| ■ 下 「なまえ、なまえっ、もうっ」 ああ、これこそ求めていた姿だ。本当にかわいい。 制服の皺を気にする余裕などとっくになくなっている笙悟先輩は、逞しい身体を包む衣服を盛大にはだけて窮屈そうに身をくねらせた。彼がそうやって動くたびに両手を結わえるスカーフもひらひらと揺れる。 半脱ぎで涙目というだけでも大したものなのに、極め付けに自分よりずっと華奢な私という女子生徒に懇願するなんて。 三年生の帰宅部元部長としての落ち着き溢れる人物像からは随分とかけ離れた痴態をいったい何人が信じるだろう。 こんな姿を見るのは私だけなんだろうなと思うと、嬉しくてたまらなくなる。こんな姿を覚えていられるのも私だけなんだろうなと思うと、切なくてたまらなくなる。いや、こっちは確定事項ではなかったか。今年の分の記憶ならメビウスからの”帰宅”で残る可能性があるもんな。けれど、それじゃあやっぱり、私にとっては無いのと同じことだった。 「そんなに跳ねなくても、ちゃんと触ってあげますよ。ほら」 ベッドに倒れた笙悟先輩の上で鼓動の重なりを堪能しながらちろちろと肌を舐めていた私は、そう言って苦笑まじりに身を起こした。笙悟先輩、と呼ぶたびに腹筋がびくびくと痙攣するのが伝わってくる。思ったとおり、恥ずかしいのが好きらしい。素直な反応に満足したから私もちょっとサービスしてあげよう。 制服のシャツから溢れさせた胸を隠さないまま腰を滑らせると、期待に濡れた眼差しが食い入るように追ってくる。腹筋を通り過ぎて、お臍の上に。そんなふうに動いていくと、すぐにお尻に引っかかりをおぼえた。その場所の熱さと硬さを肌で確かめるように擦りつける。笙悟先輩の口元がいびつに動き、引き結ばれた奥から低い音が漏れた。 「我慢しないでいいですよ。先輩の声、私とっても好きなんですから」 しばらく前に舐めたきりずっと放っておいたその場所はすっかり期待に震えている。せっかく戻してあげた下着がぐずぐずに濡れているのを目でも愉しみながら、色の変わったその場所に自分の股間をゆっくりと重ねていく。水気を含んだ布同士がじっとりと張り付き合い、笙悟先輩の熱と私の熱が混ざり合う。 「あ、ああなまえ、頼むから!」 「ひゃん! 急に動かないでくださいよ。びっくりします」 乗っているこちらのこともお構いなしの力で腰を動かされてはたまったものではない。不満を告げつつ、押し当てられたその場所ではなく敢えてその少し下に手を伸ばす。やわらかい皮に包まれた張りのある二つの玉を揉み込めばまたぎりりと笙悟先輩の奥歯の圧が増す。お尻の下からも筋肉の痙攣が伝わってくる。けれど、今度は激しく動いたりはしない。ほら、やっぱり、笙悟先輩はかわいい。 体格差と性差という不利な要素にだけは事足りない女子高生が、本気で抵抗する先輩を組み敷けるわけがない。戸惑いに乗じて奪った手首の自由すら、その気になれば先輩自身でどうにでもできるだろう。 「先輩のそういうところも好きですよ」 「なっ……好きとか、そんな、お前……」 戸惑っているくせに「好き」という一語にだけは過敏な反応を示す。自ら求めることができない彼は、甘えさせてくれる相手を突き放せない。いくら笙悟先輩自身が私のことを忘れたといっても彼自身の本質は簡単には変わらない。そんなことを考えて、どうしようもなく安堵してしまう。 「ねえ先輩、あれもこれも全部『好きだから』ということで、どうか許してくださいね」 伝わらないと知りながらもそんなことを言ってしまうのは、せめて爪痕くらい残してやりたいという意地悪だ。 置いてけぼりの笙悟先輩が何事かをいう前に、すばやく腰を浮かして布の檻から笙悟先輩を自由にする。本当は指でももっと遊んであげたいけれど、あんまり焦らしたら私の方が保たなくなりそうだから。名残惜しく離した手を自分の下着に添え、その場所を先輩の先端に押し当てる。 「うっ、あっ」 「もうちょっとですよ、わかりますか?」 すべすべの先っぽが肉襞に触れた瞬間に離す、そしてまたくっつける、離す、くっつける、離す。これ見よがしにスカートを捲り上げて内側を晒せば笙悟先輩が目を大きく開いた。どうですか。見えますか。レースの揺れる愛らしい下着が台無しになっている様子が。濡れそぼった秘所からだらだらと溢れる粘液が笙悟先輩の性器を濡らす様子が、ちゃんと見えていますか。 「ふふ、そんなに腰を突き上げちゃって。わかりますよ、もう挿れたいんですよね?」 不自由な体勢に甘んじながらも腰だけは躍起になっている。くっつけて、離して、離したとたんに距離を詰めようと突き上げられる腰をさりげなく躱す。