとしても、食ったものはきちんと消化されているわけだよな。つまり、食ったら食った分……」
「……。あー……じゃあ、次はなんかローカロリーななんかにしよう、かな」
「効果が切れるまで、水でも飲んどけ」



(2014.07.16)(失笑噴飯な笑い上戸状態と常時空腹の健啖家状態)
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