お願いだから。頼むから。なあ、もう限界なんだよ。ふうふうと荒い息を隠さなくなった笙悟先輩が涙目で懇願する様子はとても心が躍る見せ物だ。 けれど同時にどこか、虚しいなあとも感じていた。 一年生だった笙悟先輩が三年生になって、二年生だった私が一年生になって。確かに月日は巡ったのに、お互い出会った頃とまるで変わらない。精神に引き摺られて多少の数値は日々変動するようだけれど、少なくとも私の視界に限って語れば、ここが虚構と気づいてしまった時から成長なんて見えなくなった。だからこの人にとっての私だって数ヶ月前とは何も変わらない筈なのに、やっぱり、一年生はどこまでいっても一年生としか認識できないらしい。せめてもの救いは、他のメンバーも同じということだけ。例えば、美笛や鈴奈が昨年は先輩だったという知識はあるくせに、四月になった途端にごく当たり前に先輩として世話を焼いてやるところとか。お互いに昨年の帰宅部での姿がひどくあやふやであることとか。暦が切り替われば、見事に心も切り替わる。誰に何を言われなくても一年生は一年生らしく、三年生は三年生らしくなれてしまう。 他人ごとのように言ってみた私だって例外ではない。だってもう、以前のようには呼びかけられない。 それでも、来年になればまた元に戻るかもしれない。一年生になった笙悟先輩は二年生になった私を当時と同じように想ってくれるかもしれない、なんて四月のころは期待していた。でももうそんな可能性は有り得ないと分かってしまった。私たちに次はない。だって、次のターンではあの佐竹く……笙悟先輩の逃避は成功しないのだから。 だから私がアリアに「虚構の世界はもう飽き飽きだ」と告げた気持ちに嘘はない。読みたい書物をあらかた読み尽くし、唯一の気掛かりになりえた恋も潰えた。なら、あとは帰るだけだ。ただしその過程で可能な限り成果を回収しておきたいという欲もあって、その一つがこの行為だったりする。 もうそろそろ、いいかな。 すっかりどろどろになった先輩を確かめて、期待で唇を舐めて言う。 「笙悟先輩ったら本当におっちょこちょいですね。また間違ってますよ」 「なに…が……!」 「これは先輩のお願いじゃなくて、私のお願いです。私が、先輩に叶えてもらうんですから」 腰を落とす。それだけで、いとも簡単に満たされた。肉襞を掻き分けられる違和感と強烈な快感と隠しきれない達成感が綯い交ぜになって脳を揺らす。単純に久しぶりだからか、それともここがメビウスだからか、或いは相手によるものか。ろくに動きもしていないのに、ただ中に在るというだけなのに、どうしようもなくきもちがいい。挿入だけで達してしまった笙悟先輩のものがびくびくと脈打つのを感じながら、不思議なほど満たされる。 ただ、これが初体験となった笙悟先輩の胸中は察するに余りある。少なくとも、気の毒なほどあっさりと濁音たっぷりの声をあげた先輩が愉しめたとはとても思えない。まあ、未経験者相手にここまで焦らしたのは私なんだけど。 「……おいおい、うそだろぉ」 「嘘だろはこっちのセリフですよ。ちょっと先輩、泣かないでください」 「だってお前いくらなんでもこれはやべぇだろ」 やっと意識が追いついたと思ったら先ほどまでとは別の意味で涙目になった笙悟先輩は、どこまでも自己愛に満ちた言葉を放つ。うわあ。いや、まあ、確かに私は気にしないよ。でも、いやあ、それにしても、うわあ。この調子で現実でやっていけるのだろうか。いや、やっていけなかったからこんな世界にいるんだろうけど。 「ねえねえ笙悟先輩、このままだと抜けちゃいますよ?」 「はぁ? 抜けちゃうって何が……あ……俺、そういやお前のなか…に……」 「はーい見事復活おめでとうございます」 再び存在感を示し始めたものをぎゅぎゅっと締め付ける。未だ困惑は続いているようだけれど、それはそれとしてさすが高校生というべきか、いろいろと早い。可愛い後輩ちゃんに好き勝手される現状の美味しさに気付いたらしい先輩の手首の拘束を解いたならば、両手は迷いもなく私の胸に伸びてくる。うーん、本当にこの人は大丈夫なんだろうか。他人のことを言えた義理ではないが、このちょろさは心配だ。 「調子に乗っちゃだめですよ。私が、先輩を抱くんですから」 先輩は下で喘いでくれなくちゃと笑いかければ、お前なぁと呻き声が返ってくる。 ほらまた、そんな満更でもないという顔をしちゃって。あーあ、本当に笙悟先輩ったらかわいいんだから。 (2020.01.05) [ 戻 / 一覧 / 次 ] top / 分岐 / 拍手 |